第八話 ぼやける輪郭
ここから話がどんどん進む予定です。
「では私とタカダさんの二人で支部のほうに報告しておきますね。」
胸やけに苦しんでいる俺にエリスとタカダは、俺の稀有な発動条件に対して支部に報告をしに行くと俺に言った。俺自身がよければ発動条件を詳しく調べ、協会に身を置けるようにしてくれるようだ。俺は今一人で先ほどのテラスに座っている。テーブルの上にはまだパンの残っているバスケットとコーヒーが残っている。ぬるい水を飲みながら今まで起きた出来事などを思い返していた。
この俺の発動条件はチートと呼べるのだろうか?と考えていた。食べるだけで魔法が使えるのはとても喜ばしいことなのだが、もしこの世界で初めて襲撃された狼などと戦いを強いられることがあったら俺はパンを片手に戦うのか?少し締まらないなと考えていたら視界にの端で誰かが倒れた。
その誰かは片手に食いかけのパンを片手に泡を吹いて失神していた。
「んっ?」
俺はそのパンに覚えがあった。あの潤滑油野郎から染み出た汁を吸い取ったパンである。
「やべっ!」
俺はすぐにバスケットからパンを片手に取り、倒れた人物に駆け寄る。失神している人物は俺より少し若いくらいの青年で青い長髪に二つに分かれた帽子をかぶっていた。白眼に泡を吹いていてプルプルと震えている。彼の腰にあるホルダーケースの様なものから杖を借り、俺はパンを一口かじり状態異常を回復する魔法をイメージした。某ゲームの毒を治す魔法だ。うまくいったようで青年の震えは収まり顔色も良くなってきた。
「いやぁ、助かった。まさか落ちてるパンが劇薬だとはだれも思わん。ハッハッハ!」
一命を取り留めた彼は今俺と一緒に水を飲んでいる。地面に落ちた食べ物は3秒以内に食べないと食べれなくなるぞ、3秒ルールだ、3秒ルール。
「わざわざ俺なんかのために魔法を使ってくれてありがとう。それにしても君の魔法はずいぶん利便性があるみたいだね?」
どうやら俺の発動条件を理解したみたいだ。倒れている時は白目をむいていたのによく観察していらっしゃるようで。
「俺の名前はアガト。ただのアガト、助けてくれて本当にありがとう。」
「俺の名前はシンヤ・イノウエだ。困っている人がいたら助けるの当然だ。」
人当たりのいい青年、アガトはずいぶんコミュ力が高いと見える。それにしてもこの世界の人たちはどれも1癖も2癖もある人物ばかりだったが総合してコミュ力が高かったと思えた。この世界だからか?発動条件というものがなければどれほどよかったことか。
「それにしてもシンヤさんはずいぶん変わった服装をしているね?どこの街に売っている服なんだ?」
俺の来ている服は仕事帰りのスーツのままだ。ネクタイははずしていて着たまま寝てしまったようでしわだらけであった。いつか服についてエリスたちに問われると思っていたがこんなに早く聞かれるとは返しに困る。
「いや、やっぱり答えないでくれ!俺はこう見えてもこの世界の色々な街を渡り歩いたから分かるはずだ!どこの街で売っているか当ててみよう!」
当てれるなら当ててもらいたいものだ。なにせ、この世界にあるか分からないが作られたのはこの世界にない日本製のスーツだ。申し訳ないな。
俺がそういう事を考えているときアガトという青年は身を乗り出し俺の耳元で答える。帽子の先端に付いている二つの鈴が音を鳴らす。アガトの青い髪が風に揺れる。
「日本製のスーツだろ、井上信哉さんよ?」
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場所は変わって、ここは魔法協会第二支部3階の発動条件調査室。エリスとタカダは先ほどの職員にシンヤの発動条件に対し報告をしていた。職員はどうやらもう帰ろうとしていたがタカダの手前帰るわけにはいかず、報告を聞いていた。
「そのような発動条件は聞いたことがありませんが、まさか本当に先ほどの彼が?」
「はい、しっかりと食べ物を食べたときに魔力が顕現しているのを見るに確かかと。」
「そうね、あの現象は食べ物を食べるとしか説明できなかったらねぇ。」
「タカダルト殿とヤーキンスさんがそこまで言うのであれば信じるしかないですな。わかりました、では先ほどの調査書にその事について書き留めておきます。」
髪の薄い職員は先ほどの調査書に新たに今の報告を書きとめようとしたとき、タカダが止めた。
「その調査書は私が責任持って処理するからあなたは帰っていいわよ。」
「本当ですか、わざわざすいません。もう定時になる頃だったので助かります。」
「はいはいお疲れ様。あ、それとエリスちゃんはバルボッサを局長室に呼んでもらってよろしいかしら?」
「別によろしいですよ、けどなにかあるんですか?もしかしてシンヤさんの発動条件に対してですか?」
「ん~…まぁ、そういうことよ。お願いね。」
「わかりました。ではタカダさん後ほどまたお会いしましょう。」
そういいエリスと職員は部屋から出て行き、タカダは資料を片手に眺める。そこにはシンヤの個人情報が書かれていたが発動条件のところと出身地が抜けていた。
タカダはその資料を持って最上階にある部屋へと向かった。この魔法協会第二支部の最上階には部屋が一つしか存在しない。重い扉を手をかけ、中にいるものの了解もないままタカダは部屋へと入る。
「局長、邪魔するわよ。」
「なんじゃタカダルト、ずいぶん思いつめた顔をしているが新しい男にでも振られたか?」
タカダが局長と言うこの人物は初老の男性であった。顎から伸びる髭は頭に残っている髪と同じく真っ白である。この人物こそこの魔法協会第二支部最高責任者の局長である。
「そんなことじゃないわよ。局長に見てほしい資料があってここに来たのよ。」
「わしに見せたい資料とな?何じゃ、ずいぶん気になるではないか。」
局長の机に持っている資料を置いたタカダは部屋に備えられてるソファーに腰を落とす。
「この資料に乗っている事がなんなのだ?ただの好青年ではないか。」
「そこの資料にある様にとっても魅力的な彼なんだけどね、気になる事があったのよ。」
「もったいぶらずに早く言わんか。実はこの人物が魔族や亜人ということではないだろな?フォッフォッフォ!」
タカダは先ほどまでの様なへらへらとした表情消し去り局長を見る。今までの様な風体ではなく歴戦の戦士の様な顔をして局長に分かった事を言う。
「…その男は大罪持ちだ。それも見た限り暴食に分類されるものだ。」
タカダのその言葉に局長も言葉をなくす。大罪持ちという言葉がその場を沈黙に誘った。
「それは真実か?よもや、ここで嘘だと言うなら貴様の愚息を捻じり切るぞ。」
「局長、これは真実だ。イノウエシンヤの発動条件は本来あり得ないものだ。しかし私と部下のエリスはこの目で何度も見た。間違いなくこの者は先に現れた男と一緒で大罪持ちだ。」
「信じられないことではあるが、大罪持ちという事はこの青年はもしや…?」
局長はいまだにこの事態に納得をしていないが、これらの事柄から導かれる答えをタカダに求めた。
「ああ、俺の予想だとあの青髪と同じ異世界転移者だ。」
―物語は加速する。
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