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サバ読み令嬢の厄介な婚約  作者: 本見りん


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「あら。シルビア様どちらへいらっしゃるのですか?」



 夕刻の学園で、フィーネは友人から声をかけられた。同じクラスの仲の良い友人なのだが、マイザー伯爵家の事情までは話せる訳もなく、いつもの儚い笑顔で答える。



「……シェンケル先生の所へですわ。先日大学部で本をお借りしましたの」


「まあそうでしたの……。帰りに話題のカフェにお誘いしようと思っておりましたのに……」


「あの人気のカフェに? まぁ、是非明日にでもご一緒させてくださいませ!」



 フィーネは次の日の約束をして笑顔で友人と別れた。3日前の大学部では酷い目にあったが学園部では友人たちに囲まれて至って平和で楽しい日々。


 最近フィーネは『体は随分健康になった』としてたまに友人達と帰りにカフェに行ったり買い物をしたりと毎日を楽しんでいる。



 そして───今日は婚約者ヴィルフリートに指定された本を返却する日。……なんとも気が重かった。



「……うーん、気が引けるけれどなんとかシェンケル先生にこの本を返してもらえるようにお願いして……」



 借りた天文学の本はとっても興味深くて、次の本を用意してくれるという話はとても楽しみだったのだけれど。……次にヴィルフリートと会って正体がバレる訳にはいかない。


 なんとか彼と会うのを回避する為に本の返却のお願いをするべくシェンケル先生の部屋の扉を叩く。



「……おや、シルビア嬢ではないか。入りなさい」



 シェンケル先生は図書館を管理する教師として教室とは少し離れた棟に個室を持っている。



「失礼いたします。……シェンケル先生、お願いがあるのですが……」



 本を持ったフィーネは部屋に入ってすぐに本題に入ろうとしたのだが。



「うん、その本を大学部へというお願い以外なら考えてもいいよ」


「え……? どうしてですか?」



 フィーネはお願いを言うまでにあっさりと躱された事に驚く。



「……ふふ。その本を返しに行くと、クレール侯爵令息と約束したのだろう?」



 思わぬ発言に、フィーネは言葉も出せずにシェンケル先生の顔を見る。



「そもそも今回、君達2人が婚約者として余りにも交流をしていないようだからとガスト教授と気を利かせたというのに」


「ええ~、先生……」



 楽し気に言ったシェンケル先生にフィーネは戸惑う。……先生はとても良い……少しからかいを含んだ笑顔でこちらを見ていた。


 ……大学部に私を行かせたのはは、わざとだったのね。先日の話を聞いて私を不憫に思い、婚約者同士会って交流を持たせる為に。だからあの時ガスト教授はいらっしゃらなかったんだわ。


 普通ならば有難いと思わなければならないかもしれないが、婚約の解消を願うフィーネにはかなり困った話だった。



「……先生。私たちは家の事情で婚約したのです。来るべき時が来たのなら結婚するでしょうし……、侯爵家側からお断りをされればそうなるしかありません。私は体も弱く侯爵夫人としての采配が出来るか不安な所でもあります。そしてあちらがそう判断されたならそれを受け入れる覚悟は出来ております」


 ……むしろこちらは本当はこの婚約の解消を願っているのだから。

 先生方のご厚意は有り難いけれど、この婚約は解消されるべきだとフィーネは思っている。



「まあそう頑なにならず。どちらの道を選ぶにしても、君達は余りにも交流が無さすぎる。会ってそれでも継続が難しいならば仕方がないが、会ってもいない今はそれ以前の問題なのだから」



 シェンケル先生はそう困ったように言ってから、ニコリと笑った。

 フィーネは「?」と首を傾げる。



「……それに、彼の方は君が気になっているようだしね。そうそうシルビア、君は彼に偽名を言ったの? 彼は婚約者とは知らずに君を気に入ったようだよ。……ちょっと面白いよね」



 笑いを抑えきれないようで、シェンケル先生はクスクスと笑った。



「先生……。笑い事じゃあないです。本当に私を気に入ってくださったとは思いませんけれど、本を借りる約束事までしてしまって……。だけどそもそも私には侯爵夫人なんて無理なんです。今のまま……私と知らず会わないまま静かに婚約を解消してくださる方がいいんです」



 フィーネはシェンケル先生が『フィーネ』と名乗ってしまった事を、『婚約者を警戒するシルビアがわざと偽名を騙った』と勘違いしてくれていると分かり少しホッとした。



「シルビア嬢。人の縁とは不思議なものでね。2人がこうして婚約した事も婚約者とは知らないのに彼が君を気に入った事も、その彼から何故か逃げようとする君も……。本当に縁がなかったならば縁は絡まる事はないはずだよ」



「先生……」



 それはマイザー伯爵家の事情さえなければ素敵な話のように聞こえるのだが……。今のフィーネには頷く事は出来なかった。


 困ったようにそれ以上答えられないフィーネに、シェンケル先生は微笑んで肩を叩いた。



「……まあ、とりあえず約束は果たしておいで。それからどう進むかは、運命のみが知っている」



 本当は逃げたい気持ちもあるけれど、ここまで言われては頷くしかなかったフィーネだった。



 ◇



 ……やって来ました大学部。


 どちらにしても、事務部の方に前回借りた制服も返さなくてはいけないしね……。



 フィーネは一つ目の袋に制服とお礼のお菓子、二つ目の袋には本とお礼を入れてやって来た。

 

 ……願わくば前回の女子生徒には会わずに、いやそもそもヴィルフリート本人には絶対に会えずに帰れますように……!



 そう願いながらとりあえずは無事事務所に到着し、前回お世話になった事務員にお礼を言って制服を返す。

 

「あの……、誠に申し訳ないのですがガスト教授にこの本をご返却いただけないでしょうか」



 フィーネは縋るような気持ちで事務員の方にお願いしたのだが。



「ああ。あの日ガスト教授はいらっしゃらなかったんですよね、本当に申し訳ありませんでした。

ですが今回は大丈夫ですよ! 先程お部屋にいらっしゃいるのを確認しておりますから!」



 フィーネの願いも虚しく、親切な事務員に笑顔で事務所を送り出されたのだった……。



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