ヴィルフリート 2
「───? 明後日、教授の部屋の管理を?」
マイザー伯爵令嬢と婚約しても私は彼女と一切会うつもりは無かった。そして私は愛する彼女を見つける為、王都の街や隠された貴族の隠された庶子などを調べ探しながら日々を過ごしていた。
しかし手がかりは全くなかった。期限の大学部卒業まであと2年程になっている事もあり日々焦りを感じる毎日での、自分の師事するガスト教授からの言葉だった。
「そうなのだ。明日から私は出張でね……。しかしその日、客人が訪ねて来ることになっている。その客人の相手を頼みたいのだ」
「───客人が? 教授の不在時なのでしたら、日を変更されてはいかがです?」
「いや、相手はその日その時間しかダメだと……。難しい相手ではないのだ。済まないが是非とも君に対応してもらいたい」
そう教授に押し切られ、私はその『運命の日』を迎えたのだ。
そして当日。私は教授の部屋の鍵を開け客人を待っていたが一向に来る気配がない。この広い構内を迷っているのかと周辺を探しに行く事にした。
少し周りを歩いてみたがそれらしい人物は見当たらない。
仕方なく部屋に戻ると人影があった。
……居ない間に客人が来ていたのか?
中を覗くと、本を読み耽る1人の女性がいた。
私はいつものように女生徒が私に会う為に口実を作って勝手に入り込んでいるのかと思い、つい声を荒げて「誰だ」と問いかけた。
女生徒はびくりと驚いたように震えてこちらを振り向いた。
───金に近い茶髪に新緑のような緑の瞳。大学部の制服を身に纏ったその人は、小柄ではあるが女性らしくしなやかで手脚が長く美しい立ち姿。
私は眼を見張り目の前の……探し求めた女性の姿を見つめた。
彼女は最初は驚いた様子だったがすぐに洗練された隙のない動きでこちらに美しいカーテシーをした。
「───失礼いたしました。ガスト教授にお会いしたく参りましたがご不在のようでしたので……勝手に申し訳ございません」
私は彼女から目が離せなくなり、湧き上がる喜びで胸が打ち震えた。
───彼女こそが、私が長年探し求めていたフィーネだったのだ。
10年以上前に出逢い恋焦がれた『フィーネ』は、私が想像していた通り……いやそれ以上の輝きを持つ女性として私の前に現れたのだ。
しかし自分はすぐにあの時の少女と気付いたのに、彼女は全く私に気付いていないようだった。私は思わず彼女に対し少し不機嫌な対応をしてしまった。
そして彼女の名を聞く。……やはり、『フィーネ』だった。
私は余りの喜びに浮かれ、何故学園で今まで彼女と会えなかったのかをこの時は疑問に思うこともなく、とにかく彼女に次また会う約束を取り付けるにはどうすれば良いかばかりを考えていた。
そして彼女は今大学部の制服を着ている。もしかするとこちらに編入してきたのだろうか、などと考える。
その後は、早くこの場を去ろうとする彼女を何とか引き留め次に繋げる為に半ば無理やり彼女に本を貸し出した。
本当はガスト教授から本の貸出許可など得てはいなかったが、まあ後で言えば許されるだろう。
……とにかく次の約束は取り付けた。そして残念だがこの時彼女は最後まで私の事を思い出さないようだった。
一応彼女にとっては初対面なので余りにもしつこく問いただして警戒されてはいけない。私は約束の3日後に大いなる期待をしたのだ……。
そして、その3日後。
他の女生徒に絡まれているフィーネを見つけ彼女らを退けた。今日の彼女は何故か学園の制服を着ていた。……学園に転入したのだろうか?
そして私が10年前にダミアン師匠の道場で会った話をしても、彼女は覚えてはいないようだった。
それはとても残念だったが……まあ仕方がない。大事なのはこれからだ。
そして私はフィーネに愛の告白をし、婚約をして欲しいと言った。
───しかし彼女の答えは『否』───。
……しまった、性急過ぎたか。だが隙あらばこの場から去ろうとする様子のフィーネを逃したくなかったのだ。そして彼女が今日学園の制服を着ているのも気になった。どちらも彼女に似合ってはいるが……これは私を撹乱する為なのか?
そして彼女から私の婚約者の話をされてしまった。
私はフィーネと再会してすぐに婚約を解消しておかなかった事を後悔した。
彼女にプロポーズしたのに、たとえ仮とはいえ婚約者がいるのは確かにあり得ない話だ。私の完全なるミスだった。
『婚約者がいる人とはあり得ない』と至極尤もな理由で家名も教えてくれなかったフィーネに私の気持ちを分かってもらう為にも、一刻も早く婚約を解消する事を決意した。
次の日。
私は校門付近でフィーネの姿を見付けた。私は慌てて彼女を追い、なんとか一緒に街を散策する権利を手に入れた。
初め私を警戒しぎこちなかったフィーネだが、少しずつ打ち解け会話は弾み楽しい時を過ごす事が出来た。
そして私は彼女が気に入ったであろうペンを色違いで購入し彼女にその片方を渡す。なんとか受け取ってもらいこれでお揃いだと嬉しくなって笑うと、彼女がジッと私の顔を見てくる。
「───?」
「……ヴィル……?」
「ッ!!」
……フィーネが、やっと私を思い出してくれた!
私は喜び、再びフィーネに愛を告白する。───ずっと、想っていた。再会してもっと好きになったと。
彼女はそれでも色良い返事はくれなかった。やはり私の『婚約者』の存在が気になるらしい。
……これからゆっくりフィーネの心を解かしてゆきたい。
その為には一刻も早く『仮の婚約』を解消しなければ。
そこに、一台の馬車がやって来た。
「申し訳ございません。……迎えが来たようですわ。これで失礼致します」
「ッああ。また図書室に来て欲しい。難しければ連絡をくれれば私はどこへでも行くよ」
「……ありがとうございます」
フィーネは礼を言ってその馬車へと乗り込んでいった。
すると馬車に誰かが乗っているのが見えた。侍女か家令かと思いよく見るとそれは青年。明らかに、平民ではない。
私は嫉妬に燃えた目で彼らを見ていると、青年はチラリとこちらに視線を向け私と目が合った。
……そして、何やら得意げに笑ったのだ。
二人は仲良さげに話しながら扉は閉められあっという間に馬車は去っていった。
「───あれは……」
その青年に、ヴィルフリートは見覚えがあった。
あれはエドガー マイザー伯爵令息。……ヴィルフリートの婚約者シルビア マイザーの兄。
……どういう事だ?
今の二人の距離感……、二人が随分と親しい関係である事が分かる。まさか……、いや確か彼には婚約者がいたはず。夜会に二人が来ているのを見た事があるが別人だった。
……ではもしや、マイザー伯爵令息はフィーネを愛人にしている? 確か彼の父親も愛人を囲っているとの話を聞いた事がある。まさか親子2代に渡って愛人を作っているのか。そしてそれがフィーネ……!?
私はこの湧き上がる怒りと苛立ちを抑えきれず拳を固く握り締めた。




