18
「シルビアでございます」
フィーネとエドガーが急いで屋敷に帰宅すると、執事から客人が待つ応接間に行くようにと言われた。
ノックをしフィーネが部屋に足を踏み入れると一斉に視線を浴びる。
部屋の中には父であるマイザー伯爵と夫人、その前におそらくはクレール侯爵夫妻。
そして……ヴィルフリート。
彼が今この部屋にいることの意味など考えるまでもない。
「───知って、しまわれたのですね」
この婚約の解消を決める話合いには間に合ったようだったが、ここにヴィルフリートがいるという事は全てバレてしまったという事だ。
先程まではなんとか解消を止めようと意気込んでいたのに、いざ全てがバレたとなると今度は嘘をついていた事が恐ろしく思えてくる。
「シルビア。……座りなさい」
父に言われ夫人の隣に座る。そしてチラリと正面のヴィルフリートを見た。
……彼は真っ直ぐ自分を見ていた。
「フィーネ。……いや、シルビア嬢と呼んだ方が良いのか……。いつから?」
ヴィルフリートは少し緊張気味ではあるものの、昨日一緒に居た時の柔らかい雰囲気と変わらないように思えた。
しかしこの問いにどこまで答えるべきなのかフィーネは少し迷いながら口を開いた。
「それは……」
「……それは、私から話をさせていただきます」
フィーネの言葉を父が引き取った。
「……世間には公表しておりませんが私にはエドガーとシルビア以外にもう一人娘がいます。それが、このフィーネです。
私と……私の恋人との娘です」
マイザー伯爵はそう言って申し訳なさそうにチラリと夫人を見た。
「周囲の親戚達の反対もあり、私は娘を引き取れなかった。彼女だけは王都の街で彼女の母親に育てられていたのです」
「……その時に私は彼女と出逢ったのですね」
ヴィルフリートは頷いた。父は少し苦笑して頷いた。
「……おそらくはそうなのでしょう。そして月日が経ち、ご子息とシルビアの婚約が纏まりました。その時は、本物のシルビアだったのです。
しかしその後……。……フィーネの母から、不治の病になった事を告げられたのです」
「ッ!?」
フィーネは驚いて父を見る。
「……済まない、フィーネ」
父は一言、辛そうにフィーネにそう言ってまた侯爵家への説明をする。
「───その時に彼女に頼まれたのです。決して娘には告げないで欲しいと……。そしてその時フィーネを貴族として迎え入れることを願われたのです。……今、フィーネの母は王都の療養所で闘病しております」
「ッ! そんな……! だってつい最近も手紙のやり取りを……」
侯爵家側に説明しているのだと分かってはいるが、突然知った真実にフィーネはつい声を上げた。
「そうだ。お前から来る手紙が唯一の喜びと言って……」
そう言って伯爵は目頭を押さえた。フィーネは突然の事実に茫然とした。
そこでマイザー伯爵夫人がクレール侯爵夫妻に説明の続きを始めた。
「……ここからは、私が話をさせていただきますわ。
私どもは彼女の最後の願いを叶え、本来フィーネが受けるはずだった伯爵令嬢としての生活をさせる事といたしました。が……。世間は突然現れたフィーネに良くない噂をする事でしょう。貴族となってこの子が辛い思いをするのでは本末転倒です。そう悩んでいる時に、娘が……シルビアが失踪したのです。あの子の主治医と医療の進んだ隣国への……いわば駆け落ちでした」
そう言って伯爵夫人は膝の上で重ねた手をギュッと握り締めた。
「なんと……」
体が弱いと言われていた令嬢の、『駆け落ち』という思い切った行動に流石の侯爵夫妻も驚いた。
「侯爵家には大変申し訳の無い話でございます。
そしてシルビアは手紙を残していたのです。それは自分の代わりにフィーネをシルビアとしてこの家に迎え入れ問題を解決して欲しい、と」
「……シルビア嬢が……。それは大変お辛い事でしたでしょう」
マイザー伯爵夫人の言葉に、同じ子を持つ母としてクレール侯爵夫人の目が潤んだ。
「……しかしそれで私も迷っていた心も決まりました。腹を括ってこの娘を我が子として受け入れる決心がついたのでございます」
「お義母様……」
自分の母が病気で療養所で闘病していた。その事実で頭がいっぱいだったフィーネだったが、義母のその覚悟を聞き胸を打たれる。
───皆が、それぞれに覚悟を決めて、そうして私の生活が守られていた───。
知らず、フィーネの目にも涙が溢れていた。
この部屋に居る全員が、それぞれの想いに涙を流した。
そしてヴィルフリートは言った。
「フィーネ。……マイザー伯爵。私の気持ちは変わりません。フィーネを愛しています。たとえ彼女が何者であっても」
「クレール様……」
フィーネはヴィルフリートを見つめ、マイザー伯爵は暫くじっと考えた末にゆっくりと頷きそしてクレール侯爵を見た。
侯爵は隣の夫人を見、そしてヴィルフリートを見て頷き合った。
「……無論、我々も異存はない。元々のこの婚約が続けられるだけだ」
「ありがとうございます。……そして隠し事をしていた事、誠に申し訳ございませんでした」
「いや、本来ならばそれで良かったはずだったのだ。
……しかしこれもご縁があったという事なのでしょうな。これから我らはもっと交流を深め良き関係を築いていこうではありませんか」
そうして『シルビア』とヴィルフリートとの婚約は継続される事となった。
───そしてフィーネはシルビアとして生き、サバをよみ続ける事になったのだった。
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