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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多
第2章 古神殿が動く

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第27話 上位者は眠そうに来る


 国境の空気は、また一段だけ硬くなっていた。


 礼拝堂。王家の旗。整列した兵。中立救護所の白布。


 そして――その手前に、見慣れない一団がいた。


 白い外套ではない。もっと古い。布地の色が白というより「骨」みたいな色。刺繍も派手じゃないのに、目が吸い寄せられる。


 先頭の男は、背が高い。


 細い。肌が青白い。目の下がうっすら影になっていて、寝不足というより「世界に飽きてる」顔だった。


 でも、近づくにつれて分かる。


 圧が違う。


 魔王ヴァルの圧は“上から潰す重さ”だが、こいつは“地面を固定する重さ”だ。


 軍務卿グランが、穏やかな声で言った。


「来たか。古神殿の上位者」


 フェリクスが一歩前に出て、深く頭を下げる。


「古神殿、大権官閣下……お越し頂き、恐れ入ります」


 男が、眠そうに瞬きをして名乗った。


「古神殿・大権官。アウレウス=レギア。一応、ハイヒューマンです。」


 その瞬間、王都監察官トルストンの顔が一段だけ引き締まった。


 こいつ、怖がってる。


 聖別官エレナも、ほんの少しだけ姿勢を正す。彼女が正す相手って相当だ。


 アウレウスは、周囲を一周だけ見渡した。


 兵。旗。礼拝堂。救護所。


 最後に、俺を見た。


「……久我幹人。召喚反応が二つ。片方が魔王領側にいる。前代未聞だね」


 淡々と言うのが、逆に怖い。


 トルストンがすぐに口を挟む。


「大権官閣下! 背教の勇者を――」


「呼称はいい。政治だから」


 アウレウスは、トルストンの言葉を半分で切った。


 エレナが言うより、さらに冷たい切り方だった。


 アウレウスは救護所を指で示す。


「まず、そっち。比較対象……じゃない。もう一人の召喚者」


 トルストンの眉が跳ねる。


「閣下、王命の枠が――」


「王命の枠は、王の枠だろう」


 アウレウスは眠そうな顔のまま、さらっと言った。


「古神殿の枠は、古神殿が決める」


 空気が、さらに冷える。


 “上位権限”ってやつだ。


 俺は一歩も動かず、机の方向を指した。


「大権官閣下。手順に沿ってください」


 トルストンが俺を睨む。


「お前が、閣下に命令するな!」


 アウレウスは、俺ではなく“机”を見た。


「手順……紙か。面白い」


 面白い、で済ませるんだな。怖い。


 法務卿アシュが、黒い紙を机に置いた。


「国境での手順。救護所運用。召喚者受け入れ手順。署名済みの控えだ」


 アウレウスが紙を取った。


 ……読むのが速い。速いのに、雑じゃない。


 読んだあと、眠そうに一言。


「よくできてる。後方互換がある」


 聞き慣れない言い回しに、フェリクスが一瞬だけ目を瞬いた。たぶん意味は分かった。古神殿の人間はこういう言い方をする。


 アウレウスはページを戻して、指先で一箇所を叩いた。


「ただ、上位者の介入条項がない。僕が来た時点で穴になる」


 トルストンが、勝ち誇ったように言う。


「ほら見ろ! 無効だ!」


 アウレウスがトルストンを見る。


「無効とは言ってない。穴だと言った」


 それだけで、トルストンが黙った。格が違う。


 俺は息を吸って、短く言った。


「穴なら、埋めます。今ここで」


 アウレウスが俺を見る。


「埋めるって、どうやって?」


「あなたが署名する」


 トルストンが噴きそうになった。


「大権官閣下が、魔族の紙に――」


「魔族の紙じゃない」


 俺は言葉を切った。


「国境の紙です。誰の味方でもない枠の紙」


 アウレウスは、少しだけ口角を上げた。笑った、というより“仕様を見つけた”顔。


「なるほど。枠を作るのが仕事か」


 俺の頭の奥がむずっとした。礼拝堂が近い。空気が乾く。


 喉が勝手に動きそうになる前に、録音札を押した。


「女神様すばらしい」


 棒読みで押し返す。


 アウレウスの目が、わずかに細くなる。


「……その沈静化、誰に教わった?」


「体調管理です」


「体調管理、ね」


 アウレウスは小さく頷くと、救護所の方へ視線をやった。


「彼に同じ手順を渡した?」


「渡しました。棒読みでいい、と」


「よい」


 大権官が“よい”と言った。


 神殿騎士の顔が引きつる。信仰の文句が、医療手順として承認された瞬間だ。


 アウレウスは、次にエレナを見る。


「聖別官。確認結果は?」


「祝福層あり。摩耗進行。乱暴な処置は危険。経過観察と環境調整が妥当です」


「ふむ」


 アウレウスは最後にトルストンを見る。


「監察官。君の成果は何?」


 トルストンが一瞬固まる。


「……国境安定化と、背教の勇者の回収」


「回収は今できてないね」


「ですが――」


「じゃあ、国境安定化だけで勝負しな」


 アウレウスの声は淡々としているのに、逃げ道がない。


「救護所を壊せば、安定化が壊れる。壊れたら、君の仕事が壊れる。分かる?」


 トルストンが歯を食いしばり、頷いた。言質が取れた顔をするのが悔しい。


 アウレウスは、黒い紙を机に置いた。


「追加条項を一行でいい。こう書け」


 アシュが無言で筆を取る。


 アウレウスが読み上げた。


「『古神殿上位者が介入する場合、既存の国境手順を優先し、変更は双方署名を要する』」


 ……要するに、上位権限でひっくり返せないように、自分で縛る宣言だ。


 トルストンの顔が歪む。


「閣下!」


「君が助かる条文だよ」


 アウレウスは眠そうに言った。


「上位者が来るたびに現場が燃えたら、君の監査が地獄になる。違う?」


 トルストンが黙った。


 エレナが静かに言う。


「妥当です」


 フェリクスが小さく息を吐いて言った。


「神殿としても……同意します」


 こうして、署名が落ちた。


 古神殿の印が押された瞬間、救護所の枠が一段硬くなるのが分かった。


 アウレウスは、ようやく救護所の布の方へ歩いた。


「……会わせて。もう一人の召喚者」


 俺は一歩だけ前に出て、線の内側で止まる。


「本人の体調が最優先です。起こしません」


「起こさない。見るだけ」


 アウレウスは眠そうな目で言った。


「僕は医師じゃない。でも――壊れた召喚者は、どの陣営にも損だ」


 損で動く。面子で動く。手順で縛れる。


 この上位者、厄介だが、話は通る。


 ……たぶん。


 救護所の布が揺れた。


 中から、悠斗の小さな声が聞こえた。


「……だれ……?」


 喉が詰まりかける音。


 その直後、棒読みが入る。


「……女神様すばらしい……」


 静かになる。


 そのやり取りを聞いたアウレウスが、ほんの少しだけ目を細めた。


「……学習が早い。痛みの回避も含めて」


 そして、俺を見た。


「久我幹人。君、やり方を間違えると“救世主”になるよ」


 胃が冷えた。


 なりたくないやつだ。それは。


 アウレウスは眠そうに続けた。


「救世主は、使い捨てられる。君も、彼も」


 一拍。


「だから、手順で守りな」


 その言葉だけは、やけに重く、やけに正しかった。


 これからは、たぶんこの人との戦いになる。


 剣じゃない。


 上位権限と手順の戦いだ。


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