第25話 オンボーディング規程
昼。
トルストンは引かなかった。引かない代わりに、別の入口を探している顔だった。
なら、入口そのものを狭くする。
俺は救護所の机に、もう一枚の紙を置いた。
「提案があります。召喚者の取り扱いを、事故防止の手順として固定したい」
トルストンが眉をひそめる。
「事故防止?」
「はい。召喚者は貴国の資産でも、我が国の戦利品でもない。勝手に壊れる。壊れたら戦費が増える。民心も荒れる。神殿の面子も傷つく」
マリナが少しだけ顔を上げる。“面子”が効く。
エレナは無表情のまま頷く。“壊れたら使えない”が本音だ。
俺は続けた。
「だから、召喚直後の最低限の手順を“双方で”決める。仮でもいい。名前をつけます」
グランが茶を啜りながら言う。
「名は大事じゃのう」
俺は、あえて横文字を避けた。
「召喚者受け入れ手順」
会社の言葉で言えばオンボーディング――新人を受け入れて、仕事が回るようにする一連の段取りーー
だが、ここでは言わない。余計な引っかかりを作らない。
内容は短くした。テンポ優先で、骨だけ。
・召喚直後は48時間、強制戦闘禁止
・説明(帰還条件・選択肢・副作用)を文書で渡す
・同意は睡眠確保後、立会人同席で取得
・礼拝堂など強刺激の近接配置は禁止
・違反があれば当該召喚者の運用は無効(再手続き)
トルストンが速読して、顔を歪める。
「四十八時間だと? 戦況が――」
「戦況が厳しいほど、事故は高くつきます」
俺は淡々と言った。
「未熟なまま投入して暴発した勇者と、準備して投入した勇者。どっちが安いですか」
財務卿リリアがいたら拍手する理屈だ。いないけど、監察官には効く。
エレナが淡々と付け足す。
「技術的にも妥当です。祝福層の安定に時間が要る」
マリナが小さく言う。
「神殿としても……説明文書がある方が、罪悪感が減ります」
本音が出た。よし。
トルストンはしばらく黙ったあと、条件をつけてきた。
「“無効”は言い過ぎだ。“一時停止”にしろ」
「いいです」
俺は即答する。
「言葉はどうでもいい。止まるなら」
ユーリが端から一言だけ。
「止まらないと壊れる」
結局、署名が落ちた。
王印。古神殿印。神殿印。
仮の規程。穴だらけでも、弾倉の蓋になる。
悠斗は寝台からそれを見ていた。理解は半分でも、“止まる時間が増えた”のは分かる顔だった。
俺は悠斗にだけ、小声で言った。
「今のは君一人のためじゃない。次に来る誰かのためでもある」
悠斗が小さく頷く。
「……次……来るの……?」
「来る可能性がある。だから止める」




