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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多


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第9話 旗の内側は、戦場より怖い


 旗は、思ったより頼りない。


 白い布が風に揺れているだけなのに、あれが倒れた瞬間に殺し合いが始まる。国境というのは、いつも紙一枚の上に立っている。


 俺は旗を見ながら、反射で祈祷再生器の音量を確認した。小さく、耳の奥で鳴っている。


 これがないと、頭の中がうるさくなる。


 止めたくても止められない生活にも、だいぶ慣れそうで嫌だ。


 軍務卿グランが、蔦で作った境界線を指した。


「ここから向こうは人間側。ここからこちらは魔界側。旗の内側だけが“今日の世界”だ」


「分かりました。越えたら終了、でしたね」


 グランが穏やかに笑う。


「そうだ。越えたら終わる。終わり方は、できるだけ静かにする」


 静かに終わる戦争があるなら見てみたいが、意味は分かる。暴発を避ける、ということだ。


 向こう側から人間の隊列が進んできた。


 最前列は神殿の外套を着たフェリクス。昨日と同じ顔だが、目の下が少しだけ濃い。寝てない目だ。


 その横に、細い青年が並ぶ。耳が少し長い。エルフだろう。


「監督役の補助として同席します。古神殿付、祭儀官見習い。エルフのルーカスです」


 ルーカスが淡々と名乗った。言葉遣いは丁寧だが、温度が低い。長命種っぽい落ち着きがある。


 フェリクスが続ける。


「回収班は二つ。負傷者班と遺体班。神殿騎士が護衛します。こちらも越境はしません」


 俺は頷いた。


「こちらも同じです。越境はしない。回収以外はしない。旗の内側だけ」


 言いながら、念のため周囲を見た。


 不死兵が前に出ている。植物兵が担架を作り、虫兵が上空を旋回している。人間側が嫌がる配置だと分かっているが、これが一番減らない。減らない兵で回収するのは合理だ。


 フェリクスの背後で、神殿騎士が槍を握り直した。


 怖いんだろう。分かる。


 でも、槍を強く握るほど事故は起きる。事故が起きたら、勇者が来る。勇者が来たら、余計に死ぬ。


 俺は机の上に昨日の合意書を置き、指で軽く叩いた。


「確認です。回収中に旗を越えた場合、相手の監督役が宣言した時点で、即時終了。撤退。追撃なし」


 フェリクスが頷く。


「同意します」


 ルーカスが小さく言った。


「……形式が整っているのは助かります」


 エルフが言うと妙に説得力がある。形式を信じて生きてる種族の声だ。


 回収が始まった。


 人間側が担架で負傷者を運ぶ。呻き声が聞こえる。血の匂いが、風に乗ってくる。


 不死兵がこちら側から担架を受け取り、無言で運び出す。足取りが一定。息もしない。汗もかかない。


 人間側の兵が、それを見て顔を青くした。


「……動く死体だ」


 ルーカスがその兵に視線を投げる。


「声に出すな。余計な刺激だ」


 低い声で言うだけで、兵は黙った。長命種の叱り方は短い。


 フェリクスが俺に小声で言った。


「……正直、怖いです」


「俺も怖いです」


 嘘じゃない。こっちはこっちで怖い。怖いから、条文で縛ってる。


 フェリクスが少しだけ笑った。笑える余裕があるのは、たぶん良い兆候だ。


 順調に進んで――進みすぎたせいで、問題は急に来た。


「そこだ! 魔王の眷属がいる!」


 聞き覚えのある声。


 国境の向こうから、光が差した。


 勇者レオンが、また前に出ていた。しかも、よりにもよって、負傷者の担架が往復している最中だ。


 鉄砲玉なのに決闘を申し込むだけでも十分面白いのに、今日は“遺体回収中の決闘”という新しい地獄を持ってきた。


 レオンは光剣を掲げ、叫んだ。


「回収など卑怯だ! 死者を盾にするな! 正々堂々戦え!」


 違う。誰も盾にしてない。むしろ誰も死なせたくないから回収してる。


 だが、彼の物語では“停止”が悪で、“前進”が正義なんだろう。


 フェリクスが顔を青くして叫ぶ。


「レオン! 戻れ! 今日は回収だ!」


「黙れ神官! 女神の導きは戦えと言っている!」


 レオンは一歩踏み出し――蔦の線を越えかけた。


 越えたら終わる。


 俺の背中が冷えた。


 グランが手を上げかける。止める手。だが止め方を間違えると、攻撃になる。


 俺は前に出た。越境はしない。線のこちら側から声を投げる。


「レオン!」


 名前を呼ぶだけで、彼の顔がこちらを向いた。


 昨日の手応えがある。名乗りに反応する。なら使う。


「今日は回収だ。決闘のための準備じゃない。お前が勝ちたいなら、負傷者が死ぬのは損だろ」


 レオンの眉が動いた。


 “損”という単語が、彼の物語に噛み合わないのが見えた。けれど、完全に弾かれてはいない。痛みが走る前の揺れだ。


 俺は続けた。否定しない。折らない。


「今ここで暴れたら、神殿の護衛が死ぬ。お前の仲間も巻き込まれる。そうなったら、次の決闘に来られない」


 レオンの口が開きかけて、こめかみがぴくりと動く。


 痛みが来る前に、形を変える。


「だから今日は“決闘の準備日”にしろ。お前はここで、魔族の動きを見て覚えろ。戻って報告して、次の戦いに備えろ」


 “報告”。


 それは、昨日も通りやすかった匂いの単語だ。


 レオンの呼吸が荒くなり、数秒だけ睨んだまま固まる。


 そして、吐き捨てるように言った。


「……次は、逃げるな!」


 逃げるな、じゃない。帰れ。


 でも、そこは言い換えずに受け取る。


「逃げない。約束はしないが、話は聞く」


 レオンが顔を歪める。


 “約束しない”は物語に刺さる。しまったと思った瞬間、フェリクスが横から叫んだ。


「レオン! 戻れ! 神殿の命令だ!」


 神殿の命令、という形なら通るらしい。


 レオンは歯を食いしばって下がった。仲間が慌てて引き戻す。光剣の光が遠ざかる。


 俺は息を吐いた。


 その横で、ルーカスが小さく呟く。


「……あの勇者、言葉が詰まる。儀式の干渉か」


 さすが古神殿付、察しが早い。


 俺は答えず、ただ頷いた。ここで詳細を言うと、別の火種になる。


 回収が再開した。


 それ以降は、誰も境界を越えなかった。旗の内側の“今日の世界”は、なんとか保った。


 日没前。


 最後の担架が運び終わり、フェリクスが机の前に立った。


「完了です。……ありがとうございました」


「こちらも礼を言う。減らない方がいい」


 グランが穏やかに返す。


 俺はフェリクスにだけ、小声で言った。


「次は、捕虜交換の話をしましょう。今日みたいに、“旗の内側”を増やせれば、死者は減ります」


 フェリクスは一瞬だけ迷い、頷いた。


「……窓口は残します。ただ、王宮は必ず邪魔をします」


 予告として十分だ。


 帰り際、ルーカスが俺を見た。エルフの視線は冷たいのに、どこか探ってくる。


「ミキト殿。あなたの言葉は……不思議だ。あの勇者が、引いた」


「運が良かっただけです」


 俺がそう言うと、ルーカスは小さく首を振った。


「運ではない。型を読んでいる」


 言い捨てて去っていった。


 旗が降ろされる。


 今日の世界が終わる。


 その瞬間、頭の奥が小さくざわついた。


 女神様は――


 俺は反射で、ほとんど息だけで呟いた。


「……女神様すばらしい」


 収まる。


 最悪だ。ありがたくもないのに、助かってしまう。


 グランが横目で笑った。


「お主、だいぶ板についてきたな」


「板につきたくないです」



 笑えないのに、少しだけ笑ってしまった。


 鉄砲玉が決闘を叫ぶ世界でも、旗の内側は作れる。


 ただし――次は王宮が、旗を倒しに来る。そんな予感だけが、妙に現実味を帯びていた。


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