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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多
第1章 土下座からはじまる異世界転移 

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第21話 棒読みは、祈りじゃない

 中立救護所の中は、思ったより静かだった。


 外の礼拝堂から漏れる賛歌は、薄い膜で一段落ちている。完全に消えるわけじゃない。けど、耳の奥を掻き回す感じは少しだけ和らいだ。


 神谷悠斗は簡易寝台に横になっていた。布は外され、代わりに薄い毛布。顔色はまだ悪いが、さっきより呼吸が整っている。


 ナディアが淡々と告げる。


「今は寝かせて。起こすのは逆効果です」


 神殿治癒官のマリナが悔しそうに頷いた。


「……分かりました。治癒は最小限にしました。あれ以上は反応が跳ねます」


 エレナが短く補足する。


「正しい判断です。祝福の層が薄い」


 祝福の層。薄い。


 子どもを弾にする側は、たぶん気にしない単語だ。壊れるまで使う。


 ユーリが透明板を覗き込みながら言う。


「体温、少し下がった。水分は入った。胃は荒れてる。睡眠が最優先」


 それだけ言って、ユーリは救護所の端に移動した。徹夜を嫌うくせに、必要な時は粘る人だ。


 俺は寝台の横、少し離れた椅子に座った。近づきすぎると、悠斗の息が詰まる。あの子は今、触れられる距離が少ない。


 しばらく、ただ待つ。


 救護所の布が揺れる音と、遠くの足音だけ。


 悠斗の瞼が少し動いた。薄く開いて、焦点が合わないままこちらを見る。


「……ここ……」


 かすれた声だった。


 俺は急いで返さない。詰めない。押さない。


「救護所。今日は戦う日じゃない」


 悠斗の喉が小さく鳴った。息が乱れかけて、手が胸元を探す。学生証の感触を確かめるみたいに掴む。


「……ほんとに……返ってきた……」


「返した。落とし物だからな」


 悠斗の目が少し潤んで、でも泣かない。泣く余裕がない顔だ。


「……あなた……なんで……助ける……」


 質問が幼い。正しい。俺はそこで格好つけた答えをやめた。


「助けないと、面倒が増える」


 一瞬、悠斗がきょとんとした。


 俺は続ける。


「人を道具にするやつが増えると、世界が荒れる。荒れると、交渉が増える。俺が忙しくなる」


 悠斗の口元が、ほんの少しだけ動いた。笑いかけて、やめた。


「……変な人……」


「そうかもな」


 その瞬間、救護所の外から賛歌が少し大きくなった。わざと、気持ち悪いほどタイミングが良い。


 悠斗がびくっと震えた。


 喉が勝手に動く。声になりかける。


「……め……が……」


 言葉が喉で折れ、こめかみに力が入る。痛みをこらえる顔だ。


 俺は反射で録音札を押しかけて、止めた。


 悠斗には札がない。


 なら、手順を渡す。


「神谷くん。無理に止めようとしなくていい。逆に、一回だけ“口に出して終わらせる”と静かになることがある」


 悠斗が苦しそうに俺を見る。


「……なに……それ……」


「俺の体感だ。信じなくていい。でも、今は試す価値ある」


 悠斗は息を吸って、吐いて、もう一度吸った。


 そして、棒読みで言った。


「……女神様……すばらしい……」


 言った瞬間、肩の震えが少し落ち着いた。


 悠斗が目を見開く。


「……え……いま……」


「止まっただろ」


「……止まった……」


 悠斗は自分の喉に触れて、信じられない顔をした。


 マリナが青い顔で呟く。


「そんな……祈りが……そんな雑に……」


 エレナが淡々と返す。


「雑ではありません。手順です」


 ユーリが端から一言だけ投げた。


「脳のノイズ処理。反芻で収束している。合理」


 神殿の人間には許しがたい現実だろう。でも悠斗にとっては、救命具だ。


 俺は悠斗にだけ小さく言った。


「“祈る”必要はない。棒読みでいい。体が勝手に動くのを止めるための道具だ」


 悠斗は、ゆっくり頷いた。


「……わかった……」


 少し沈黙が落ちた。


 悠斗が、ぽつりと言う。


「……俺……学校……行く途中だった……」


「うん」


「駅……階段……上って……光って……起きたら……神殿……」


 ここまで話すだけで苦しいはずなのに、悠斗は言葉を繋いだ。誰かに聞いてほしかったんだろう。


「……『勇者だ』って……言われて……『魔王を倒せ』って……」


 喉が詰まりかける。痛みが来る前に、俺は言い換える。


「倒せって“言われた”な」


 悠斗が頷く。頷ける形に変えると、苦しみが減る。


「……戻れるって……それだけ……」


 戻れる。


 それは、レオンも同じことを叫んでいた。型がある。型に押し込まれている。


「……断ったら……頭が割れそうで……吐いて……」


 悠斗の指が、毛布を握り締める。


 俺は淡々と続けた。


「だから、断れなかった」


 悠斗は涙を堪える顔で頷いた。


「……うん……」


 俺は、そのまま事実を一つだけ渡す。


「ここでは、今すぐ戦わせない。紙で止める」


 悠斗の目が、少しだけ強くなる。


「……紙……」


「うん。書類」


「……意味……あるの……?」


 ある。あるけど、万能じゃない。そこは嘘をつかない。


「万能じゃない。でも、剣より遅くても、長く効く」


 悠斗は少しだけ目を閉じた。


「……帰りたい……」


「帰り方は探す」


 俺はすぐに付け足した。


「ただ、“魔王を殺すしかない”って言われたなら、それは誰かの都合かもしれない。少なくとも今の君は、休むのが先だ」


 悠斗の呼吸が、少しずつ深くなる。


 そのタイミングで、ナディアが毛布を整えた。


「今は寝て。ここは守ります」


 悠斗が小さく「……ありがとう」と言って、瞼を閉じた。


 眠りは浅い。でも、落ちた。


 俺は椅子から立って、救護所の外へ出た。中の空気を乱したくない。


 布の外は冷えている。礼拝堂の賛歌は、相変わらず流れている。腹立たしいくらい綺麗な声だ。


 その近くで、低い話し声が聞こえた。


 トルストンと、神殿騎士の声。


「……“比較対象”は回復したら王都へ搬送する」


「救護所の枠では拘束禁止です」


「拘束ではない。医療搬送だ。名目は作れる」


 名目は作れる。


 それが一番厄介だ。


 さらに、別の声が混じる。フェリクスだ。


「監察官殿、それは……救護所の合意に反します。本人確認も、まだ――」


「黙れ。現地担当が口を出すな。責任は王都が取る」


 責任は王都が取る。


 つまり、現場が燃える。


 俺は息を吸って、吐いた。


 録音札は使わない。今は女神じゃなく、仕事の呼吸だ。


 救護所の布の向こうで、悠斗が寝ている。


 今夜のうちに、王都は“医療搬送”という新しい枠を持ち込んでくる。


 なら、こちらは先にその枠を潰す。


 紙で。


 旗の内側で。


 弾倉を閉じる手順で。


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