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「───お前達には苦労をかけたな」
伯爵とフィーネは予定より早く屋敷に帰って来ていた。ただいまと声を掛けようと応接間の前まで来て、夫人とエドガーの会話を聞いてしまった。
久々に父娘2人で出掛けたので少し歩こうと馬車を降り歩いて来た為、夫人達はフィーネ達が帰った事に気付かなかったようだった。
伯爵は話を聞いた後、自身の書斎に入ってすぐにフィーネに謝った。
「……私達よりも、母や夫人が大変だったと思います」
本当は伯爵夫人が一番辛い思いをし大変だったと思うが、フィーネは敢えてそう言った。
「……そうだな。その通りだ」
伯爵は俯いたままゆっくりと頷く。
「……お父様は……何故夫人と向き合われなかったのですか。
……それ程までに母様を思ってらしたのなら学生時代に何としてでも周りを説得するか、もしくは全てを捨てて愛を貫かれるべきだったのではありませんか」
夫人の辛い思いを聞いたフィーネはどっちつかずの対応を取って来た父を責めた。
「───当時私達は周りを何とか説得しようとした。……しかしどうしても許してはもらえなかった。
そして全てを捨てるというのは、貴族としての暮らししか知らない人間には現実的では無かった……。あの時はそう思って納得してお前の母と別れ、妻と結婚した」
「───ッ。それなのに、どうして……」
「───私は、今思えば心の中ではずっと彼女と別れさせられた事を納得出来ていなかったのだ。だから妻に向き合えなかった……。そんな私を妻が受け入れられ無かったのは仕方がない。
そしてそんな頃にお前の母と再会し……。
───私は弱かった。自分の弱さ故に2人の女性を不幸にした」
伯爵は項垂れ、嗚咽し始めた。
フィーネは暫く何も言えず、そんな父を見つめた。母も苦しんだ。夫人も傷付き苦しんでいた。
───そしてそんな父も……苦しくなかったはずがない。
フィーネは目を瞑り、母を想う。母は妻のいる男性を愛した。後悔し苦しみながらも最後には義母に感謝し、私とエドガーを最後まで愛してくれていた。
ならば今の自分達に出来る事は───。
「───お父様。今から私やお父様が出来ることは、今ここにいる人を大切にする事だけですわ。
私はこれから夫人を母として、そしてヴィルフリート様を愛し支えて生きていきます」
伯爵は涙に濡れた目でゆっくりとフィーネを見て頷いた。
「……ああ。そうだな……。
私もこれからお前達と……何より妻を愛し守っていこう」
───パタン。
後悔に苛まれつつ俯き嘆き続ける父に声を掛け、今は1人にした方がいいだろうと判断したフィーネはそっと部屋を出た。
扉を閉め振り向くと、そこにはエドガーが立っていた。
フィーネは驚いたが、そっと2人でその場を去る。
そしてエドガーの部屋に入り、フィーネはエドガーを見て言った。
「───驚いたわ。いつからいたの?」
「うーーん……。父上の『お前達には苦労を……』辺りかな?」
「最初からじゃない! ……もしかして私たちが貴方とお義母様の話を聞いていたのも気付いてた?」
エドガーは答えづらそうに言った。
「───うん。……母上は気付いてらっしゃらなかったと思うけど。ちなみに姉様達はどこから聞いてたの?」
フィーネもバツが悪そうに答える。
「んー……。お義母様の、『エドガーを母様から引き離した』、辺りかしら?」
「そっちもほぼ最初からだね……」
姉弟はどちらも大きくため息を吐いた。
「───なんというか……、不器用な大人達だね」
「本当ね……。誰も彼もが不器用で弱くて……」
そして2人は考え込む。……暫くしてフィーネが口を開く。
「───エドガー。私達は同じ轍を踏まないようにしないといけないわね」
「そうだね。……さっき姉様も言ってたけど、『今前にいる人を大切にする』って事だよね」
「そうね。でも私は弱いお父様も母様も……嫌いになれないわ。そして辛い中でも凛と立つお義母様も好きよ。勿論シルビアと……エドガー貴方もね」
「……それはありがとう。僕もあんな父も母も好きだし義母上も尊敬してる。……勿論シルビアと姉様もね」
2人はクスリと笑い合った。
「それと勿論婚約者もね! 他人だからこそここは間違えるととんでもないことになるものね」
「近くに悪い見本があったからね。僕も肝に銘ずるよ」
そう言い合って2人は苦笑した。
そんな姉弟の話は尽きないのだった……。
お互いの話を聞いてしまった姉弟でした。




