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───王立学園の昼下がり。
貴族の子弟達が集うカフェテリアには昼食の後お喋りに花を咲かせる令嬢たち。
「───シルビア様は、本当に大人びて……いえ、……落ち着いていらっしゃるわねぇ」
「ま、まあ……。そうですかしら? うふふ?」
……そりゃ、そうですわよね。
だって私、本当は貴女方より4歳も年上なんですもの……!
つい一年程前まで平民として暮らして来た20歳のフィーネは、今は16歳『シルビア』として学園生活を謳歌している。
───そう、あれはマイザー伯爵である父に呼び出されたあの日から始まった───
◇
「───え? 私がシルビアの代わりに……ですか?」
マイザー伯爵家の応接間。
突然の呼び出しで普段入る事のない部屋に通されたフィーネは、初めは貴族の屋敷の豪華さに恐縮し小さくなっていた。しかし俄かには信じられない発言をした父親に驚き、つい声を上げたのだ。
「……なんですか、その態度は! お前はこれまでお世話になった恩を仇で返す気ですか!」
「……ミレーヌ」
フィーネの発言に青筋を立て叱り付けて来たマイザー伯爵夫人を父であるマイザー伯爵が止めた。……そして申し訳なさそうにフィーネの顔を見る。
「……フィーネには酷い話だと分かっている。しかし我がマイザー伯爵家にクレール侯爵家とのこの縁談は必要なのだ。
そしてシルビアが居なくなった以上、フィーネ、お前がシルビア マイザーとなりその役目を果たしてもらうしかない……。フィーネは我が家の、……私の娘なのだから」
いつもフィーネにも等しく愛情を注いでくれる父親だが、このマイザー伯爵家の存続に関わる事だけに今回は非情にならざるを得ないようだった。
フィーネは戸惑いつつ答えた。
「……勿論私もお父様の娘である以上は家の為の結婚と言われれば否定するつもりはありません。……けれども私は世間的には秘された存在ですし、それに何より……」
この話はフィーネが身代わりになるのが嫌だとかそんな個人的な問題ではない。シルビアのフリをしてフィーネが嫁ぐという事は、つまりは侯爵家を欺くという事になるのだ。……それにフィーネを産み育ててくれた実の母を1人にしてしまう事になる。
そして何より問題なのが……。
「……ッ周りがお前を知らないからこそではないの! やっとお前のような存在がこの家の役に立てる時が来たというのに……!」
「……エレーヌ、やめなさい」
「いいえ言わせていただきますわ。父親に対し身の程をわきまえず口答えをするなど! だいたい貴女は小さな頃から男の子のような真似ごとをするような非常識な子で……」
「……いい加減にしないか! そもそもシルビアが失踪したからこのような事態になっているのだぞ!?」
フィーネの言葉を遮り激しく罵りはじめた夫人の態度に耐えかねたマイザー伯爵は妻であるマイザー夫人を叱り付けた。
夫人はグッと言葉に詰まる。
「……お二人とも、いい加減にしてください。シルビアの事は……とても心配で残念ですが、今はその事でフィーネ姉様に無理なお願いをしているのですよ? 醜い言い争いをして姉様のお心をこれ以上煩わせるような事はなさらないでください」
そこに口を挟んだのは嫡男エドガー。……彼はフィーネと母を同じくする実の弟である。
───マイザー伯爵には3人の子がいる。フィーネ、エドガー、そして唯一正妻の子であるシルビア。……しかし、この中でフィーネだけは世間的に秘された存在だった。
その昔、若かりしマイザー伯爵には恋人がいた。貧乏男爵家の令嬢だったフィーネ達の母アンネである。しかし2人の結婚は認められず、泣く泣く別れたマイザー伯爵はその後今のミレーヌ夫人と政略結婚した。
しかし夫人との間には4年経っても子は授からなかった。そんな頃伯爵は偶然昔の恋人と再会した。そして再び恋人関係になり……その一年後、父親そっくりの女の子フィーネが生まれた。
マイザー伯爵夫妻は子供に恵まれていなかった為、伯爵は妻と別れ恋人と一緒になろうとした。……が、またしても周囲に反対されそれは叶わなかった。そして外に子が出来たと聞いた夫人は当然ながら烈火の如く怒り、益々夫婦仲は悪くなっていた。
しかし数年後、また恋人との間に子が出来た。……男の子だった。
その頃には夫人との結婚から7年の歳月が過ぎており、周囲からも庶子でも良いから後継をと求められていた。そんな周りの声もあり夫人もその子エドガーを伯爵家の嫡男と認めざるを得なかった。
しかしそれでも夫人はその姉であるフィーネの存在だけは決して認めようとはしなかった。……おそらく妻としての意地だったのだろう。
そうして、マイザー伯爵の長女は恋人である母親の元で、弟は嫡男として正式に伯爵家に迎えられ育てられる事となったのである。
……しかし、それから2年後。奇跡的に夫人に子が生まれた。それがフィーネとは4歳離れた妹シルビアだったのだ。




