ヴィルフリート 3
───なんだったんだ、あのエドガーという青年は。妙に余裕ぶる割に裏に明確な敵意も感じた。
……しかし家の事情を知ってはいても、妹との婚約を解消する相手などには敵意が湧くのは当然か……。そう思い直したヴィルフリートは一つため息を吐いた。
エドガーを見送った後、今日の授業を終えいつものようにガスト教授の部屋に行く。必要な本を集めつつ今日の彼は一日悶々と考え続けていた。
その時扉が開き、部屋の主が入って来た。
「……おや、早いじゃないか。今日はてっきりデートなのかと思っていたよ」
ガスト教授はそう含みを持たせた表情で揶揄いながら自分の席へ座る。
「何を仰っているのですか、ガスト教授。……やはり一昨日はわざと居なくなったのですね?」
ヴィルフリートはそう言って呆れたように一つ息を吐き本をトンと揃える。
「はは、若い者を鼓舞してるんだよ。……色々話も出来たのだろう?」
「まあ……。……はい」
そう言って照れたようにそっぽを向く、いつもは滅多に感情を感じさせない青年の年頃の男子のような態度に教授は満足げに頷いた。
「……うむ、それは何より。そして今朝は彼女の弟君とも会っていたようだね。
……式はシルビア嬢の卒業後になるのだろうが、義理の兄弟と仲良くしておくのは家の為にも良い事だ」
そう言って書類を取り出し確認しようとするガスト教授をヴィルフリートは神妙な顔で見た。
「教授。……婚約は解消いたします。どうして教授が彼女を私に引き合わせてくださろうとしたのかは知りませんが、彼女こそ私が探し続けていた女性なのです」
「───ん?」
ガスト教授は目を丸くしてヴィルフリートを見た。
「彼女こそ、私が昔出会って恋をした女性だったのです。そして、私は彼女に愛を告げました。
……色良い返事はまだですが『婚約者のいる男性は無理』だと言われましたので、早速今日両親が婚約者の家に婚約解消の話し合いをしに───」
「ちょ、ちょっと待ちなさい、クレール君」
「───教授、私は本気です。そもそもこの婚約は彼女を探し続ける私に痺れを切らした両親が提案した形式的なもので───」
「いやいや、待ちなさい! ……婚約の解消? 何を言っとるんだね! 君は一昨日その婚約者と話し合ったのではないのか? 良い雰囲気だったと聞いているのだが、婚約解消という話でまとまったという事か!?」
話が噛み合わない。
「───は? いえ一昨日は再会した私の想い人と話をしました。婚約者とはまだ一度も会っていません。
想い人を見付けたからこそ婚約を解消しようと───」
「会っていない? いや一昨日会って話をしたのが君の婚約者ではないか! 想い人だったと分かったのに婚約を解消するのか? 一昨日会った彼女が想い人だったのではないのかね!?」
余りにも話が通じないのでガスト教授は思わず大声になってしまった。
───『一昨日会って話をしたのが婚約者』───!?
ヴィルフリートは一瞬訳が分からなくなった。
「待ってください。……いやですが一昨日会った彼女は『フィーネ』です。昔出会った私の初恋の人で、今も彼女はそう名乗って……」
「それはシェンケル先生から、『一度も会った事もない婚約者と偶然会ったのでつい偽名を名乗ったようだ』と聞いている。
……私達は全く交流のない様子の君達が気になって、とりあえず一度でも会って話をさせようと一計を講じたのだよ。彼女は間違いなくヴィルフリート、君の婚約者のシルビア マイザー嬢だ」
ヴィルフリートは頭をガツンと殴られたように茫然とした。
「まさかそんな……。いや、しかし彼女は私より4歳年下なはず」
自分が子供の頃出会った『フィーネ』は自分と同年代だった。まさかいくらなんでも8歳と4歳を見間違えるはずがない。
「……フィーネ嬢は確かに大人びて見えるようだが、それは絶対に口にしてはいかんぞ。特に本人には」
ガスト教授に静かに釘を刺されたので、息を呑んで頷いた。女性の年齢を見誤るなどあってはならない。しかし……。
ヴィルフリートはぐるぐると様々なことが頭を巡り混乱していた。
───『フィーネ』が『シルビア』? ……まさか!
年齢のことから考えても、彼女は『シルビア マイザー』ではあり得ない。
しかし教授がこうまで言い切るのだ。おそらく今のシルビア嬢はフィーネという事なのだろう。
……そういえば、エドガー マイザーの発言はそういう事だったのか。『大切な人』と言ったのは、フィーネが彼の身内であるという事。実際の関係は分からないが、今の彼らは『兄妹』なのだから。
そしてハッと気付く。
「……ッガスト教授! 申し訳ありませんが失礼します、私はマイザー伯爵家に行かなければ!」
───今頃ヴィルフリートの両親はマイザー伯爵家へ婚約解消の話し合いに行っているはずなのだから。




