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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多
第2章 古神殿が動く

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第34話 初代大神官も退職したい


 国境の朝は、やたら空気が乾いていた。


 礼拝堂の賛歌が遠くで鳴っているだけなのに、喉の奥がむずっとする。俺は反射で録音札を押した。


「女神様すばらしい」


 棒読みで押し返す。生存手順。


 そこへ、古神殿付のルーカスが無言で現れて、短い案内札だけを差し出した。


「地下。今日。……現大神官が動く前に」


 現大神官、か。


 セラの話では王が三日後に来る。神殿の上はその準備で閉じる。閉じる前に、地下へ降りろ――そういう意味だろう。


 俺はうなずいて、同行者を見た。


 眠そうな顔の大権官アウレウス。

 顔色が今日も終わってるフェリクス。

 そして護衛として、古神殿の静かな騎士が二人。


「……行くよ」


 アウレウスが言う。眠そうなのに、歩く速度は迷いがない。


 古神殿の裏手、石の扉の前で、待っていた男がいた。


 黄金の刺繍が入った白外套。身体は太く、目は細い。偉い人特有の「自分の言葉が法律」みたいな顔。


 現大神官――グレゴリウス=セルディオ。


「大権官殿」


 グレゴリウスは丁寧に頭を下げた。丁寧すぎる。内心は真逆の時の丁寧さだ。


「地下は聖域です。魔族側の者を通すわけには――」


 視線が俺に刺さる。


 アウレウスは、眠そうに返した。


「魔族側じゃない。国境の枠の者だ」


「背教の――」


「政治的な呼称は不要だよ」


 アウレウスはそれだけ言って、扉に手を置こうとした。


 グレゴリウスが一歩だけ前に出る。


「大権官殿。地下を開けば、“初代”がまた――」


 その言葉だけは、本気の怯えが混じっていた。


 フェリクスが小さく息を呑む。彼は神殿の人間だ。あの怯えの意味が分かっている。


 俺はここで、正面から殴る言葉を選んだ。


「大神官。初代大神官を起こすのは、あなたのためでもあります」


 グレゴリウスが眉をひそめる。


「何?」


「王が三日後に来ます。国境救護所を“王の慈善”にする気です」


 グレゴリウスの目がわずかに動いた。嫌な情報に反応した目だ。


「救護所の功績が王に持っていかれたら、神殿の取り分は減ります。あなたの権威も」


 言い方は露骨だ。でも、この人には露骨が効く。


「……背教者が、神殿のためを語るな」


「語りますよ」


 俺は淡々と言った。


「神殿が“召喚者の健康管理”を握れる枠を作れば、王は勝手に回収できない。神殿の面子も保てる。今、その枠を押せるのは地下の“秩序印”です」


 グレゴリウスの頬がぴくりと動く。


 秩序印――初代大神官が持つ、王印に準ずる印。神殿が王より強くなるやつ。


 欲しい。でも怖い。だから地下に閉じ込めてる。


 アウレウスが眠そうに言った。


「通すか、通さないか。通さないなら、君が王に救護所を献上したって記録に残す」


 グレゴリウスの顔色が変わった。


 面子と権力。そこが地雷。


 彼は歯を食いしばって、道を開けた。


「……十五分だ。余計なことはするな」


「余計なことしか起きないのが国境だ」


 アウレウスの返しが雑すぎて、フェリクスが胃痛の顔をさらに深めた。


 地下は、冷たかった。


 湿気じゃない。石の冷えだ。匂いも、香の甘さじゃなく、紙と金属と古い布の匂い。


 俺はふと、魔王城の書庫を思い出した。どっちも結局、紙の墓場だ。


 通路の壁に、古神殿文字がびっしり刻まれている。


 ルーカスが淡々と呟く。


「ここは、世界の“失敗例”の保管庫です」


 言い方が嫌すぎる。


「失敗例が多すぎません?」


「良くも悪くも歴史が長いので」


 納得したくないのに納得してしまう。


 最奥の扉の前で、アウレウスが立ち止まった。


「ここから先は、静かに」


 扉が開く。


 中は小さな広間だった。書棚。石の机。灯りは弱いのに、影が濃い。


 そして、椅子に座る男が一人。


 若く見える。肌が白く、髪は銀。なのに、目だけが古い。古すぎて、世界に興味がない目。


 初代大神官――カシウス=ヴェルト。


 カシウスは俺たちを見て、眠そうに言った。


「……また仕事か」


 第一声がそれ。


 フェリクスが反射で跪きそうになり、止めた。ここで跪くと“儀礼”が始まって長くなる。


 アウレウスが淡々と報告する。


「二件。召喚者が二人。ひとつは魔王領側。ひとつは王都が回収しようとしてる」


「ふうん」


 カシウスは机の上の紙束を一枚めくった。見てもいないのに、全部分かってる顔をする。


「王は戦争で民を黙らせたい。神殿は利権を守りたい。魔王は……まだ生きてるのか」


「生きてます」


 俺が言うと、カシウスの目が俺に向いた。


「君が魔王領側の召喚者?」


「はい。久我幹人。異界から」


「成人だね」


 淡々と言われるだけで、十代の鉄砲玉との差が痛い。


 カシウスは少しだけ首を傾げた。


「帰りたい?」


「帰りたいです」


「じゃあ、なぜここにいる」


 アウレウスと同じ質問。でも、重さが違う。これは“試験”だ。


 俺は正直に言った。


「魔王からは帰還方法が誰かの殺害と言われませんでした。

 しかし、王国側の召喚者は魔王を殺しにくる。それをなんとかしたくてきました。」


 カシウスの目が一瞬だけ細くなる。笑いではない。評価だ。


「……疑えるのは良い。疑えないと、壊れる」


 それからカシウスは机の上を指先で叩いた。


「要件を言え。短く」


 俺は準備してきた言葉だけを出した。長くしない。


「目的再設定申請の秩序印が欲しい。猶予は七日。王は三日後に国境へ来る。王印は神殿地下金庫。大神官が握ってる」


 カシウスは、眠そうに息を吐いた。


「つまり、また“印章の政治”か」


「はい」


 俺は即答した。


「この世界、ハンコが強いですね」


 カシウスの口角が、ほんの少しだけ動いた。


「君、結構いい性格してるね。僕の前でそんなこと言うのか」


「本当のことですから。」


 カシウスが手を伸ばした。


「申請書」


 俺は、魔王印が焼き付いた薄紙を差し出した。


 カシウスはそれを見て、少しだけ目を覚ました。


「……魔王は本気だな」


 その言い方が、妙に人間臭かった。


「魔王印が押されてるのに、王が押さない。神殿が握る。いつも通りだ」


 カシウスは紙を机に置き、俺を見る。


「君は“救世主”になりたい?」


「なりたくないです」


「よい」


 即答。速い。嫌なほど速い。


「救世主は、誰かの免罪符になる。君も彼も、燃える」


 カシウスは、机の引き出しから小さな石片を出した。


 白い。骨みたいな色。そこに極細の刻印。


「秩序委任札。僕の代理印だ。これを持ってる間、君は“秩序の案件”として扱われる」


 俺の胃がきゅっと縮む。


 案件。登録。猶予。全部同じ匂い。


 カシウスは淡々と続けた。


「ただし、有効期限は三日。王が来るまで。延長はしない。延長すると補助が強くなる」


 ……王の来訪と同じ期限。


 計算し尽くした嫌な優しさだ。


「条件がある」


 カシウスが言う。


「王を説得するな。王は説得で動かない」


 俺は思わず聞き返した。


「じゃあ、どうやって印を」


「恐怖と損で動かす」


 カシウスは眠そうに言った。眠そうなのに言葉は鋭い。


「古い安全装置を思い出させろ。天使が出てきた時の記録。王が国境を燃やせば“世界の監視”が来る、と」


 アウレウスが小さく頷いた。


「上手くやれば、王は“安全保障”として署名できる。面子も保てる」


 面子。ここでも面子。


 カシウスは最後に、俺を見た。


「久我幹人。君は優等生だ。断れない。だから約束しろ」


「何を」


「彼を殺さない。殺させない。君も燃えない」


 俺は一拍置いて、頷いた。


「……約束します。手順で」


 カシウスが、ようやく机に肘をついた。


「よし。僕はもう寝たい。この世界の始まりから生きている。もう疲れたよ。」


 その一言が、魔王ヴァルの「退職したい」と同じ匂いをしていた。


 長生きの地獄は、陣営を問わないらしい。


 俺は秩序委任札を受け取り、胸の内側にしまった。受付番号の紙片と、同じ場所。


 猶予の証拠が、二枚になった。


 地下を出る直前、フェリクスが小声で呟いた。


「……初代は、決して優しい人ではありません。でも……世界を壊したくない人です」


 俺は頷いた。


「俺たちも同じです」


 地上へ戻ると、現大神官グレゴリウスが腕組みで待っていた。


 俺の胸元を見て、何かを察した顔になる。


「……何を持ち出した」


 アウレウスが眠そうに返す。


「仕事を減らす鍵だ」


 グレゴリウスの顔が歪む。彼は“自分の鍵”を奪われるのが嫌だ。だが同時に、王に功績を取られるのも嫌だ。


 その揺れが、権力者の正体だった。


 俺は深く息を吸った。


 三日。


 王の来訪まで三日。


 秩序委任札の期限も三日。


 次の戦いは剣じゃない。


 王と神殿と古神殿の、ハンコの綱引きだ。


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