最終話
「───ヴィルフリート殿!」
大学部でエドガーは前を歩く将来の『義弟』に声を掛けた。
「……義兄上」
二つ年下の、本当は婚約者の弟だが戸籍上立場が兄となっているエドガーを見てヴィルフリートは笑顔を見せた。
……始めは少しは戸惑ったが、今はもうすっかり慣れた。
───あの婚約解消騒ぎから2年。エドガーは大学部に入りヴィルフリートは最終学年となっている。
「……私の事は『エドガー』でよろしいのに」
反対にいつまで経っても慣れないのがエドガーである。自分より四つ年上で、本当は『姉』の婚約者で地位も侯爵家と上な方なのだ。……せめて名前呼びにして欲しい。
「こちらはもうこれで定着したから良いんだけどね。……それより、シルビアはまだ怒ってる?」
「……ええそれはもう」
あれから2年、という事はシルビアは学園3年生。もうすぐ卒業である。
最近の2人は卒業後の結婚に向けて準備段階に入っていた。
「……参ったな。#アレ__・__#であんなに怒るとは思ってなかった」
「幾ら#あの__・__#シルビアとはいえ、見た目の事を女性に言うのはタブーですよ」
「……いや、あのドレスが大人っぽく美しくて似合っている、と言いたかったのだが……。どうやら言い方を間違えたらしくて」
「シルビアに『大人っぽい』は禁句ですよ。一応あれでも気にしてるようですから」
「む……。本当にそんなつもりではなかったのだ。ただそんな彼女も素敵だと言いたかったのだが。
……今日はシルビアの好きなあのカフェのスイーツを持って行って機嫌を直してもらうとするか。
……ああ済まない。用事は何だった?」
昨日はフィーネも屋敷で『ヴィルに言い過ぎた』と悩んで彼の好きなチョコのクッキーを焼いていた。
なんだかんだとお互い言いたい事は言いつつ思い合っている様子に、エドガーは仕方ないなと呆れつつ安堵する。
「……今日シルビアは授業後ヴィルフリート殿と一緒の馬車で侯爵家にお伺いすると申しておりました。ガスト教授のお部屋で待たせてもらうとの事でしたので、それを伝えに」
その言葉を聞いた途端、ヴィルフリートはパッと分かりやすく表情を明るくした。
「そうか! 分かった、私もなるべく早く終わるようにするよ。
ありがとう、義兄上!」
ヴィルフリートは少年のように朗らかに笑って去って行った。
エドガーはそんな義弟を苦笑しつつ見送るのだった。
───昨日婚約者と口論してしまい、フィーネは落ち込んだまま今日の授業を終えた。
……実は少し前、マイザー伯爵一家は隣国へ行っていた。それは本物の妹シルビアと主治医であった恋人との結婚式へ出席する為だ。この3年でシルビアは見違えるように健康になり、何より2人が幸せそうで家族は心から安堵し祝福した。
そんな中、結婚式の数日前から滞在し家族水入らずで過ごす時に垣間見た妹のマリッジブルー。そして実際自分も結婚が近付くに連れ心が揺らぐようになった。
だからか、つい何でもないような事が気になりこの結婚は上手くいかないのではないかと考えてしまう。
フィーネはまだ少し気落ちしながらも、大学部の図書室近くのガスト教授の部屋をノックする。
「……おや、シルビア嬢。今日はクレール君と待ち合わせかな?」
どうぞと言われ入室したフィーネの顔を見たガスト教授の顔は、まるで孫の顔を見る好々爺のようだった。
そんな教授の顔を見て、少し気持ちが和んだフィーネはつい正直に話してしまう。
「はい。……実は昨日、彼と少し口論になってしまって……」
「はは。君達は相変わらずだなぁ。……きっとクレール君はいつも以上に急いでここにやって来るだろうよ。……ほら来たようだ」
ガスト教授がその言葉を言い終わるより早く、廊下から慌てて走る足音と忙しないノックが鳴り響いた。
バタバタ……コンコンコンッ! ……バンッ
「……シルビアッ! 昨日は済まない」
ノックの後返事をするまでもなく扉が開かれ、ヴィルフリートが飛び込んで来たかと思うとフィーネに駆け寄り手を取った。
「ヴィル……! 私こそ御免なさい」
2人は見つめ合い、いや自分が悪かった、いいえ私が、と止まらない。
そんな様子をガスト教授は暫く眺めていたが、まるで終わりそうにないのでため息を吐き待ったをかけた。
「はいはい、そこまで!
……後は帰って続きをしてもらえるかな?」
そう言って苦笑するガスト教授に、2人はハッと部屋の主人の存在に気付き赤くなる。
「申し訳ありません……」
「教授、このお礼はまた改めて」
そう言って2人して礼をして去って行く後ろ姿を見送って、ガスト教授は息を吐いた。
「───さて、今日は妻にケーキでも買って早めに帰るかな。……どうやら私も若い者に当てられたようだな」
そう苦笑して荷物をまとめ始めた。
部屋を出たフィーネとヴィルフリートは侯爵家の馬車に乗り込んだ。
「ガスト教授、呆れてらっしゃったわね……」
フィーネは赤くなりつつ俯き反省する。ヴィルフリートはそんな彼女も可愛いと思いながらも昨日の挽回に必死だ。
「教授は私たちが仲良くする事を喜んでくださってるから大丈夫だよ。……それより昨日はごめん。君が嫌がる事を言ってしまって……」
「……ううん。私も気にし過ぎだって分かってるんだけど、ここのところ何でもないような事にピリピリしちゃって……。お義母様からマリッジブルーじゃないのかって言われたわ」
「! まさか、私との結婚が嫌になった……?」
「それこそまさかだわ! ……違うの。本当に私でいいのかしらって、不安になるの……」
フィーネは俯く。一度は大丈夫だと納得したはずなのに、最近また『大人びている』と言われる度に自分の心が揺れる。やはりこれはマリッジブルーなのだろう。
……結婚を目の前にして自分が本物のシルビアでない事も不安になる。
「───私が愛してるのは貴女だ。本当は何者であろうとそれは生涯変わらない」
ヴィルフリートはフィーネの手をそっと握り、その緑の瞳を見つめる。
「何度でも言うよ。私が愛するのは今目の前にいる貴女だけ。ずっと側で生きていきたいと願うのは貴女ただ一人」
「ヴィル……」
フィーネの瞳から涙が溢れた。ヴィルフリートはそれを親指で拭い、微笑みかけた。思わずフィーネも笑う。
「……良かった、やっと笑ってくれた。どんな表情も可愛いけれどやっぱり笑顔でいてくれると嬉しい」
「ヴィルったら……。私もヴィルの笑顔が好きよ。ずっと隣で見ていたい」
「うん、ずっと見てて……」
ヴィルフリートはフィーネを引き寄せ至近距離で見つめ合った。
「ヴィル……」
2人は互いの体温を感じる程顔が近付いた。
コンコン……
「ヴィルフリート様。屋敷に到着いたしておりますが……」
2人は目を大きく開けた。
……そしてクスクスと笑い出す。
「───行こうか、シルビア。……続きはまた後で」
「ええ……。え? 続き……!? ヴィルったらもう……!」
また笑い出した2人に扉を開けた御者はハテナ顔だ。
シルビアはヴィルフリートの手を取り馬車を降りながら、2人はこれからもこんな風に笑顔で過ごしていく、そんな予感がした。
《完》
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
……この後屋敷に入ってからフィーネは昨日焼いたチョコクッキーを渡しました。
ヴィルフリートは凄く喜んで独り占めしようとして両親に呆れられました。
誤字報告ありがとうございました(*´꒳`*)




