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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多
第2章 古神殿が動く

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第33話 ハンコがないと、帰れない


 受付番号の紙片は、朝になっても冷たかった。


 胸の内側でそれを触るたびに、昨夜の夢の“窓口”がよみがえる。


 追加書類。提出期限。猶予終了まで。


 ……異世界まで来て、役所の夢を見るとは思わなかった。


 救護所では悠斗がまだ眠っている。ナディア曰く「眠れる時に寝させろ」。正論すぎて殴れない。


 俺は救護所の外でアウレウスを見つけた。いつも通り眠そうで、目だけが起きている。


「猶予、どれくらい残ってます?」


 アウレウスは一拍置いてから、俺の胸元の紙片を指で示した。


「番号の末尾、見て」


「……よめないです。古神殿文字」


「そうだったね」


 眠そうに言って、指で空中に数字をなぞった。


「七日。正確には“七回の夜明け”まで。延長は一回だけ。延長すると補助が強くなる」


 七日。短いのに、短すぎない。嫌な絶妙さだ。


「必要書類の“印章”ですが」


「王印が王道。でも君の読み通り、王は押さない」


 アウレウスは淡々と言い切る。


「だから、“王印に準ずる秩序印”を使う手もある。古神殿が認める、人間側の上位権限の印」


 俺は一瞬、呼吸が止まった。


「そんなのがあるんですか」


「ある。昔は王が軽かった時代があってね。王権が揺れると、世界が壊れる。だからバックアップが作られた」


 眠そうに言う内容じゃない。


「誰が持ってる」


 アウレウスは少しだけ、嫌そうな顔をした。


「初代大神官。ハイヒューマン。今は神殿の地下で寝てる。起きてても寝てるのと変わらないんだけどね。」


 ……初代。“長命種”か。


「会えます?」


「会えるかどうかは、君の紙次第」


 アウレウスが俺を見た。


「でもその前に、君は何を揃える?」


 俺は即答した。


「魔王印。古神殿印。悠斗と俺の同意。国境の立会記録。そこまで」


「よい。まずは“できるところから”。君の得意だ」


 ……最悪に褒められてる。


 その時、ルーカスが無言で近づいてきて、小さく耳打ちした。


「王都監察官が動いています。救護所の功績を“王の成果”にするつもりです」


 嫌な予感が、形になる音がした。


「つまり?」


「王が国境に来ます。七日以内に」


 ……来るのか。来るなら、王印に触れるチャンスはある。あるけど、地獄みたいなチャンスだ。


 アウレウスが眠そうに言った。


「ほら、君の期限の中にイベントが入った。世界って親切だね」


「親切って言葉、嫌いになりそうです」


「もう嫌いだろ」


 図星。


「魔王印、取りに行きます」


「行って。君が戻ってくるまで、救護所の枠はこっちで守ってあげよう。……面倒だけど仕事だ」


「それで十分です」


 俺は短く頷いて、魔王側の連絡路へ向かった。


 ――魔王城。


 転移門を抜けた瞬間、身体が軽くなった。


 空気が濃い。重い。圧がある。……それなのに、体は楽になる。


 魔王の近くにいる時の、あの底上げだ。


 自分の身体が“便利な道具”になった気がして、少しだけ気持ち悪い。


 執務室の扉を開けると、ヴァルが机に埋もれていた。紙の山。封蝋。報告書。稟議書。異世界でも上司は紙に殺される。


「ミキト」


 顔を上げずに呼ばれる。怖い。


「魔王印、借りたいです」


 ヴァルがようやく顔を上げた。疲れているのに、目が澄んでいる。三百年働いた目だ。


「何が起きた。」


「女神関連で手続きが生まれました。猶予が七日。必要書類が揃っていないと、補助が再起動します」


 ヴァルは短く笑った。


「女神は、期限が好きだな」


 笑えない冗談を言って、ヴァルは机の引き出しから黒い指輪を取り出した。


 指輪じゃない。核だ。触れた空気が歪む。


「文書は」


 俺が差し出したのは、古神殿のレシート紙に近い薄紙だった。目的再設定申請。署名欄は空欄のまま。


 ヴァルはそこに指輪を当てた。


 じゅっ、という音がした気がした。実際は音なんてしないのに、脳が音を作った。


 紙の上に、黒い紋が焼き付く。


 魔王印。


 文字じゃない。威圧そのものが形になったみたいな印だ。


「これで一つだ」


 ヴァルが淡々と言う。


 俺は思わず聞いた。


「……ためらいませんね」


 ヴァルは紙の山をちらりと見て、ため息を吐いた。


「ためらう理由がない。俺はもう、十代の鉄砲玉を殺したくない」


 一拍。


「悠斗という子も、同じだろう。あれを王都に回収されたら、二度と戻らん。戻らない“勇者”は、だいたい壊れる」


 言い方が冷たいのに、目が冷たくない。


 ヴァルは机の端を指で叩いた。


「ミキト。お主がやっているのは、勇者の救出じゃない。世界の仕様変更だ。危険だぞ」


「分かってます」


「なら、条件がある」


 ヴァルが俺を見た。


「お主自身が“救世主”になるな。旗になるな。旗は燃える」


 アウレウスと同じことを言う。長命種は、同じ失敗を見てきた顔をする。


「……なりません」


「なれない、が正しい。お主は優等生だ。優等生は“頼まれると断れない”」


 刺さる。刺さりすぎる。


 ヴァルは少しだけ目を細めた。


「だから、断るための紙を作れ。断るための役職を作れ。断るための護衛をつけろ」


 あんた、魔王なのに妙に優しいな。


 ヴァルは机の隅に置いてあった小さな箱を開けた。中には、擦れた学生証や名札みたいなものが何枚も入っていた。


 ……レオンの世界のものじゃない。俺の世界の匂いがする。


「これ」


 ヴァルが言う。


「今まで来た勇者の落とし物だ。回収して保管していた。捨てられなかった」


 俺は喉が少しだけ詰まった。


 魔王が、英雄を殺して、学生証を捨てられない。


 なんだそれ。魔王なのに、なんて顔しているんだ。


「……返す方法を作ります」


「頼む」


 ヴァルは短く言った。


「俺は退職したい」


 真顔で言うな。笑っていいのか迷う。


 でも、ヴァルの“退職”は本気だ。だからこそ、彼は仕様変更に賭けている。


「行け」


 ヴァルが言った。


「国境へ戻れ。王が来るなら、そこが勝負だ。財務卿に準備させる」


 扉の外へ声を投げる。


「リリア。戦費の見える化と、終戦後の利益案を作れ。王が押したくなる形でだ」


 外から即答が返る。


「了解。王様の好きな数字、いっぱい用意する」


 怖い。


「セラ。王印の所在と、王の移動経路。七日以内で確定しろ」


「もう半分確定してるよ。戻ったら言うね」


 もっと怖い。


 ヴァルが最後に俺を見る。


「ミキト。お主の仕事は、敵を倒すことじゃない。“押させる”ことだ」


 ハンコの話なのに、戦争の話に聞こえる。


「行ってきます」


 俺は魔王城を出た。


 ――国境へ戻る転移門の前で、セラがひょいと現れた。


「おかえり、渉外卿候補。お土産は?」


「魔王印」


「最高。じゃあいい知らせと悪い知らせどっちから聞きたい?」


 セラが笑う。笑うな。


「王、ほんとに来る。三日後。視察名目。国境救護所を“王の慈善”にするつもり」


 三日後。


 猶予七日のうち、もう半分が消える。


「で、悪い知らせは?」


「王印、本体は王宮にない」


 セラがさらっと言った。


「神殿の地下金庫。大神官管理。つまり、王が来ても“自分の印”を持ってない可能性が高い」


 ……なるほど。利用し合う関係の、嫌なところが全部出てる。


 王は戦争をしたい。神殿は権威を持ちたい。だから印章は神殿が握る。


 つまり、王を落とすだけじゃ足りない。


 大神官と、初代大神官。


 人間側の“秩序代表”を、二枚抜きする必要がある。


 俺は深く息を吸った。


 テンポよく行くしかない。


 なんとかして見せる。



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