表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/11

第7話 議事録で戦争を削る


 帰りの馬車――植物が引く骨組みだけのそれは、行きより静かだった。


 国境の光剣が遠ざかったせいか、耳の奥の賛歌も大人しい。祈祷再生器の小音量が効いているのは分かる。分かるが、慣れたくない。


 軍務卿グランは向かいの席で、茶を啜っていた。


 この人、戦場帰りでも茶を飲む。怖い。


「で」


 グランが、湯気の向こうからこちらを見る。


「見たか」


「見ました」


 俺は少しだけ姿勢を正した。上司への報告の姿勢が、勝手に出る。


「話が通じない、じゃなくて……話すと痛い、って感じでした。質問の仕方で反応が変わります」


「ほう」


 グランの眉がほんのわずかに上がる。興味を示した時の合図らしい。


「どんなふうに変わる」


「正面から否定すると詰まります。俺が『違う』って言った瞬間、言葉が出なくなった。こめかみを押さえて、汗をかいてました」


 思い出すだけで胸が冷える。あれは根性じゃなかった。無理やり黙らされるやつだ。


「だが、『帰りたいか』って聞いた時は、叫べた。言い方を変えると負荷が変わります。……たぶん、彼の中に“物語の型”があって、そこから外れると痛い」


 グランは茶を置いた。


「物語の型」


「ええ。名乗って、決闘をして、魔王を倒して凱旋する。あれが“正しい筋書き”みたいで」


 言ってから、ふっと笑いが漏れそうになった。


 鉄砲玉がわざわざ名乗って決闘。滑稽だ。けど、その滑稽さが本人の選択じゃないと思うと笑えない。


 グランが、あえて軽く言った。


「名乗るのは大事、ということか」


「そういうことに……なりますね」


 俺が頷くと、グランは穏やかに笑った。


「なら、お主の仕事は“筋書きを折らずに退かせる”ことだな」


 言葉の刃が鋭い。嫌なほど的確だ。


 城へ戻ると、グランは俺に小さく手を振った。


「今日はよく見た。次は言葉にしろ。魔宰会議で話せる形にして持ってこい」


「報告書ですね」


「そう。お主の剣だ」


 剣が報告書。嫌いじゃない。仕事だ。


 自室に戻ると、机の上に筆記具と紙のようなものが増えていた。ゾルドが手配してくれたらしい。棚の横に小さな鍵箱もある。


「仕事、早いな……」


 感心しながら椅子に座り、紙に向かったところで、壁際の装置が淡々と呟く。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 邪魔だ。でも止められない。腹立つ。


 俺は紙の頭に、癖で件名を書いた。


 件名:国境事案(自称勇者レオン)接触報告


 ……会社だ。完全に会社のテンションだ。異世界でやることじゃないのに、やることは同じだった。


 書いているうちに、頭の中が整理されていく。


 ・相手は「暗殺」ではなく「決闘」を選ぶ

 ・否定すると発語困難・頭痛

 ・問いの形で負荷が変わる

 ・“帰りたい”は通る

 ・撤退は「逃げ」ではなく「準備」や「報告」にすると通りそう


 箇条書きにしながら、ふと手が止まる。


 これ、俺の感想じゃなくて、次に現場で使える手順に落とさないと意味がない。


 俺は紙を一枚追加して、別の件名を書いた。


 件名:勇者応対(初期案)


 その瞬間、頭の奥がむずっとした。


 女神様は偉大だ。女神様は素晴らしい。崇めよ。


「……女神様すばらしい」


 小声で棒読みして、祈祷再生器を指で弾く。ノイズが引く。


 ついでに、もう一つ。


「ヴァルはきっとロリコン」


 すっと静かになる。


 この世界の神は雑で、俺の悪口は業務。


 俺は深く息を吐いて、書き続けた。


 夜になり、呼び出しが来た。魔宰会議――というより短い打ち合わせらしい。俺は紙束を抱えて会議室へ向かった。


 扉を開けると、五人とヴァルが揃っていた。全員が揃うと空気が硬い。装置の単調な声だけが、妙に日常的に聞こえる。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 ヴァルが顎で俺を示した。


「報告を」


 俺は一歩前に出て、紙束を置いた。


「国境で、自称勇者レオンと接触しました。結論から言うと、彼は“話を聞かない”というより、“話せない形”がある」


 軍務卿グランが頷く。視線で続きを促す。


 俺は、必要なところだけ抜く。


「否定すると詰まります。こちらが『違う』と言っただけで、発語が途切れ、痛みが出た。逆に、『帰りたいか』のような問いは通る。質問の形式で負荷が変わります」


 諜報卿セラが、楽しそうに手を叩きそうな顔で言った。


「へえ……“言葉の地雷”があるってこと? いいね。作れる」


 いいね、のテンションが怖い。


 財務卿リリアが紙束を指先で弾いた。


「負荷が変わるのは分かった。でも、こっちのコストは? 現場対応が増えるなら人も物も要る」


「増えます。ただ、殺すより安いです」


 言い切ると、リリアがわずかに口元を上げた。肯定とも否定とも取れるやつ。


 研究医療卿ユーリが淡々と言った。


「痛みが出るなら、強制の干渉。脳か魂か、どっちでも厄介。次に接触したら、測定する。非侵襲で」


「非侵襲でお願いします」


 即答した。侵襲は揉める。絶対揉める。


 法務卿アシュが、こちらを見た。


「応対手順は作れるか」


 俺は紙束の一枚を前に出した。


「初期案です。まだ粗いですが、方向性はあります」


 アシュが紙を取る。読むのが速い。読む速さが怖い。


 俺は続けた。


「相手の物語を正面から折らない。否定しない。撤退を“逃げ”ではなく“準備”や“報告”に置き換える。名乗りに返す。目的は、斬り合いを発生させずに帰らせることです」


 グランが、ぽつりと言った。


「なるほどな。殴り合いの前に、言葉の段取りを整えるのか」


 ヴァルが、静かに頷いた。


「そういう者を呼んだ」


 その視線が、少しだけ柔らかい。土下座の時と同じ目だ。頼る目。


 俺は気持ちを切り替える。ここで照れたら負ける。


「一つ、提案があります」


 リリアが眉を上げる。


「提案は、金額も添えて」


「はい」


 俺は息を吸う。


「次の一手は“交渉”じゃなくて“取引”です。小さく、確実に、揉めにくいもの。例えば、負傷者の回収路や、捕虜交換。戦争を止める前に、事故を減らす」


 セラがにやりと笑った。


「人間側、そういうの好きだよ。正義の顔ができるから」


 リリアが即座に返す。


「好きでも嫌いでも、数字が合えばやる。負傷者回収は長期的に得」


 ユーリが淡々と言う。


「医療回廊ができるなら、助かる。死なせないのが一番」


 アシュが紙束を置いた。


「条約ではない。まずは合意書だ。小さな枠で縛る。お前の仕事だな、ミキト」


 俺は頷いた。


「やります。……ただ、相手は王だけじゃない。神殿が絡みますよね」


 ヴァルが低く言った。


「絡む。必ずな」


 その時、扉の外が騒がしくなった。足音が走る。


 ゾルドが飛び込んできた。


「失礼します! 諜報卿に急報です。人間国側、国境に“使者”を立てたと!」


 セラが目を輝かせる。


「来た来た。早いね」


 グランが静かに笑った。


「鉄砲玉が引き金なら、使者は弾倉だ。戦争は忙しいな」


 俺は立ち上がった。


 小さな取引。小さな勝ち。


 たぶん、ここが最初の踏みどころだ。


 祈祷再生器の音量をほんの少し上げて、頭の奥を静かにする。


「……行きましょう。まずは話を聞きます」


 ヴァルが頷いた。


「頼む」


 鉄砲玉が名乗る世界で、次は使者が名乗る。


 ようやく、こちらの得意分野だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ