第五話 凶変する魔法使い
ご覧になる方々に心から感謝いたします。
「…ん?」
重い瞼を開けると見知らぬ部屋のベットの上に寝ていた。なんでこんなところで寝ているのだろうと思い、昨日何があったかを思い出す。あぁ、昨日吹き飛ばされたんだったと理解したと同時に部屋の扉が開かれた。
「あっ!お目覚めでしたか?」
「ひぃっ!!」
部屋に入って来た人に俺は恐怖の声を上げた。それもそのはず、その人は俺がここで寝込んでいる原因を作ったエリスさんだった。
「昨日はその…すいませんでした!」
頭を勢いよく下げ俺に謝罪をして来た。
俺は大丈夫ですよ、と声には出したものの昨日のあの凶変した姿が彼女がしゃべるたびに脳裏に浮かび震えていた。話に聞くとエリスさんはあの後吹き飛ばしたバルボッサさんを叩き起こして俺の事を聞いたそうで、巻き添えにしてしまったことに対して申し訳ないと再度謝罪してくる。俺は五体満足なので大丈夫と言うが実際のところ心の傷がまだ痛む。怖いもん。いつまた彼女が凶変するか分からないからだ。
今俺はエリスさんと二人で部屋に備えてある机に座っていて彼女が持ってきてくれた朝食を頬張っている。
「いきなり吹き飛ばされた時はびっくりしましたよ。それにあの時のエリスさんめちゃくちゃ怖かったですし…」
「そ、それは私の魔法を使う際の条件が…その…」
エリスさんが申し訳なさそうに顔を下げる。普通に会話してる分にはなんとも礼儀正しい淑女である。
「私の魔法の発動条件が『怒りに身を任せて暴言を吐く』なので…その、すいません。」
うん、知ってた。理解してます。容易に想像できましたからね。でも、いきなりあの場面にあったなら誰もが彼女の本性を知ったと思うだろう。
「魔法を使い始めの頃はそれなりに制御できてたんですが、最近は…特に親しくなった方に少し不満が出るだけで感情が爆発してあの様な行動を起こしてしまうんです…」
エリスさんは発動条件に困っているみたいだ。発動条件は死ぬまで付き合わなくてはいけない様なので今後も苦労するだろう。でも俺は黙って聞いている。なにも言えないよ。だって怖いもん。
それからバルボッサさんが俺とエリスさんを呼びにくるまで談笑、ではなく質問などを俺がエリスさんに色々聞いていた。聞いた内容は割合させてもらいます。だって食事のマナーや金銭、魔法協会などのこちらでの常識ばかりなので。後でまたバルボッサさんを含めて話すことに決めて俺たちはすっかりぬるくなった紅茶を飲んでいた。
「それにしてもバルボッサさん遅いですね。どうしたんですかね?」
「協会の方で多分始末書書かされていると思いますよ。あの人は協会でTOP5に入る問題児なので。」
ニコニコしながら上司に愚痴をはくエリスさん。30歳越えの人を問題児扱いは少しひどいのではと…?。けど俺はその返答に笑顔で答えた。だって怖いもん。
こうやって話してみるとエリスさんはとても親しみやすい人である。眉目秀麗と言える顔立ちをしており、しっかりと化粧もしている。髪も手入れがされており綺麗なセミロングである。本場の金髪見るのは初めてた。赤髪のバルボッサさんはまるでゲームやアニメのキャラの様に感じる反面エリスさんはとても身近に感じるけど目の保養になるような人だ。ちなみに年は聞いていない、だって怖いもん。
「先ほどのバルボッサさん関連のことで聞いておきたいことがあるのでいいですか?」
「なんですか?」
「いえ、これから魔法協会の方でお世話になるかもしれないので知っておこうと思いましてね。問題児のTOP5はどのような方々なのかと。」
「え〜とですね…」
不自然に目が泳いでいますよエリスさん。もしかして地雷踏んだかな?
「一応説明しますと問題児の方々は基本一般人の方々が関わる事に関してはすごい功績をあげるのですが、役所仕事などになると雲を掴むかのごとく颯爽と姿をくらまし仕事を部下の人々に押し付けるんですよ…」
実に単純な人たちだな。
「まぁこの街には魔法協会で二番目にでかい規模を誇る協会の支部があるので何人かとは会えると思いますよ。」
「そうですか。まぁ現にこうやって5人のうちの1人にあってますからね。」
まぁバカをすると言う意味での問題児なんだろうなと話に聞いた感じだな。別に悪意がある様な人々じゃなさそうで良かった良かった。
「あの…2人です…」
「えっ?」
意図不明な言葉をエリスさんが俺に言う。なにが2人なの?
「問題児の1人がその、私です。」
最後の方は声がとても力弱くて聞き取りずらかったが俺の耳にはしっかり聞こえた。
「あぁ、そうなんですか。でもそれは発動条件の弊害の様なものなんですよね?エリスさん仕事は卒なくやりそうですし!」
「………グス」
グス?
「シンヤさんも私のこと暴力的な女だと思いましたよね?」
え?ちょっと?
「私だってこんな発動条件じゃなければ問題児扱いされなかったんですよ。いきなり暴言を吐き散らす人が周りからどんな目で見られるかなんてわかりますよ。それでもなんとか頑張ってるんですど協会の仕事に関わるたびにどんどん問題児扱いされるんですよ…」
これは変なところをついちゃったと様だ。
「それにシンヤさんは年上なのに私に先ほどから身を引く様な口調ですし、まぁ昨日の様な姿を最初に見せた私が悪いのですが、私だだって18歳だから周りの目は気になると言うか……グスン」
もう支離滅裂な事を言い出しちゃったよ、エリスさん。つか18歳かよ。そりゃ年上が下手に出る出てくれば何か感じるところがあるのだろう。
「あの、エリスさん?別に俺はエリスさんが怖いからとかそう言うのでこういう口調じゃないですからね。初対面の人に馴れ馴れしくされたら嫌じゃないですか。」
俺の言葉に首を傾げるエリスさん。首を傾げる挙動に不覚にも可愛いと思えた。
「年下でもですか?」
「年下でもです。僕はどんな人にも同じ様に対応します。バルボッサさんだから、エリスさんだからだって態度は変えませんよ。」
「…本当ですか?」
「本当です、じゃないな。本当だ。エリスさんが馴れ馴れしいのが嫌でないなら俺はこれからバルボッサさんと同じ様にエリスさんとも関係を持っていきたいと思うな。」
うん、我ながら臭いことをいう。しかし効果はあったようでエリスさんの顔に笑顔が戻った。
「いきなり口調がくだけましたね。」
「まぁ、気を使って相手が気分を害するなら俺は気を使わん。って自分で言ってて変だと思うな、これは。」
「ふふ、なんかシンヤさんの印象がガラッと変わりました。」
「それじゃぁ改めて今後いろいろとお世話になることになると思う井上信哉だ。よろしく。」
「よろしくお願いします、シンヤさん。私の名前はエリス・ヤーキンス。二つ名は凶変。私の事はエリスと呼び捨てで呼んでくれても構いませんよ。むしろ、周りの人々は私の凶変に恐れをなして名前で呼ばないので是非名前で呼んで欲しいです。」
そうして俺たちは握手を交わすがその時のエリスさんの笑顔にドキッとしたのは内緒です。顔が少し暑くなるのを感じたがこれは違うよ。違うんだよ。
「あぁわかった、エリス。」
「はい。」
それから体感時間で1時間立ってもバルボッサさんは来ない。しかしこの1時間ひたすらにエリスが俺に愚痴をこぼし続けている。俺はただひたすらに頷き続けている。
更に1時間後…さすがに遅すぎると感じたエリスが愚痴をやめ、話をふる。
「それにしてもバルさんは遅いですね。流石になにが連絡が来てもいいんですけど…。シンヤさん、もしよろしければ一回共に第二支部の方に向かいませんか?」
「ん、了解。」
そうして俺とエリスは部屋を出て一階に降りて支部の方に向かう事にした。
階段に近づくにつれてなんか声が聞こえる。それも日常会話などの声じゃなく居酒屋などでのドンチャン騒ぎのうるささだ。
「今日はなんかあるの?」
「いえ、特になにもありませんよ。こううるさいのはいつもの事ですよ。この宿の一階は酒場で傭兵や夜のお仕事の人々が朝から騒ぐのは日常茶飯事です。」
朝から酒が飲めるなんてなんてうらやましい。さすが異世界だな。階段を降り酒場への扉に手をかける。開くとムワッとする酒場独特のアルコールの匂いや料理の匂いが鼻につく。酒場は活気に溢れていてどこの席でも従業員がせっせと給仕していて客が酒をあびている。
「朝から大繁盛してるな…」
「朝から酒が飲めるお店は少ないですからね。こうやって見るとここの地域の仕事終わりの人がほとんどだと……っ!」
エリスが何かを見つけた様で途中で黙る。何があるんだとエリスの前に一歩出て視線の先を覗く。
「んん?」
ここの店は外にも席がある様で外でも騒いでいる様だ。ご近所迷惑とかないのかな?そんなことはさておき外にいる人に俺はどうやら見覚えがあった。その外の席で騒いでる中でひときわ大柄の赤髪をした人が浴びる様に酒を飲んでいる。尻丸出しで。赤髪の人はこちらに気づいた様で大手を振って声をかけて来た。
「おお!シンヤ!遅かったな!お前どんだけ寝てたんだよ!こっちは朝早くからここでずっと酒のみながら待ってたってのに全くしょうがないやつだな!ガッハッハ!」
いや呼びに来いよ。とキレのあるツッコミをかまそうとしたが俺の後ろから発せられる殺気に俺はただ黙るしかなかった。
「ん、どうしたぁ?後ろにいるのは……ッ!エリス!!!いや、エリスさん!これは違うんだ!ここにいる連中が悪くてだな!」
周りのお客さんもエリスから発せられる殺気に気づいたのか、はたまたエリスの存在を知ってか、ただ沈黙を黙したままエリスの殺気の射線上から身を引いて行く。眼前には獲物が1人。
「えっとだな!そう!ここの酒がうまいのが悪くてだな、あまりにも美味しくてついつい何杯も飲んでしまってだな!そしたらこんな時間になっててだな!」
バルボッサさん。それは言い訳じゃありません。火に油を注ぐというんですよ。あたふたとする顔面蒼白のバルボッサ。目標に向け杖を向けるエリス。エリスがとうとう口を開く、凶変した彼女が。
「てめぇは昨日の事を反省してこれからはしっかりと仕事をこなすと私に誓ったよなぁ?あぁっ!バルボッサさんよぉ!?」
「いや、だからな!」
先ほどまで部屋でしゃべっていた淑女はそこにいなく、ただ怒りに身を焦がす化身がそこにいた。めっちゃ怖い。
「舌の根も乾かねぇうちにまたやらかしやがって流石にちょっとばかりキレちまったワ!お前のその腐った性根消し飛ばしてやらぁ!歯ぁ食いしばれよ!ゴミムシがぁああ!」
「ごめんなさあああああああああいっ!」
瞬間
閃光があたりに広がり、直後耳を塞ぎたくなる様な大きな音が響く。瞳をぎゅっと閉じ俺はエリスの殺気が晴れるのを待つ。
「シンヤさん!」
こ…声をかけられた。汗が額を伝う。ガタガタと歯が音を鳴らす。恐る恐る目を開けると土煙があたりに広がっている。先ほどの殺気の射線上の爆心地にはクレーターができており、その中心に煙をあげる黒い物体、炭見たいなのかが倒れていた。ヤムチャよろしく、尻まで真っ黒だ。そして俺を見下ろしているエリスは満面の笑みを顔に貼り付けていた。
「ゴミははほっといて私が第二支部に案内しちゃいますね、いいですか?」
「はいっ!」
俺は自衛官よろしくと言わんばかりの直立不動を示し何故か敬礼をしていた。
「あ、マスターさん!毎度毎度すいません、ここの片付けと費用はあのゴミがいつもの様になんとかすると思うので心配しないでくださいね!それじゃあいきましょうか、シンヤさん!」
それは悪魔の囁きか、死へと誘う死神の笑い声か?エリスはなぜか機嫌がよく逆にそれが俺には恐ろしく感じた。俺と酒場のマスターはただひたすらに首を振るしかなかった。
これじゃあ周りから疎まれるのは仕方ないのではと俺は思ったが口には出せなかった。
だって怖いもん。
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バルボッサさんは不死身です。