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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多
第2章 古神殿が動く

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第35話 印は、盗まれる前に預ける


 現大神官グレゴリウスの視線が俺の胸元に刺さった。


 視線だけで「持ち出したな」と言っている。


「……何を持ち出した」


 声は低い。神殿のトップの声だ。祈りじゃなく命令の声。


 俺が口を開く前に、大権官アウレウスが眠そうに言った。


「仕事を減らす鍵だ」


「鍵を持つのは神殿だ」


「神殿が燃えないための鍵でもある」


 アウレウスの言葉はいつも乾いているのに、今日は妙に刺さる。


 グレゴリウスは歯を食いしばったまま、俺を見た。


「背教の召喚者。お前が何を企んでいようと――」


「企んでません」


 俺は淡々と言った。


「手順です。事故防止。あなたの面子と、王の面子と、国境の安定を同時に守るための」


 グレゴリウスの眉がぴくりと動く。面子、の単語は効く。効きすぎて嫌になる。


 アウレウスが一歩だけ前に出た。


「大神官。君は今、二つの恐怖を抱えてる」


 眠そうな声のくせに、断言する。


「王に功績を取られる恐怖と、初代に裁かれる恐怖。どっちも君を小さくする。小さくなると現場が燃える」


 グレゴリウスの喉が鳴った。怒りの前に、怯えが混ざる音。


「……大権官殿。初代の名を軽々しく――」


「軽々しく呼べるうちは、まだ平気だよ」


 アウレウスは肩をすくめた。


「本当に危ない時は、名前すら出せない」


 フェリクスが横で胃の痛そうな顔をさらに深めた。神殿の中の人間ほど、この手の会話で削れる。


 俺はグレゴリウスに向けて、逃げ道を置く言い方に変えた。


「大神官。あなたが“知らなかったこと”にできます」


「……何?」


「国境の枠で起きている“事故防止手順”の一環として、古神殿が臨時に権限を行使した。あなたはそれを追認するだけ。むしろ、あなたが上に報告するときの文章が整う」


 グレゴリウスは一瞬だけ黙った。


 “文章が整う”は、権力者の背骨に効く言葉だ。


「……十五分と言った。もう終わりだ。出ていけ」


 追認、という形で受け入れた。分かりやすい。


 俺は頭を下げて、その場を離れた。勝ち負けじゃない。燃えない形が一つ増えただけだ。


 背中に、グレゴリウスの低い声が飛んでくる。


「久我幹人」


 止まる。


「初代は、優しくない」


 だから何だ、と言いかけて飲み込んだ。グレゴリウスの声には、妙に本音が混じっていた。


 俺は振り返らずに答えた。


「俺も優しくないです。だから紙でやります」


 しばらく沈黙があって、彼は何も言わなかった。


 ――たぶん、言い返せなかったんだろう。


 国境へ戻る道すがら、フェリクスが俺の横に並んだ。歩幅が小さい。胃が痛いと歩幅も小さくなるのかもしれない。


「……あの言い方、危ないです。大神官は“言われたこと”を恨みます」


「恨まれるのは慣れてる」


「慣れないでください……」


 切実すぎる。


 フェリクスは声を落とした。


「でも……ありがとうございます。大神官を“追認”に回したのは、助かります。彼は自分の責任だと潰れます。潰れると、現場に八つ当たりします」


「現場が燃える」


「燃えます」


 胃痛の人は現場の火の温度に詳しい。


 救護所へ戻ると、ナディアが入口で待っていた。医療官の顔が少しだけ険しい。


「悠斗、落ち着いてる。でも今朝、変なのが来た」


「変なの?」


「神殿騎士じゃない。王都の“書記官”の服。紙束を持ってた。救護所の規程を見せろって」


 ……来た。紙を見せろ、は紙で殴る前段階だ。


 俺は遮音膜の中へ入り、悠斗の寝台を見る。


 悠斗は起きていた。胸元の学生証を握り、呼吸を整えている。目が合った瞬間、彼は自分で一回だけ棒読みを挟んだ。


「……女神様すばらしい……」


 この“自分で押し込める”のができるようになったのは、大きい。


「ミキトさん」


「どうした」


「……今朝、紙持ってきた人が……『署名すれば楽になる』って……」


 喉が詰まりかける。悠斗は即座に言い換えた。


「……ここで、休みたい……」


 ちゃんと通った。本人の言葉になってる。


「正解」


 俺は短く言った。


「署名は“楽になる”ためにするものじゃない。選ぶためにするものだ」


 ナディアが淡々と付け足す。


「楽になるって言葉は、だいたい麻酔みたいに効く。効いた後に切れる」


 悠斗が小さく頷いた。頷ける余裕がある。


 そこへ、救護所の布が揺れた。


 入ってきたのは、見慣れない男。服は王都の書記官風。でも目線が、紙より周囲を見ている。仕事の目だ。


 男は丁寧に頭を下げた。


「国境救護所の規程を拝見したく。王命の視察に向け、整合性の確認を――」


 丁寧な言葉。信用できない。


 法務卿アシュが入口に立った。いつの間に。足音がないのが怖い。


「規程は公開済みだ。閲覧は可能。ただし、持ち出しは不可」


 男が笑った。


「持ち出しませんとも。写しを取るだけで――」


「写しは持ち出しだ」


 アシュが切る。


 男の視線が一瞬だけ俺の胸元に滑った。


 ……見てる。俺の内側を見てる。札や番号を見てるわけじゃない。位置を見てる。盗む前の目だ。


 背中が冷たくなる前に、セラが影みたいに現れた。


「その人、書記官じゃないよ」


 男の眉が跳ねる。セラは笑顔のまま続けた。


「歩き方が変。足音がしないし軸がぶれない。袖に隠し刃。鍵が欲しいでしょ?」


 男が一歩引いた瞬間、蔦が床を這った。軍務卿グランの植物兵だ。音もなく足首を絡める。


 男が反射で飛び退こうとして、俺の体が先に動いた。


 自分でも意味が分からないくらい自然に、腕が伸びて、男の襟を掴んだ。


 ……軽い。


 軽すぎて、逆に怖い。俺の手が強いのか、相手が弱いのか分からない。


「動くな」


 声が低く出た。自分の声じゃないみたいだった。


 男は硬直して、次に笑った。


「……腐っても勇者、か」


 その言い方が嫌だった。ラベルを貼るな。


 アシュが男の袖をめくり、細い刃を抜き取る。


「器物損壊と、侵入未遂」


 セラが肩をすくめる。


「王都は“紙”で来ない時があるんだよね。こういう“消しゴム”で」


 俺は男を離し、深く息を吐いた。喉がむずっとして、録音札を押したくなる。でもここで押すと、悠斗が揺れる。


 俺は押さない。呼吸で抑える。


 ナディアが悠斗の肩に手を置く。


「大丈夫。今のは外。あなたの話じゃない」


 悠斗は毛布を握りしめ、棒読みを一回だけ言った。


「……女神様すばらしい……」


 落ち着いた。強くなってきてる。強くなるのが、こんな方向なのが悲しいけど。


 アシュが短く言った。


「結論。印は盗まれる」


 俺は頷いた。


「だから、盗まれる前に預けます」


 その場で、アシュは黒い紙を一枚出した。


「保管手順。二重管理。封緘。立会署名」


 セラが笑った。


「やっぱ紙だ」


「紙で縛らないと、誰かが燃やす」


 俺は胸の内側の“受付番号”と“秩序委任札”に触れた。


 アシュの手順に従い、それらを封袋に入れる。封をして、封に署名。保管箱は二つ。鍵は別々。片方は古神殿、片方は魔王軍法務。


 逃げ道を潰していく作業だ。


 面倒だけど、面倒は命を守る。


 手順が終わると、アシュが俺にだけ小声で言った。


「王が来る前に、もう一回仕掛けてくる。次は紙だ。紙で潰してくる」


「分かってます」


 セラが横から口を挟む。


「ねえ、ワクワクするでしょ? 王様来るよ。視察だよ。演出合戦だよ」


「ワクワクって言うな」


 俺が言うと、悠斗が毛布の向こうで小さく言った。


「……ちょっと、ワクワクする……」


 その声は、弱いけど明るかった。


 俺は一瞬だけ、救われた気がした。


 よし。次は王だ。


 ハンコを押させる相手が、ようやく本人として出てくる。


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