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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多


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第6話 鉄砲玉が名乗るな


 軍務卿グランの執務室は、戦場の匂いがした。


 血の匂いじゃない。地図と記録と、乾いた判断の匂いだ。壁一面に貼られた地図に、赤い印と黒い線が無数に走っている。


 グランは椅子に座ったまま、茶を淹れていた。湯気が立つのが不思議なくらい、指先の動きが丁寧だ。


「座れ。飲めるか?」


「……飲みます」


 茶を受け取ると、意外に普通の香りがした。苦いけど、ちゃんと茶だ。


 俺が一口飲んだところで、グランが言った。


「国境に出た。若いのだ。光る剣を持っておる」


「勇者、ですか」


「そう呼ぶ。こちらでは別名もあるがな」


 グランが笑う。


「鉄砲玉、だ」


「鉄砲玉……」


「戻れぬように縛られ、前に押し出される。本人は英雄のつもりでも、扱いは弾だ。……可哀想ではある」


 可哀想、の言い方が軽くない。軍務卿の軽口は、軽くない。


 グランは茶を置いた。


「が、問題は別にある」


「話が通じない、でしたっけ」


「通じぬ。話を聞かぬ、というより――聞けぬ」


 俺は息を吸った。


 ヴァルの言っていた“選択肢がない”というやつ。なら、現場で一度見ておくべきだ。


「俺に何を」


「見てこい」


 グランがあっさり言った。


「戦わんでいい。死ぬな。だが見て、覚えて、持ち帰れ。お主の仕事は戦場を減らすことだろう」


 俺は頷いた。


「分かりました」


 グランが立ち上がる。さっきまでの好々爺の顔が、すっと消えた。


「出るぞ」


 執務室を出ると、廊下の先に兵が揃っていた。


「我が軍は数が減らない」


 骨の鎧を着た兵。鎧の下がどうなっているか、見ない方がいい気がする。背丈の低い、植物みたいな兵もいる。鎧の隙間から蔦が伸びている。虫が肩に止まっている者もいた。不定形――ゼリーみたいな塊が、床を滑っているのもいた。


 数が減らない、という言葉の意味が分かる。


 怖いし、合理的だ。


 俺が息を飲んでいると、グランが軽く咳払いした。


「驚くな。生きた兵は後ろだ。前に出せば減る」


 そう言うと、グランは俺にだけ聞こえる声で付け足した。


「減らしたくない。わしは、減らすのが嫌いだ」


 嫌い、という言葉が重い。


 移動は早かった。


 馬でもない、車でもない。骨組みだけの馬車のようなものが動く。引いているのは、四本脚の植物だった。息をしない。汗もかかない。なのに走る。


 俺は揺れに耐えながら、耳の祈祷再生器を軽く触った。


 小音量の賛歌が、相変わらず耳の奥で鳴っている。


 これがないと会議どころか移動も怪しいの、なんなんだ。


 国境に着いた。


 空がやけに明るい。地面は黒い石。遠くに人間側の陣が見える。旗が立っている。


 そして――いた。


 ひとりで、前に出ている。


 若い。十代後半から二十代前半くらいに見える。鎧は真新しく、剣は確かに光っている。剣というより、刃の形をした光だ。持ち主の手が熱そうなのに、本人は平然としている。


 その背後には三人。仲間だろう。少し離れて控えている。


 若い剣士が、こちらを見て大声を上げた。


「我は勇者レオン! 魔王の眷属よ、名乗れ!」


 俺は、思わずグランを見た。


 グランは真顔で頷いた。


「名乗るらしい」


「……暗殺者じゃないんですか、これ」


 俺が小声で言うと、グランが肩を揺らして笑った。


「鉄砲玉が名乗る。面白いだろう」


 面白いのは面白い。笑うと死ぬ気もする。


 レオンが一歩踏み出した。


「正々堂々、決闘だ! 我が剣で悪を断ち、女神の御許へ凱旋する!」


 俺は心の中で突っ込んだ。


 暗殺者の言うことじゃない。


 ……いや、そもそも“暗殺者”という呼び方がこっちの都合か。相手は相手で、自分の物語を生きている。問題は、その物語が強制仕様っぽいことだ。


 グランが前へ出る。笑顔が戻る。怖い笑顔だ。


「軍務卿グラン=モルティス。冥骸族。……勇者殿、わしが相手をしよう」


 名乗った。種族まで丁寧に。


 レオンは光剣を構え、目を輝かせた。


「四天王か!」


「違う。五卿だ」


「細かい!」


 細かいのはお前だ、と言いかけて飲み込む。


 レオンは胸を張った。


「魔王はどこだ! 出て来い! 逃げるな!」


 グランは軽く首を傾げた。


「魔王は忙しい。お主の相手をするほど暇ではない」


 煽りじゃない。事実として言ってるのが余計に効く。


 レオンの顔が一瞬だけ歪んだ。


 そして、彼はこめかみを押さえた。たった一拍。すぐに剣を構え直す。


 今の、何だ?


 俺が目を細めたのを、グランが横目で見て、口の端だけで言った。


「今のを見たか」


「はい」


「無理をしておる。押されておる。……たぶん、選べぬ」


 俺は一歩前に出た。


 戦うつもりはない。でも、ここで一言でも拾えれば大きい。


「レオンさん、でしたっけ」


 レオンがこちらを見た。目はまっすぐで、怖いくらい純粋だ。


「何者だ、お前」


「ミキト。魔王の――」


 言い方に迷った。


 眷属と言えば話が早いが、嘘になる。特命官は説明が長い。迷っている間に、レオンが勝手に結論を出す。


「魔王の眷属だな!」


「違う」


 つい即答した。


 レオンの眉が動いた。次の瞬間、彼の目が一瞬だけ焦点を失った。


 そして、顔が苦しそうに歪む。


「……違、う……? だが……魔王の側にいる者は……」


 言葉が続かない。喉に引っかかるみたいに途切れる。


 俺は確信した。


 こいつ、喋れないわけじゃない。喋ると何かが刺さる。


 俺は距離を詰めすぎないように、声を落として言った。


「本当に、魔王を倒さないと帰れないって、誰に言われました?」


 レオンの指が震えた。


「女神が……」


 言いかけたところで、レオンが歯を食いしばる。額に汗。目が赤い。


 痛いんだ、これ。


 俺は手を上げた。


「分かった。無理しなくていい。――じゃあ、こう言い換える。帰りたいんだよな」


「……当たり前だ!」


 叫んだ瞬間、レオンの顔が少し楽になる。質問の仕方で負荷が違う。


 なるほど。


 グランが、俺の横で小さく息を吐いた。


「ほれ。見えたな」


 俺は頷いた。見えた。仕様の匂いがする。


 レオンが剣を振り上げた。


「話は終わりだ! 決闘だ! 魔王の眷属を斬り、道を開く!」


 決闘。やっぱり決闘。


 俺は思わず、笑いそうになった。


 鉄砲玉が、わざわざ名乗って、決闘を申し込む。


 馬鹿馬鹿しい。けど、その馬鹿馬鹿しさが、誰かに作られたものだと思うと笑えない。


 グランが手を軽く上げた。


 次の瞬間、地面の黒い石の隙間から細い蔦が伸び、レオンの足元に絡みつく。蔦の先から、粉のようなものがふわっと舞った。花粉か、胞子か。


 レオンが咳き込み、目を瞬いた。


「卑怯だ!」


「卑怯で結構」


 グランの声は穏やかなままだ。


「死なせぬ。眠らせる。帰って寝ろ」


 レオンは怒りに顔を赤くし、光剣を振るって蔦を断つ。剣の光が蔦を焼く。強い。見た目よりずっと。


 だが、蔦はまた伸びる。切っても切っても絡む。虫が飛ぶ。羽音が増える。刺さない。ただ、うるさい。視界を塞ぐ。呼吸を邪魔する。


 嫌がらせ戦法。理解できる。


 レオンが歯を食いしばり、剣を振り回す。


「魔王の眷属め! 逃げるのか!」


 逃げてない。帰らせようとしてる。


 けど、彼の物語では“逃げ=悪”なんだろう。


 レオンが一歩踏み出そうとして、また顔を歪めた。足元の蔦と胞子に、体がついていかない。なのに、前へ出ようとする。


 俺は、つい口を開いた。


「レオン、無理するな!」


 レオンがこちらを睨む。


「黙れ! 魔王の――」


 言い切る前に、またこめかみを押さえた。苦しそうだ。


 ……言葉が縛られている。行動も縛られている。


 俺は胸の奥が冷えた。


 こいつは“熱血”じゃない。強制だ。


 グランが、俺にだけ聞こえる声で言った。


「今日は帰す。殺さぬ。こちらも減らさぬ」


 そして、わざと大きめの声で宣言した。


「勇者殿。今日の決闘は見送りだ。お主は休め。次も来るのだろう? なら元気で来い」


 挑発にも聞こえる。だが、実際は逃げ道を作っている。


 レオンの仲間が後ろから叫んだ。


「レオン! 一旦戻れ! これ以上は!」


「だが……!」


 レオンが足を動かそうとして、また苦しむ。


 仲間のひとりが、レオンの肩を強く掴んだ。


「戻る! 戻れないなら、ここで死ぬぞ!」


 その言葉は効いたらしい。レオンの顔が歪み、最後に俺を睨んだ。


「……次は、魔王を出せ!」


 そう言い捨てて、仲間に引きずられるようにして下がっていく。


 光剣の光が、遠ざかる。


 国境に残ったのは、蔦と虫の羽音と、やたら冷えた空気だった。


 俺は息を吐いた。


「……帰りましたね」


「帰した」


 グランが淡々と言う。


「殺せば簡単だ。だが簡単な方へ行くと、次がもっと面倒になる」


 俺は頷いた。殺したら終わり、じゃない。ここはそういう世界じゃない。


 ふと、頭の奥で小さく声が鳴りかけた。


 女神様は――


 俺は反射で小声で呟いた。


「ヴァルの会議は長い」


 スッと静かになる。


 グランが横目で笑った。


「業務か」


「業務です」


 笑えないのに、笑ってしまう。


 鉄砲玉が決闘を申し込む世界で、悪口が業務になる。


 俺は国境の向こうを見た。


 あの若い勇者は、また来る。


 来るなら、次はもう少しだけ“話せる形”を作りたい。


 帰り道、俺の頭の中では、手順書の項目が増えていった。


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