救済0:【プロローグ】
イメージソング:Tilt World
https://youtu.be/otu-852HXZQ?si=sWhux9oFzXV83v9y
「よっしゃあ!これで第一結界はクリアだ!……いやぁ、今日の俺の魔導操作、冴え渡ってるぜ!」
新暦107年のある日。
少年魔導士ジークは軽やかに夜空を駆け抜けていた。
ジークの日々はいつもこんな調子だった。スラム街の悪ガキ仲間たちからは「生けるトラブルメーカー」と呼ばれながらも、持ち前の魔導センスと好奇心で、王都の隠された秘密や古代の仕掛けを次々と暴いていく。
「ええっと、次の謎解きは……と。『始祖の書庫、月の裏側に眠る』、か!」
ジークは鼻歌を歌いながら、大聖堂の分厚い扉を、ちょっとした魔法の技で開けてしまう。警備の目を欺くのはお手のものだ。
彼の頭の中には、いつだって無邪気な冒険心しかなかった。
しかし、その日足を踏み入れた「絶対不可侵書庫」の奥で、ジークは初めて、笑いごとで済まない歴史のカラクリに触れてしまう。
埃を払い、ひときわ古びた封印の羊皮紙を開いた瞬間、彼の陽気な表情がスッと消えた。
「……なんだあ、これ?」
そこに記されていたのは、あまりにも突拍子もない真実だった。
100年前の魔導士の始祖とされる始祖・ヴェリタス。
民衆が讃え、大聖堂のステンドグラスにも描かれているその聖女の正体は、なんと……「サメの獣人」だったという。
ジークの脳裏に激しい疑問符が浮かぶ。
サメ?
海に「いた」という、あの巨大な歯を持つ古代の生き物?
いや、そもそも歴史の授業では「この世界に海や水はあれど、サメなる生物は存在しない」と教わってきた。
それどころか、この世界にはそもそも獣人もエルフも本来は存在せず、「魔法」そのものすら、後から何者かによって付け足された、偽りの技術だというのだ。
「この本は、嘘を描いている……?いや、俺たちは、嘘を教えられてきたのか……?」
いつもなら手放しで喜ぶはずのジークだったが、背筋が凍るような違和感を覚えた。
これは、ただの謎解きではない。
この世界の根底を揺るがす、あまりにも巨大な「闇」だ。
「……これは、俺が解き明かすべき秘密だ」
ジークは震える手でその書類を懐にしまい、振り返った。
その瞬間。
「おやおや。泥棒猫が1匹、迷い込んでいましたのね」
透き通るような、しかし一切の温度を持たない声が、静寂の書庫に響いた。
心臓が跳ね上がった。ジークは慌てて身構え、杖を突きつける。
「だ、誰っ……!?」
月の光が差し込む書架の陰から、ゆっくりと姿を現したのは、一人の少女だった。
「ごきげんよう、少年魔導士さん。……その懐の書類、私に返しなさいませ」
空気が、一瞬にして氷点下にまで冷え込んだ。
ジークは冷や汗を流しながら、引きつった笑みを浮かべる。
「な、何を……俺はただの……」
「ただの好奇心旺盛な泥棒ですわよね。ですが、その好奇心が、どれほどおぞましい怪物たちの逆鱗に触れるか、あなたはお分かりになっていて?」
少女は日傘の先端で、冷たく床を突いた。
その瞳には、子供の悪戯を見るような憐れみと、そして人間という生き物の愚かさを底の底まで見透かしたような、底知れぬ「知性」が宿っていた。彼女は一歩も動いていない。魔法すら使っていない。しかし、ジークの全身は「今ここでこの少女の機嫌を損ねれば、自分はこの世界から消去される」という本能的な恐怖に支配されていた。
「世界の『闇』を暴くなど、遊びの延長でできることではありませんわ。……命が惜しいなら、置いてお行きなさい。さあ、あなたの罪に、選択を……!」
「っ……!」
ジークは歯噛みした。自分の無力さと、目の前の少女が纏う底知れぬ闇の深さに気圧され、彼は言われるがまま、懐から書類を取り出し、テーブルの上へ滑らせた。
少女は静かに書類を引き寄せ、そこに記された「サメの獣人」と「世界の捏造」の文字に目を走らせた。
その瞬間、彼女の美しい金髪の影に隠れた双眸の奥で、決して他人には見せない、冷たく重い決意の炎が灯った。
「やはり。……よく持ってきてくれましたわ。お褒めに預かります」
少女はふっと微笑んだ。だが、その笑顔には温もりのかけらもなく、ただ美しく残酷な人形のようだった。
彼女はジークを見据え、言い放つ。
「あなたに代わって、その闇を暴くのは、私ですのよ。ですから、お暇しなさい。……次に戻ってきたときは、お話では済みませんわ」
圧倒的な圧力に耐えかね、ジークはそれ以上一言も発することができず、青ざめた顔のまま、窓から夜の闇へと転がり出るように逃げ出した。
誰もいなくなった書庫の中。
少女はたった一人で書類を抱きしめ、静かに窓の外の月を見上げた。
足音が近づき、護衛の騎士たちが慌てて飛び込んでくる。
「お嬢様っ!ご無事ですか!」
血相を変えて駆け寄る護衛たちに対し、少女は一瞬でか弱く怯えた箱入り娘の仮面を被り、フリルを揺らして小さく震えてみせた。
「ええ……恐ろしい賊でしたわ。私、怖くて……早く帰りたいですわ……」
その可憐な演技の裏で、少女は心に誓っていた。
この、腐りきった箱庭のすべてを、いつか必ず、自分の手で完膚なきまでに暴き出し、裁いてみせると。




