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白刃の王女と、戦場に舞い降りた天使

作者: 豆月冬河
掲載日:2026/01/12

ギリギリ間に合った…。

 「シルヴィア様! ここはもう…!」


 「ええ! 撤退しましょう!」


 多勢に無勢だった。

 満身創痍のその小隊は、人とも魔物ともつかない敵軍から距離を取り、小隊殿(しんがり)の魔道士が敵に放った爆炎を合図に、日の沈む森の中へと掻き消えていった。




 『白銀の王国』と呼ばれた小国・アルヴァティア。

 シルヴィア・ヴァイスクローネは、アルヴァティア国の王族最後の生き残りであった。


 『黒曜の帝国』とも呼ばれる敵国・ノクスヴァール。彼の国は昨今魔族と約定し、さらなる力を付けたとの噂もある。


 兼ねてよりアルヴァティア国の王へと書状を送っていたノクスヴァールの若き皇帝・ザフィールだが、アルヴァティア王はこれを拒否し続けていた。


 書状の内容は、



 『アルヴァティア国との交情を深めるための証しとして、秘宝・クロノアルヴァと王女シルヴィアを差し出して頂きたい。これを以て、貴国との恒久的な友好の証しとしよう』




 「―――ふざけおって! 国の宝と大切な娘…、そう簡単に渡せると思うか!」


 使者を送り返す度に、怒りを顕にしていた国王だったが、事は遂に戦にまで及んだ。

 戦場に於いて、国王であるシルヴィアの父も、兄も、命を散らしていった。


 『白銀』の名に相応しく美しかった城は炎に巻かれ、城を護っていたシルヴィアは幾人かの騎士達と、宰相であり稀代の魔道士でもあるドレイヴァン卿と共に、城を脱出した。




 アルヴァティアは武を尊ぶ国であった。


 シルヴィアも幼少の頃から剣を携え、騎士達と共に剣の腕を磨いてきた。

 美しい銀の髪を束ね、舞うように剣を振るう彼女は『白刃の王女』などという通り名が付けられた。

 シルヴィアの剣技…、素早く無駄のない、自分の特性を熟知した上で繰り出される彼女の技は、男性の騎士達にも引けを取らなかった。


 また、シルヴィアは剣技に己の魔力を乗せ、剣撃に氷の威力を付与する氷剣の使い手でもある。女性騎士の中でもシルヴィアは、王女でありながら他騎士の追随を許さないほどであった。




 ………だが。

 ノクスヴァール軍襲撃の際、城の護りを任されていたシルヴィアは、相手の数に任せた攻撃に逃げる他なかった。

 シルヴィアは国宝・クロノアルヴァを懐に抱え、断腸の思いで焼け落ちる城を後にした。


 ―――クロノアルヴァ。

 時を超える力を持つとも言われている、アルヴァティアの秘宝。


 だが、この秘宝は使い手を選ぶ。


 この数百年、クロノアルヴァと共鳴した王家の人間は、シルヴィアも含め一人もいなかった―――


   ◇   ◇   ◇


 (………逃げて、逃げ続けて。…どこまで逃げれば良いのかしら)


 天幕の中で、煤けて土埃にまみれた白銀の鎧を纏ったシルヴィアは項垂れる。

 小隊は既に百人にも満たない数まで減っていた。森の中で食料を調達するも、それも尽きかけている。このままでは一月もすれば、小隊は全滅するかも知れない。


 疲れ切った身体では、騎士達が用意してくれた些末な食事も喉を通らない。

 憔悴しきったシルヴィアの天幕に、ふいに誰かが寄ってきた。


 「姫様、少しよろしいですか?」


 しわがれた声はドレイヴァンだ。

 武を尊ぶアルヴァティアに於いては珍しい、魔術に特化した者である。国では宰相にして、魔剣士指南役でもあった。


 御伽話の中の魔法使いさながら、長いひげを蓄えた老齢の姿だが、彼の魔法がなければここまで逃げ(おお)せなかっただろう。シルヴィアを『姫様』と呼ぶのも彼くらいのものだ。


 「…ええ。構わないわ」


 ドレイヴァンが神妙な面持ちで天幕に入る。

 だが、ドレイヴァンの後ろから姿を現したもう一人…、その姿を見てシルヴィアは驚いた。

 それは小さな、幼い少年だった。


 「!? …子供!? このような場所に、一体…」


 ドレイヴァンによると、水を汲んでいた騎士にこの少年が、


 『か…、…シルヴィアさまに、あわせてください!』


 と声をかけてきたのだそうだ。

 年の頃は5、6才くらいだろうか。不思議なことに、シルヴィアと同じ銀の髪と(すみれ)色の瞳をしている。


 …しかし、それだけはない。

 その少年の身綺麗な姿や品の良さにも目を引かれたが、何よりも、


 「! ………な、何故、それを…!?」


 子供の胸に下がっている青い宝石…、それは紛れもなく、


 「…姫様、貴女様がお持ちのはずの、クロノアルヴァは…」


 ドレイヴァンに言われ、シルヴィアは慌てて胸元を探る。

 …ある。

 クロノアルヴァは確かに、シルヴィアが懐にしまい込んでいた。


 「ど、どういうこと!? クロノアルヴァが二つ…?」


 すると、天幕の外がにわかに騒がしくなった。


 「………せ! 離せって! ちゃんと降伏しただろう!?」


 そんな声がしたと思ったら、外から騎士の一人が、


 「シルヴィア様! 怪しい男を捕らえました! 身なりから、ノクスヴァールの者と思われます!」


 「「!」」


 シルヴィアとドレイヴァンは驚き、顔を見合わせながら、ひとまず少年をこの場に置いたまま、捕らえた男を天幕内にて糾問することにした。


   ◇   ◇   ◇


 「初めまして、王女シルヴィア。…だいぶお疲れのご様子ですね」


 後ろ手に縛られた男は、ルシアン、と名乗った。シルヴィアほどではないが、この男の姿もずいぶんとくたびれた様子だ。着のみ着のまま逃げ出したように見える。


 「ルシアン…、その鳶色の髪に、緋色の瞳、…まさか貴方、ルシアン・ノクスヴァール…!」


 鳶色の髪と緋色の瞳は、ノクスヴァール家の者の特徴である。そしてルシアン・ノクスヴァールは、ノクスヴァール帝王・ザフィールの王弟の名であった。


 シルヴィアは息を呑むが、ルシアンは飄々と笑い、


 「あぁ、バレてたか。…そう、僕はザフィールの弟です。…が、今あの国を統べる男は、もう僕の知っている兄じゃ…」


 そこまで言うと、ルシアンの顔から笑みが消えた。


 「………僕は、あの城から逃げてきたんだ。何しろノクスヴァールはもう…」


 言いあぐねるルシアンを見ながら、シルヴィアとドレイヴァンは顔を見合わせた。


 すると、不思議なことに、先程の少年がルシアンにすり寄っていく。

 少年はルシアンの頬を撫でた。ふいに、少年の持っていた宝石が淡く光る。


 …気付けばルシアンの顔や腕にあった細かな傷が、綺麗に塞がれていた。


 あ、あれ? と驚くルシアンに、少年はにっこりと微笑み抱きついた。

 ルシアンは「ありがとう」と言いながら、自分にしがみつく少年に微笑みかけた。


 その様子を見て、シルヴィアは少し警戒を解き、


 「…貴方は、間者としてここに来たのではないのですね。…一体、ノクスヴァールで何があったのです? そもそも、ザフィールは何故、執拗に我が国の宝を欲していたのですか? このような戦まで起こし、我が父も、兄までも………」


 シルヴィアの目に、ふいに涙が込み上げた。が、それをぐっと堪え、ルシアンを見据えると、ルシアンは、


 「………兄、ザフィールの身体は既に、魔族に乗っ取られていると思う。…兄だけではない。今、あの国の主要陣は全て、魔族と入れ替わっているとみた方が良いだろう」


 そう聞いて、シルヴィアは思わず声を上げた。


 「! ………そんな!」


 「それは誠なのか!? 確かにノクスヴァールと魔族が約定を結んだ、という噂は聞いておったが…」


 ドレイヴァンも同様に驚いていると、ルシアンは続けて、


 「兄が…、魔族達が狙っているのは、君の国の秘宝だけじゃない。…シルヴィア。奴は君と自分との間に、子供をもうけるつもりなんだ」


 え!? とシルヴィア達が驚くと、ルシアンは事の次第を話し始めた―――


   ◇   ◇   ◇


 「―――僕は兄の命を受けて、ノクスヴァール王家で管理していた『封印の祠』へ行って来たんだ。その時は特に何も思わなかったんだけど…」


 兄・ザフィールが王位に就いてすぐ、ルシアンはノクスヴァール国内の北方最果てにある『封印の祠』へと旅立った。

 その祠は『魔』を封じ込める役割があるとかで、王家の血縁の者が祠の『鍵』となるのだそうだ。


 「どのみち誰かが『鍵』になるんだけどね。今代は僕に役回りが来たってことなんだ。…と言っても、祠に契約印を結ぶだけで、あとは今までと変わらず普通に暮らして構わないんだけど」


 …しかし、数ヶ月に渡る旅を終え、契約印を結んで報告に上がった城は、異様な雰囲気だった。


 どこか血なまぐさい臭気が漂っている。

 そして城内のあちこちにいるはずの侍女達の姿が一切見えない。


 (…? おかしいな)


 ふいに城内で騎士と出会った。知らない顔だ。だが相手はこちらを見て、


 「…!? 人間!?」


 え、と驚いたルシアンは、


 「? 君は? …あ! 兄…、ザフィール皇帝は今、どちらにいるか知らないか?」


 すると騎士は、ああ、と気づいたようで、


 「…あ! あ、貴方様は王の弟君…、ルシアン様ですな。皇帝は今、玉座にお戻りになられましたよ。ハハ」


 どこかいやらしい下卑た笑いを浮かべ、騎士は去っていく。ルシアンは不思議に思ったが、ひとまず兄の元へと足を運んだ。




 「―――ご苦労だったな。ゆるりと休むがよい」


 ザフィールはルシアンにそれだけ言うと、すぐに下がるよう申し下した。


 …いつもの兄らしくない。

 だが、周りの重鎮達の圧もあり、ルシアンは自室へと戻った。


   ◇   ◇   ◇


 ―――その晩。

 ルシアンは、夜分であれば兄と二人で話が出来るかもしれないと、ザフィールの自室へ向かった。


 …が、ザフィールの部屋から話し声がする。

 廊下は人目につくかもしれない。

 ルシアンはそっと隣の部屋へ入り込んだ。


 「………あの男、王弟ルシアンか…。どうするべきだ? 殺すか?」


 聞き耳を立てながら、ぎくり、とするルシアンだったが、兄の声がして、


 「あの男は封印の『鍵』だ。何かあれば封印が…。このまま生かしておかねばならぬ。…この男(・・・)、万一を考え弟に保険をかけたか。食えぬ奴だ」


 仕方ない、とため息が漏れ聞こえた。他の者から、


 「そういえば、アルヴァティアの秘宝は? また拒絶されたか?」


 …アルヴァティア? 隣国に、何を?


 「ああ、まぁ国の宝だからな。あの王女共々、こちらには渡さぬとさ」


 重鎮の声に、兄の声が返答する。


 「…恐らく、あの娘が次の『主』を産むはずだ。そうすれば我等の悲願…、『時渡り』が可能になる。私があの娘との間に子をもうけ、その子供の力を手に入れれば、ようやく過去から人間共を廃し、我等魔族の世界を作ることが出来るのだ!」


 フハハハ…、と笑い合う兄達の声を、ルシアンは血の気の引いた顔で聞いていた。


 ―――明け方。

 ルシアンは静かに、ノクスヴァール城を抜け出したのだ。


   ◇   ◇   ◇


 「―――という訳なんだ。…信じてもらえるか、分からないけど」


 シルヴィアとドレイヴァンは、ふむ、と唸り、ドレイヴァンが口を開く。


 「信じるも何も、今の話で奴らが国宝を狙うことへの合点がいったわい。…じゃが、何故彼の国は、魔族との約定を結んでしまったのだ?」


 するとルシアンは、再び表情に陰を落とし、


 「………最初は、彼等が魔族だということに気づかなかったんだ、と思う。だけど兄は、急逝した父…、前皇帝から帝位承継したことで、少なからず動揺や重圧を感じていたから…」


 「ふむ…、心の隙を突かれた、というところかの」


 ドレイヴァンの言葉に項垂れるルシアンを見ながら、シルヴィアが声をかけた。


 「ザフィールは魔族に取り込まれる前に、貴方を祠の『鍵』となるよう命じたのね…。もしかして、祠の封印を解除すれば、魔族達に影響を及ぼすのかしら?」


 その言葉にルシアンは頷き、


 「ああ。だから僕は、もう一度『封印の祠』へ行こうと思う。…すまないが、君達も協力してくれないか?」


 「…一縷の望みね。他に手段を選んでいる余裕は無いわ」


 シルヴィアの言葉にドレイヴァンも頷き、


 「作戦を練らねばなりませんな。ルシアン殿が祠へ向かう間、隊を分けて敵を陽動させなければ…。であれば、姫様もルシアン殿と同行された方が良いかと」


 え? と驚くシルヴィアに、良いのか? とルシアンがドレイヴァンに尋ねると、


 「他の隊に敵を引きつけるのであれば、祠への道が一番安全となるはず。ルシアン殿は確か、支援魔法の使い手でもあると聞き及んでおる。手練れの騎士を2人ほど付ける故、頼めるか?」


 「…分かった。なら、旅の間に知り合った者達に書簡を送って、陽動のために偽の情報を流してもらおう。………ところで」


 ? とシルヴィア達が訝しむと、ルシアンは自分にずっとしがみついている少年を見て、少し困ったように、


 「…この子は一体…? それから、そろそろ縄を解いてもらってもいいかな?」


 シルヴィアは慌てて、入口の警備にいた騎士を呼び、ルシアンの縄を解いた。

 それから、ルシアンのそばで眠そうにしている少年に、


 「…貴方、名前は? どこから来たの?」


 問いかけると少年は、


 「………ボク、ユージーン」


 それだけ言うので、ドレイヴァンが、


 「そなた、もしやクロノアルヴァの継承者なのか?」


 ! と天幕の中の者達が驚く。ルシアンが、


 「ま、待ってくれ! ということは…、シルヴィア。この子は、未来の君が産んだ、君の子供…、ということか!?」


 ええ!? とシルヴィアが驚いているが、ドレイヴァンが、


 「…であろうな。銀の髪と菫色の瞳…。姫様の特徴を、よく受け継いでらっしゃる」


 …が、当の少年・ユージーンは、今度はシルヴィアの足下にすり寄りながら、


 「………ないしょなの。くわしいことは言っちゃダメって、クロちゃんが………」


 …そのまま寝てしまった。

 シルヴィアは困惑したまま、しゃがんでユージーンを抱きとめた。


   ◇   ◇   ◇


 ―――翌朝。


 書簡を持たせた鳥が数十羽、空へと羽ばたいていく。

 それを合図に、3手に分かれた小隊はそれぞれの方向へと向かうことになった。


 「姫様、ご武運を」


 「ええ。貴方もね、ドレイヴァン」


 ドレイヴァン率いる隊は、元の小隊の半分ほどの人員で移動する。一番ノクスヴァール城に近いルートを通る、危険な役回りである。


 騎馬隊として、様々な場所に姿を現し陽動を誘う隊には、シルヴィアが装備していた白銀の鎧を纏った騎士を筆頭に置き、影武者として移動する。


 …そして、旅人の風体を装った5人。

 シルヴィアとルシアン、2人の騎士と、ユージーンだ。

 ユージーンは背負い籠に乗り、旅人に扮した体格の良い騎士に背負われていた。




 それぞれが、移動を始めた。

 シルヴィア達は、北へと向かう。


   ◇   ◇   ◇


 書簡を受け取った者達が、噂を広め始めた。


 それは宿屋の女将であったり、冒険者や行商人、村人達など、ルシアンが旅の途中で仲良くなった者達であった。


 何処其処で『白刃の王女』の小隊が野営をしていたとか、アルヴァティアの騎馬隊が国境の街道を駆けていったとか、場所も編成もバラバラではあるが、時々ドレイヴァン達の手によって、街道の外れなどで起こる本当の小競り合いもあり、充分に情報を攪乱することが出来た。




 「―――すごいですね、貴方の人脈、というか…」


 荒れ地を進みながら、フードを被ったシルヴィアがルシアンに感嘆の意を述べた。

 ノクスヴァール領に入ってからはルシアンの案内もあり、逃走しながらの行軍よりも快適に旅をしている。

 宿の者や村長など、相手がルシアンだと分かると、快く匿ってくれた。


 ユージーンは元よりルシアンに懐いているようだったが、時折遭遇する魔物との戦いに於いて、彼の支援魔法によって絶大な効果を得られた2人の騎士も、今はすっかりルシアンに傾倒していた。


 シルヴィアに言われ、ルシアンもフードの中で笑いながら、


 「元々僕は、城を抜け出しては街の子供達と一緒にイタズラしてたような子供だったからね。大人になっても国のあちこちを旅しながら、領民の暮らしぶりを見ては父や兄に報告したりしてたんだ。その際、顔馴染みになった人も結構いるんだよ」


 少し照れたように言うルシアンを見て、シルヴィアは、それも彼の人柄だろう、と思っていた。

 シルヴィアも旅の間、ルシアンにずいぶんと助けられた。戦闘における補助魔法も当然ながら、宿のない場所での野営の際も、彼の気遣いに助けられた。


 このような状況でなければ、ルシアンのことを好ましく思い、シルヴィアも普通の女性のように恋心を抱いていたかも知れない。


 だが、今はともかく『封印の祠』へと急がねばならない。

 ルシアンのお陰で体力もずいぶんと回復した。

 シルヴィアが足を早めると、ふいにルシアンが、


 「…そういえばさ、ユージーンの父親って、誰なんだろうな」


 「!」


 シルヴィアも気にはなっていた。が、ユージーンは何を聞いても「ないしょ」としか言わない。

 不思議なことだが、ユージーンは時々クロノアルヴァと会話をしているようにも見える。

 その際、石が煌めいて見えることもあるが、


 「ユージーンはクロノアルヴァの継承者なんだろう? 彼にしか見えていないものもあるんじゃないか?」


 ルシアンがそう言うので、シルヴィアも、そうなのだろう、と思っていた。


 自分の子供…。

 そう言われたが、シルヴィアはユージーンを前に、未だ戸惑っていた。

 ユージーンも必要以上にシルヴィアに甘えてこない。が、眠くなった時だけ、何故かシルヴィアにしがみついてくる。

 自分の腕の中で眠るユージーンを、シルヴィアは不思議な感覚に包まれながら抱いていた。


 ―――黙ってしまったシルヴィアに、ルシアンは、ボソッ、と、


 「…僕が父親だったら良いのにな」


 え? と振り向いたシルヴィアに、ルシアンはあたふたしながら、


 「あ! いや…! …そうだったら良いなぁ、なんて、ちょっと思っただけだよ! …ごめん、気にしないで」


 真っ赤になるルシアンを見て、シルヴィアも少し照れたように、


 「………私も、そう思う」


 そう呟くと、え? と驚くルシアンに背を向け、早足に歩き出した。


 『封印の祠』までは、あと一日もあれば到着する。


   ◇   ◇   ◇


 「―――あの娘は、まだ見つからんのか!」


 ノクスヴァール城にて、怒号が響く。

 ルシアンの人脈を使った攪乱のお陰で情報が錯綜し、ノクスヴァール軍はかなりの広範囲に人員を割かねばならず、ずいぶんと無駄足を踏まされていた。


 「…それに、あの男。ルシアン…。奴は下手に殺す訳にもいかぬのに、一体何処へ…。…人間共め、面倒なものを遺してくれたものだ!」


 ザフィールが怒りを顕にしていた。重鎮達がおののく中、ザフィールはふと思いついたように、


 「………! …まさか、奴め、祠、か…!?」


 そして玉座を後にしようと、大股で歩き出すと、


 「! ザフィール様…、何処へ…?」


 重鎮の一人に聞かれ、ザフィールは振り返ることもなく、


 「…『封印の祠』へ行く。万が一、が無いとも言えんからな」


 そのままザフィールは城を出て馬に乗り、城下を後にした。


   ◇   ◇   ◇


 「よぉし! 撤退! 撤退じゃ!」


 草原で派手な爆炎をあげ、もうもうとした煙の中、予め決めておいた逃走ルートを手筈通りに走り抜ける小隊。ドレイヴァンが殿を務めていた。


 ルシアンが教えてくれたノクスヴァールの地形や特徴を活かし、敵と遭遇した際に適した戦略を、場所ごとで対応していく。

 お陰で犠牲は最小限で済んでいる。


 (やれやれ…、ルシアン殿に感謝だな)


 小隊の中では一番の大所帯でもあり、野営が中心になるが、それでも食料となる獲物についてルシアンから情報を得ていたため、以前ほどの手詰まり感はない。


 ドレイヴァン率いる小隊はヒット&アウェイを繰り返しながら、少しずつシルヴィアとの合流地点である『封印の祠』を目指す。




 騎馬隊の方も、ドレイヴァン隊と同様に敵を攪乱していた。

 シルヴィアよりも年齢は上だが、同じ氷剣の使い手であるミネオラという女性騎士が、しっかりと影武者役をこなしていた。


 足の速い騎馬隊は、こちらもドレイヴァンの一番弟子である、ラザルという魔法剣士が殿を務めている。

 この2人、実はシルヴィア達よりも馬の扱いに長けている。この騎馬隊は、本来の戦いよりも馬上の動きに優れた者が配備された。

 戦いはカモフラージュ…、より逃げに徹し、姿を現しては消える攪乱部隊。


 彼らは祠へは向かわず、ひたすら敵の攪乱に徹する。

 合流の際は、ルシアンの書簡を受け取った伝令の者が伝えてくれる手筈となっているのだ。


   ◇   ◇   ◇


 「―――着いた。ここがそうだよ」


 シルヴィア一行が『封印の祠』に到着した。

 荒れ地の中に少し、こんもりと盛り上がった箇所があり、そこが浅い洞窟となっている。


 ここが『封印の祠』…。

 シルヴィアがそう思っていると、ルシアンは一人、洞窟へと向かう。シルヴィアは少し驚き、


 「!? ま、待って! …貴方だけ、中に入るの?」


 するとルシアンは振り返り、少し寂しそうに笑って、


 「………うん。こんな時だけど、君との旅はとても楽しかった。…ありがとう」


 そして再び、洞窟へと向かっていく。

 …しかし、それを見てユージーンが、騎士の背中でもがき出した。


 え!? と驚く騎士がユージーンを荒れ地に下ろすと、ユージーンは、タタタ…、と走り出し、シルヴィアの手を掴む。


 「!? え!?」


 驚くシルヴィアの手を引きながら、ユージーンはルシアンの後を追いかけた。ルシアンも驚き、


 「!? ユージーン! ダメだよ、ここに入ったら!」


 ユージーンとシルヴィアが洞窟に入ってくるのを拒むと、ユージーンが力いっぱい叫んだ。


 「―――ダメ!!!」


 「「………え?」」


 シルヴィアとルシアンが同時に驚く。ユージーンは、


 「ルシアンさまと、シルヴィアさま! ふたりとも、ここにいないとダメなの! いっしょなの!」


 必死の様子に、シルヴィアとルシアンは顔を見合わせる。ルシアンは仕方なく、


 「………分かったよ。ただ、僕の邪魔はしないと、約束してくれるかい?」


 ユージーンは、コクン、と頷き、シルヴィアの手を引きながら、3人で洞窟へと入っていった。


   ◇   ◇   ◇


 (………クソッ、嫌な予感がする)


 ザフィールの身体を乗っ取った魔族…、魔将ヴァルグリムは馬を走らせながら、じりじりと焦りを感じていた。


 封印が発動すれば、魔族は全て魔界への回帰を余儀なくされる。故に、祠を司っていたノクスヴァール家を籠絡せしめたというのに…。


 魔界へ帰されれば次はない。

 ヴァルグリムは既に2頭の馬を潰し、新たに強奪した馬で祠へと向かう。


   ◇   ◇   ◇


 「―――さて、と」


 祠の中で、ルシアンが印に手をかざす。

 印が光り反応を示すと、ルシアンの手の甲にも印が浮かび上がる。


 「…それで、封印が解けたのですが?」


 シルヴィアの問いに、ルシアンは寂しそうに微笑み、


 「いや…、このまま、僕の魔力が尽きるまで、封印に魔力を注ぎ続ける。魔力が尽きれば、僕は………」


 そう言うとルシアンは首を振り、


 「さあ、シルヴィア。ユージーンも。…君達は外に出て、封印が解除されるのを待っていてくれ。もし敵が来たら、祠に近づかないようにして欲しい」


 ルシアンはシルヴィア達を、祠から追い出そうとしている。シルヴィアは、はっ、と気づき、


 「…まさか、ルシアン…! 魔力が尽きる、ということは、貴方の命も………!?」


 真っ青になるシルヴィアに、ルシアンは仕方なさそうに笑い、


 「分かっちゃったか。…うん、本当は僕が死ねば、一瞬で封印は解除されるんだけどね。さすがに自害するのも気が引けるから…。…ごめんね、言えなくて」


 そんなルシアンの手を、シルヴィアは思わず握りながら、


 「だ…、ダメです! 貴方の命と引き換えになど…! やめて下さい!」


 シルヴィアはルシアンの手を印から引き剥がそうとしたが、ルシアンの手はびくとも動かない。


 「な、何で! 何で外れないの!? 嫌…、嫌だ! お願い、ルシアン…! 貴方に…、私は貴方に、死んで欲しくなどない!」


 ルシアンは困ったような顔をしながらシルヴィアを見る。その頬に涙が伝っている。

 ルシアンはもう片方の手でシルヴィアを抱き寄せ、


 「………ありがとう。その気持ちだけで充分だよ」


 その瞬間、シルヴィアは自分がルシアンに、どうしようもなく惹かれているのが分かった。


 …彼の最期を、共に見届けよう。

 シルヴィアがそう覚悟を決めた時―――




 ガシッ!




 ユージーンが、2人の重なった手に、自分の手を乗せる。


 「!? ユージーン! 何を…」


 「………まりょく!」


 ユージーンは、シルヴィアに声をかける。

 魔力…? シルヴィアが啞然としていると、ユージーンは、


 「かあさまのまりょくも、ぜーんぶ、あげちゃうの! まほう、きえちゃうけど…、しななくなるんだよ!」


 そう言われ、シルヴィアは、はっ、と気づく。

 そして自分の魔力を、ルシアンの手を通して印に流し込むイメージを思い浮かべた。

 するとルシアンが慌てて、


 「ま、待て! 今の話だと、そんなことをすれば…、君の中の魔力が尽きてしまうってことだろう!? 今後一切、魔法が使えなく…」


 「構いません!」


 シルヴィアが叫ぶ。そして、ルシアンを真っ直ぐ見据えながら、


 「…貴方が生きていてくれるのなら、私の魔力…、魔法が使えなくなろうと構わない! …私は、貴方に生きていて欲しいのです!」


 ルシアンの手を握るシルヴィアの手に、更に力がこもる。2人の魔力を吸い取りながら、印は更に輝きを増していった。


 その瞬間、ノクスヴァールの大地が輝き出した。


   ◇   ◇   ◇


 ヴァルグリムは馬を走らせながら、大地が光り出すのを感じた。


 「! クソッ! 間に合わなかったか!」


 仕方ない、とヴァルグリムは馬を降りる。

 そして自らの身体を変貌させた。


 ザフィールであった身体が膨れ上がり、赤黒く変化する。背には黒い翼が生え、口は大きく裂かれ牙を見せた。禍々しい悪魔の姿だ。


 (こうなったら、せめてあの娘に一矢報い、次代の『時渡り』継承者の出現を止めてくれる―――!)


 そして真っ直ぐ祠に向かい、ものすごい速さで飛んでいった。




 ―――同時刻。

 ノクスヴァール城にいた魔族達は、大地の輝きに呑み込まれていく。

 同族達の消滅を感じ、ヴァルグリムはさらに憤る。


 (―――! …おのれ! 人間共!)


   ◇   ◇   ◇

 

 「………生きてた」


 印が発する光が消え、大地の輝きも収まりかけた頃、ルシアンとシルヴィアは、それぞれ自分の中の魔力がすっかり消えているのを感じていた。


 …だが、生きている。

 2人は互いを見つめ合いながら、笑い合う。


 …が、それも束の間。


 「シルヴィア様! 何かが、こちらに向かって―――!」


 「キャアッ!」


 騎士の一人、女性騎士のレムが叫ぶが、相手の腕の一振りに弾き飛ばされた。

 もう一人の大柄の騎士・シドが大剣を構えるが、剛毛にまみれた相手の拳の風圧に気圧される。


 ((ウォオオォォ! …娘! 貴様だけは―――!))


 頭に直接響く声を受け、眉をひそめるシルヴィアだったが、ス… と剣を構えた。


 「シルヴィア!」


 ルシアンが祠の中から叫ぶが、シルヴィアは、


 「…大丈夫!」


 そう言うと、低い姿勢から魔将・ヴァルグリムに向かい、一閃を振るう。

 シルヴィアの剣は、ヴァルグリムの胴をしっかりと捉え、真っ二つに割っていた。


 ((カ゚―――!?))


 既にヴァルグリムの身体は、消えゆく大地の輝きと共に崩壊寸前だったが、シルヴィアの一撃はヴァルグリムへの(とど)めとなった。


 ((………わ、我等の、悲願、は………))


 魔界へと回帰されるヴァルグリムの意識に、誰かが語りかけてきた。


 ((…残念だけどさぁ、『時渡り』はアンタらが思ってるほど昔には遡れないんだぜ))


 ((! き、…貴様、は………))


 ヴァルグリムの目の前には、キラキラとした光が揺らめいている。その光は更に、


 ((悪いけど、オレは久々に生まれた新たな『主』と楽しく過ごさせてもらうんだ♪ アンタらは魔界へ帰っとけよな! ヘヘッ!))


 光はヴァルグリムをからかうように、くるくると回っていた。


 ((貴様………、クロ、ノ…、アル、ヴァ………))


 ヴァルグリムは、そのまま消滅した。


   ◇   ◇   ◇


 「…お、終わった…、のか?」


 ルシアンが呆然としていると、シルヴィアは剣を鞘にしまい、ルシアンの元へ駆け寄る。


 しかし、ルシアンの後ろにいたユージーンの姿を見て驚いた。

 少し身体が浮き上がり、光っている。


 「ユージーン………!」


 思わずシルヴィアは、ルシアンをすり抜けユージーンの元へ走り寄った。が、ユージーンの身体はシルヴィアの手の届かぬ高さまで浮き上がっていった。


 「ユージーン!」


 ルシアンも駆け寄ったが、ユージーンは2人を見下ろしながら、にっこりと笑い、


 「エヘヘ、じゃあまたね! かあさま! …とうさま!」


 そう言うと、ユージーンは光に包まれ、消えていった。


   ◇   ◇   ◇


 「―――そろそろ戻ってくるかな?」


 旧ノクスヴァール城の中庭で、ソワソワとしているルシアン。

 その横では優雅にお茶を飲む、ドレス姿のシルヴィアが座っている。




 ―――ここはアルヴァノクス国。

 アルヴァティアとノクスヴァールは統合され、ノクスヴァール城はアルヴァノクス城となった。


 魔力は失ったが、統合された二国の領民達は、ルシアンとシルヴィアを支持した。

 ドレイヴァン達の後押しもあり、皆の力を大いに借りながら、2人は統合された国の再建に乗り出した。


 現在は、アルヴァノクス国の王と王妃だ。

 シルヴィアはティーカップをテーブルに置きながら、


 「…ええ、そろそろよ」


 そう答えると、ふいに頭上が光りだした。

 お、と顔を輝かせるルシアン。

 シルヴィアも柔らかな笑顔を浮かべながら、光の元へ移動する。




 光の中から小さな子供…、あの時のユージーンが姿を現す。

 ユージーンはそのまま満面の笑みで、母・シルヴィアの懐に飛び込んだ。


 「ただいま! かあさま!」


 「おかえりなさい、私の天使…」


 シルヴィアは、ユージーンをしっかりと抱きしめた。

戦記って難しいですね。

後でちょこちょこ編集するかも知れません。

…うそ。めんどいからしないかも(笑)


〜追記〜

ユージーン視点のお話を追加しました。


『ボクとクロちゃんの時間旅行』

https://ncode.syosetu.com/n4111lr/


童話です。冬童話。コッチもギリギリ投稿。

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― 新着の感想 ―
さすが豆月さん……! 短篇とは思えない程の濃密なドラマ、ぐいぐい引き込まれました(`・ω・´) どのキャラクターも生き生きしていて、そして個人的には皆名前がかっこよくていいなぁと思いました✨ シルヴィ…
 疑いが簡単に晴れぬのを承知で捨て身の封印に望むルシアンさんに、氷のように透き通る清らかさや利他を混戦でも失わず、悲しい自己犠牲をユージーンと共に食い止めつつ、見応えある協力シーンを披露したシルヴィア…
豆月冬河様の戦記作品、読ませていただきました。 微笑ましくて安心感のあるラストシーンが印象深かったです、ぜひともこれから幸せに生きて行ってほしいと感じました。
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