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マイザー伯爵家の事情と、悩む姉弟です。
「……責められるべきはお父様と母様だわ。夫人のお気持ちは痛い程分かるもの」
伯爵夫妻が揉め出し話の収拾がつかなくなった為、この話はまた後日と部屋を出たフィーネは弟エドガーにため息混じりに言った。
そして格上の侯爵家との縁談を伯爵家側から断る事は難しい。
もしもシルビアが失踪したと正直に話したなら、侯爵家との間に禍根が残るだろう。マイザー伯爵がそれを決断しない限りフィーネにはこれを断るという選択肢は無いのだ。
「……まあね。なんだかんだ言って母上は僕に良くしてくださる。母上が父上を許せないのは仕方ないよ。だけどその憎しみをフィーネ姉様にぶつけるのは間違ってる」
そう静かに怒りながら言う弟にフィーネは苦笑する。
───この伯爵家の王都の屋敷にはマイザー伯爵夫妻とこの弟エドガー、……そして父と伯爵夫人との間に遅くに生まれた一人娘シルビアが暮らしていた。
戸籍上マイザー伯爵家の子はエドガーとシルビアだけだ。
庶子であるが男子のエドガーだけを子供が居ない伯爵家に嫡子として引き取った後、意外にも夫人はエドガーを大層可愛がってくれたそうだ。
そうして、子を可愛がる夫人との関係が良くなったからか結婚9年目にして伯爵夫人に子が産まれた。
このアベニール王国では男子相続が優先されるが、女子でも可能で夫人の子が後継となり得た。そして生まれたのは女の子。……しかしながら生まれつき体が弱く、夫人もこれ以上は子を望めないと医者から宣告された。
マイザー伯爵家はエドガーが継ぐ事に決まり、シルビアは体が弱かった事もあり掌中の珠のように大切に大切に守られて育てられた。
そして月日が流れ、侯爵家からの求めで家同士の契約としてクレール侯爵家嫡男とシルビアの婚約が組まれた。その条件には資金援助も含まれており、前年の領地の水害への補填も出来てしかも格上の侯爵家との縁談話、伯爵は飛び付くように受け入れたようだったのだが……。
「───でもまさか、シルビアが主治医の先生と駆け落ちするなんて」
フィーネはため息混じりに呟いた。
「そうだね。まあ僕も2人の仲は良いなぁとは思って見てたけど、先生とは7歳も年が離れてたしそれこそまさかじゃない? ……多分誰も2人が恋仲だったなんて気付いていなかったと思うよ」
エドガーはため息混じりにそう言って表情を曇らせた。彼にとっては生まれた時から共に育った大事な妹だ。勿論フィーネにとっても大事な妹だが、一緒に暮らしてはいなかった分多少エドガーとは温度差はあるだろう。
「……ねぇ。まさかシルビアはその歳の離れたお医者様に騙されて連れて行かれた……なんて事はないんでしょうね?」
そしてフィーネにとっても、義母が違っても『お姉様』と慕ってくれる可愛い妹シルビアは大切な存在だった。
「絶対ないとは言いきれないけど、先生はそんな邪な考えを持つような方には見えなかったからねぇ。少し前から隣国に渡るとは聞いていたしシルビアも随分先生を慕っていてかなり落ち込んでいるとは思ってたんだ。
置き手紙も幾つかあって脅されて書かされたとかじゃなさそうだったし、荷物も自分できちんとまとめられてた。多分決意して付いて行ったんじゃないかな」
「……そうなんだ……」
申し訳なさそうに言うエドガーを見てもう一つ深いため息を吐き少し言いにくそうに尋ねた。
「……だけど本当に、シルビアと婚約者のクレール侯爵家ご子息は会った事がないの?」
もう一つの大きな心配。それはシルビアの婚約者であるヴィルフリート クレール侯爵令息。普通ならば婚約者である彼には当然姉妹の入れ替わりはバレてしまうだろう。
しかし、婚約者でありながら2人はこれまでにただの一度も会った事がなかったという。
そもそも婚約する時点で一度くらいは顔合わせをするものではないのだろうか??
「……僕が知る限りではないよ。シルビアの体調が悪くなったり向こうも王立学園の大学部で忙しいとかでなかなか都合が合わなかったらしいんだ」
「婚約者なのに一度も会えていなかったなんて……。なんだか絶望的に2人はご縁がなかったのね。そして結局本当にそのご縁はなくなったのだもの……。
ねぇ、だけど幾ら相手がシルビアの顔を知らなかったとしても本当にこんな事が上手くいくと思う?
───だって私、シルビアよりも4歳も上の19歳なのよ?」
そもそも密かに婚約者が入れ替わるというだけでも誠実さのないあり得ない話だが、4歳も年上の健康的なフィーネが病弱な妹シルビアの身代わりなど出来るのか? ……かなり無理があると思う。一目でバレて終わりではないのか。
2人の背格好や雰囲気は似ているとはいえ……。
……そしてそのままいけばフィーネはこれからの人生をシルビアとして4歳もサバをよんで生きていかなければならない事になってしまう。
「……姉様、どちらかと言うと大人びて見られるものね」
苦笑してそう言うエドガーをフィーネは軽く睨んた。
……フィーネは老けて見える訳ではないが、よく落ち着いては見られる。まあ年齢通りにみられるというところか。
「いっそ誠実にシルビアが倒れたので破談にしてくださいと伝えるとか、代わりに姉がいきますと侯爵家にお願いするのではダメなのかしら」
「───本当はそうすべきなんだろうけどね。だけどもしも婚約者であるシルビアが駆け落ちしたなんてバレでもしたら我が家は今後侯爵家から睨まれてしまうだろうし他の貴族からも信用を失ってしまう。そして姉様を新たな婚約者とするには、これまで姉様の存在を公表していなかったのが痛いよね。
……多分、侯爵家からは突然現れた姉様の存在自体を不審に思うだろうから。
それにそうすると将来の侯爵夫人としての世間体も悪い」
「突然19歳の、それまで存在を秘されていた姉が現れて侯爵夫人として迎え入れるなんて余りにも怪しくて難しいのね……。
ええと、お相手はエドガーより2歳上……つまりは私と同い年になるのよね」
クレール侯爵令息にすれば、4歳年下と思っていた婚約者が同い年の庶子に入れ替わってたなんて後で知ったなら結構なショックよねぇ、とフィーネはつい他人事のように彼に同情した。
姉弟は困り顔で揃ってため息を吐いた。
出来るならばこの話が流れるようにと願いながら。
───しかし後日、再びの伯爵達との話し合いにより、フィーネはシルビアとして生きる事を決められたのだった。




