表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多
第2章 古神殿が動く

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/39

第28話 古い人は、全部知ってる顔をする


 救護所の布が、ほんの少しだけ揺れた。


 大権官アウレウスは「見るだけ」と言った通り、悠斗の寝台から三歩以上近づかなかった。距離が正確すぎて逆に怖い。


 視線は静かで、手も出さない。なのに空気だけが重い。


 悠斗は眠っている。胸元の学生証を握ったまま。


 寝息が浅い。けど、呼吸は乱れていない。今はそれでいい。


 アウレウスが、小さく息を吐いた。


「……壊れかけてる。壊すのは簡単だけど、戻すのは面倒だ」


 それは同情じゃない。長年の作業者の言葉だ。壊れると、後始末が増える。


 マリナがむっとした顔をする。


「大権官閣下……言い方が」


「言い方で治るなら、僕はとっくに治ってる」


 眠そうに言って、アウレウスは布の入口に視線をやった。


「久我幹人。外で話そう。ここは刺激が多い」


 俺はナディアに目で確認する。ナディアは小さく頷いた。


「行って。ここは私が見ます」


 救護所の外へ出ると、礼拝堂の賛歌が一段大きく聞こえた。


 喉の奥がむずっとする。


 俺は反射で録音札を押した。


「女神様すばらしい」


 棒読みで押し返す。


 アウレウスが、俺の手元を見て言った。


「……それ、よく効く?」


「効きます。効くのが腹立ちます」


「正直だね」


 褒めているのかいないのか分からない調子で、アウレウスは礼拝堂から少し距離を取る方へ歩いた。俺も線を越えない位置を保ってついていく。


 少し静かになったところで、アウレウスが言った。


「君、どうしてここにいるの」


「召喚されました」


「それは知ってる。どうして“帰る”を最優先にしない」


 胃が少し縮む。刺さる質問だ。


 俺は逃げずに答えた。


「帰りたいです。でも帰り道が“誰かを殺せ”一本なら、まず疑います」


「理性的だ」


 アウレウスは眠そうに頷いた。


「十代の子は、疑う前に痛みで追い込まれる。だから弾になる」


 弾、という単語を平然と使う。嫌なほど現実を見ている。


 俺は言った。


「さっきの子も、同じです。痛みと声で縛られてる」


「女神の声だろうね」


 アウレウスは、賛歌の方を見もせず言った。


「昔はもう少し丁寧で愛があった。今は……自動応答みたいなものだ」


 自動応答。その言い方で、俺は確信した。


 この人、女神を信仰の対象として扱っていない。


 少なくとも、信仰“だけ”では扱ってない。


「……大権官閣下は、女神に会ったことが?」


 アウレウスは少しだけ間を置いた。


「会った、という言い方は難しい。昔は“介入”があった。今はない。代わりに残ったのが、儀式と文言と、セキュリティっぽいもの」


 俺は録音札を握り直した。


「これも、その一部ですか」


「たぶんね」


 アウレウスは眠そうに笑った。


「感謝のフレーズは、いろんな扉を開ける。扉を閉めることもある。君がやってるのは、たぶん“閉める”方」


 俺は言葉を探した。


「……じゃあ、悠斗が痛みで縛られるのも」


「縛りというより、そういう仕様だ」


 仕様。淡々と最悪の言葉。


「異界から引っ張った魂は不安定で、目的を与えないと散る。でも目的を与えるだけだとと暴走する。だから痛みで方向を固定する。雑な安定化だよ」


 怒りが湧く。湧くけど、ここで怒鳴っても何も変わらない。怒鳴った瞬間に、相手の物語に乗る。


 俺は低く言った。


「……子どもにやる仕様じゃない」


「だろうね」


 アウレウスは肯定も否定もしない。その態度が逆に人間臭い。長生きして、倫理より保守運用が前に出た顔だ。


 俺は問いを変えた。


「なんで、あなたが国境に出てきたんですか。古神殿の上位者が」


 アウレウスは、少しだけ目を伏せた。


「僕だって、動きたくないよ。動くと疲れるから」


 あまりにも正直で、逆に笑えない。


「でも、二つの召喚反応が出た。しかも一つは魔王領側。運用が破綻すると、もっと厄介な“安全装置”が動く」


「安全装置?」


 アウレウスは淡々と言った。


「昔、手順を踏まずに召喚をやった連中がいてね。世界が過敏に反応した。監視する存在が出てきた。ひどいことが起きた。ここでまたやらかすと、今度は国境どころじゃなくなる」


 具体名は言わない。けど十分だ。


 トルストンたちの「名目」遊びが、いつか“名目じゃ止められない何か”を呼ぶ。そういう含み。


 俺は言った。


「だから、手順に署名した」


「そう。僕が来たことでそれを避けれるのであれば、僕自身が穴を埋める。現場が燃えると、僕の仕事が増える」


 仕事。結局、仕事で動く。


 俺は少しだけ息を吐いた。


「……あなたも、楽にしたいんですね」


「楽になりたい」


 アウレウスは眠そうに言った。


「僕は長い。長いから、破綻の後始末もしなければいけない。だから破綻しない方がいい」


 そこで、俺を見た。


「君の紙は、破綻を遅らせる。うまくいけば、暴走が減る」


「俺は、救いたいだけです」


 アウレウスは首を振る。


「救いたい、は危険だ。救世主は消耗品になる」


 昨日言ってたやつだ。


 俺は苦笑した。


「じゃあ、俺は何になればいい」


「枠作り職人」


 あっさり言った。


「目立たず、怒らせず、壊さず、増やす。紙で」


 言い方が、どこか軍務卿グランに似ている。減らさない戦い方の、別バージョン。


 アウレウスは続けた。


「君が目立つと、王宮は君を象徴にする。神殿は君を説教に使う。魔王領は君を旗にしたがる。旗は必ず狙われる」


「……だから“背教の勇者”ってラベルが先に貼られた」


「そう。ラベルは刃物だ。君はもう刺されてる」


 淡々とした言葉が、妙に痛い。


 俺は問いをもう一つだけ投げた。


「悠斗のこと、あなたはどう扱うつもりですか」


 アウレウスは少しだけ黙った。


「僕は彼を“資源”とは呼ばない。呼んだ瞬間に、壊す理由になるから」


 そして、眠そうに言う。


「でも“事故”とは呼ぶ。事故は止めるべきだから」


 事故。冷たい言葉。けれど、止める方向に使うなら、今はありがたい。


 そこへ、救護所の方から小さく声が漏れた。


「……め……」


 喉が詰まる音。


 続いて、棒読み。


「……女神様すばらしい……」


 静かになる。


 アウレウスが、ほんの一瞬だけ苦い顔をした。


「子どもにやらせる手順じゃないな」


 その言葉が出るなら、この人にも“残ってるもの”がある。


 俺は息を吸って、言った。


「ここで俺は一つだけやりたい。悠斗を“弾”にさせない」


「いいね」


 アウレウスは眠そうに頷く。


「じゃあ、僕は君に一つだけ貸しを作ろう。古神殿の上位権限でね」


 胃が縮む。貸す、って言い方が怖い。


「何を」


「通行権」


 アウレウスは淡々と言った。


「君が“国境の枠”にいる限り、古神殿は君を勝手に浄化しない。少なくとも僕の目が届く範囲では」


 それは、盾になる。でかい盾。


 同時に、首輪にもなり得る。


 俺は頷いた。


「……ありがとうございます」


 喉がむずっとしたので、棒読みで付け足す。


「女神様すばらしい」


 アウレウスが、ちょっとだけ笑った。


「それは今、僕への皮肉?」


「体調管理です」


「いいね」


 そのまま、アウレウスは踵を返した。


「君、帰れるかどうかは分からない。でも帰り道を探す価値はある。君みたいな“枠職人”がいるならね」


 古い人は、全部知ってる顔をする。


 でもこの人は、全部知ってるからこそ、少しだけ優しくなってしまった顔をしていた。


 俺は救護所へ戻る。


 悠斗はまだ眠っている。胸元の学生証を握ったまま。


 俺は小さく息を吐いて、心の中だけで言った。


 この章は、紙だけじゃ足りない。


 人の中身も、ちゃんと見ないと、枠は空っぽになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ