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両家の両親が揃っての話し合いです。
「───長い間迷惑をかけたが、この度シルビア嬢と息子ヴィルフリートの婚約解消の話し合いの為に来させていただいた」
マイザー伯爵家の応接間ではクレール侯爵家夫妻との話合いがされようとしていた。
「いえ。こちらこそ多大なる援助を感謝しております。お陰様で我がマイザー伯爵家はなんとか持ち直す事が出来ました」
迎えるマイザー伯爵夫妻はどこか安堵したような表情だ。
水害により借金を抱えてしまったとはいえ、娘を『一時期だけの仮の婚約』の資金援助と引き換えにするのはやはり気が重かったのだ。
それは2人にとってシルビアからフィーネに入れ替わっても当然同じだった。そしていずれ解消されると思っていたからこそ入れ替わりを侯爵家に伝えていなかった罪悪感もあり、少しでも早く婚約が解消される事を望んでいたのだ。
そして両家の当主夫妻は婚約解消の手続きや条件の擦り合わせなどの話合いを滞りなく済ましていく。元からいずれ解消するのは決まった話であったので、両家とも揉める事なく話合いはスムーズに進んでいった。
……その時、玄関で物音がした。
「ああ、子供達が学園から帰って来たようですな」
「シルビア嬢が……。一度ご挨拶させていただいていいですかな」
「いえそんな、お気になさらず。……あの子は身体も弱くおそらくこれからもそれ程お目にかかる機会も少ないでしょう。……そっとしておいてやってください」
「そうですか……。このような事になりましたが、何かあれば力になるとそうシルビア嬢に伝えてもらえれば」
一度も会う事の無かった、もしかして義娘になっていたかもしれない令嬢。最後まで縁がなかったのだな、とクレール侯爵夫妻は少し残念に思った。
───と、玄関で何やら揉めるような声が聞こえた。
執事と、……若い男の声だった。エドガーの声ではない。
子供達が帰って来たのではなかったのか?
4人は少し困惑しつつ顔を見合わす。
「何やら、別の来客のようですね。今日は他に来客の予定は無かったので後日にしていただきましょう」
マイザー伯爵はそう言って玄関先にいる少々騒がしい来客者を無視しようとした。……が。
コンコン……ッ
「……旦那様。お客様でございます。……クレール侯爵家のご子息ヴィルフリート様と名乗っておられます」
執事の声が告げた名を聞いて今度は侯爵夫妻が一瞬驚きの表情をし、伯爵夫妻は思わず彼らの顔を見る。
「……ヴィルフリートが? 何故急に……。
マイザー伯爵。済まないが息子をここに呼んでもらっても?」
「え、ええ。勿論でございます」
「……君。呼んでくれたまえ」
執事は礼をして去って行く。
その姿を目で追いながら4人が何があったのかと考えていると、すぐにまた扉がノックされヴィルフリートが入って来た。
「突然の来訪をお詫びいたします。ヴィルフリート クレールでございます」
ヴィルフリートは社交デビューしているものの、まだ学生でもあり王家主催の大きな催しなど必ず出なければならないものしか参加していない。
そして婚約してからも顔を合わさないようにしていた為、ほぼ初対面であるマイザー伯爵夫妻と初めてきちんと挨拶を交わす。
「……はじめまして。このような時でなければこの出会いは嬉しいものでありましたが……」
マイザー伯爵はおそらくもうすぐ婚約を解消するこの青年が、最後の謝罪をする為に訪れたのだと思った。娘の婚約者としては最後まで会わずに終わるかと思っていたが、なかなか感心な青年ではないかと少し見直す気持ちで言葉をかけた。
「これまでの失礼をお許しください。───そして申し訳ありませんが、今日の婚約の解消のお話はなかった事にしていただきたいのです」
「……? それは、いったいどういった事ですかな」
「ッヴィルフリート!? お前今更いったい何を言っているのだ」
ヴィルフリートの言葉に4人は戸惑いの声をあげる。
「……実は私には幼い頃から想う方がおりました。しかしその方の行方は分からなくなっていました。……今回の婚約は、いつまでも婚約を決めない私に痺れを切らした両親がマイザー伯爵家に無理をお願いしたものです」
ヴィルフリートが申し訳なさそうに言うと、4人は頷いた。
「……おおよそ、閣下よりそのようにお伺いしております。そして今回貴方のその想いが叶ったのかと思っておりましたが……。
……しかし申し訳ありませんが我が家の娘ももう年頃、お陰様で体も随分と健康になりました。今婚約を解消する事は我が家としても大いに希望するところなのです」
マイザー伯爵は婚約継続を望むこの青年に『これ以上は娘を隠れ蓑にさせるつもりはない』とはっきりと主張した。
「ヴィルフリート。この婚約を無理強いしたのはこちらだ。いつまでも婚約を決めようとしないお前を諌める為でもあった。
……しかしこれ以上こちらに迷惑をかける訳にはいかない。それにお前もその想い人を見つけたのではなかったのか?」
クレール侯爵も勝手な事を言い出した息子を咎めるように言った。
「───私のその想い人とは、シルビア嬢だったのです。
……いえ、『フィーネ嬢』というべきか」
「「ッ!!」」
「「ッ!?」」
マイザー伯爵夫妻はその言葉に驚き顔が青褪める。
そしてクレール侯爵夫妻は何のことかと眉を顰めた。
「私も、たった今その事実を知ったばかりです。まだ半信半疑ではありますが───。
マイザー伯爵、事情をお話しいただけますね?」
初め顔を青褪めジッとヴィルフリートの顔を見ていたマイザー伯爵だったが、一つ長いため息を吐いた後に観念したかのように答えた。
「───ええ。私共は秘密を持っております。そしてそれはこのまま予定通り婚約が解消されればそちらに一切ご迷惑をおかけしないものと考えておりました」
「ええ、分かっております。実際彼女でなければ何も問題は無かった事でしょう。これは私の我儘なのですから」
マイザー伯爵とヴィルフリートはそう言ってお互い頷いた。
「待ちなさい、ヴィルフリート。……そして伯爵? こちらにも分かるようにご説明いただけますかな?」
「……もちろんでございます。───ちょうど娘も帰って来たようでございます」
いつもよりも慌ただしい急いだ様子で馬車が帰って来る音が聞こえた。
……娘が帰る頃にはこの婚約は解消されているはずだった。いや、実際この青年が入って来るまでは話は殆どまとまっていたのだ。
マイザー伯爵はもう一つため息を吐く。
「娘をここに呼ぶように」
マイザー伯爵は執事にそう命じ、この婚約の……娘の行末を思った。




