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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多


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第2話 魔王直轄、異界勇者特命官

 ヴァルに案内されて通された部屋は、神殿というより会議室だった。


 広い机。椅子。壁には地図。地図の上には赤い糸のような線が走っていて、境界や補給路らしいものが見える。


 俺が座ると、壁際の装置がまた鳴いた。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 止めるな、と言われたのを思い出して黙っていると、ヴァルが言う。


「耳障りだろう。わしもそう思う。だが、止めると余計に面倒が起きる」


「面倒って、何ですか」


 ヴァルは指でこめかみを軽く叩いた。


「頭の中で、声が鳴る」


 その瞬間、俺の頭の奥で誰かが囁いた。


 女神様は偉大だ。女神様は素晴らしい。崇めよ。


 心臓が縮んだ。


 幻聴というより、広告だ。スキップできないタイプの。


「……今、聞こえました」


「だろう。これも手続き不足の警告だ。音で流しておけば弱まる。中身ではない。形式だ」


 俺は机を見つめた。現実がどんどん変な方向に固まっていく。


「それ、つまり……女神はちゃんと見てない?」


「昔は、見ていたらしい。今は、仕組みが回っているだけだ」


 ヴァルは淡々と言った。


「だから、我々は仕組みを使う。祈りは呪文と同じだ。必要な言葉と工程があればいい」


 俺は、笑うべきか震えるべきか分からなくなった。


「……それで、契約の話です」


 話題を戻す。ここで逸れると飲み込まれる。


 ヴァルが頷く。


「望む条件を言え。わしが飲めるものなら飲む」


 俺は息を整えた。交渉は、相手の目的を確認してからだ。


「まず情報開示。人間国との戦況、勇者が来る周期、戦争の目的、あなたの制約。次に権限。交渉と契約を結ぶ権限が必要です。あと、帰還については“王を倒す”以外も含めて探索することを条項に入れたい」


 ヴァルは、即答しなかった。


 だが拒絶もしない。


「……権限は与える。ただし、法が要る」


「法?」


「我が国には、魔宰五卿がいる。軍務、財務、諜報、研究医療、法務。法務卿は特に厄介だ。厳しい。わしより厳しい」


 魔王より厳しい法務。


 嫌な予感しかしない。


「その会議に、出てもらう。お主の立場を定める必要がある」


 ヴァルは机の引き出しから、薄い板を取り出した。金属でも紙でもない。表面が微かに光る。


「これは何ですか」


「解析端末だ。魔王側とはいえ、お主は勇者だ。女神から転生特典がつく。

 お主の“付与”を調べる。個人で楽しむがいい、と言いたいところだが、今は仕事だ」


 板に触れた瞬間、視界の端に文字が浮かんだ。


 久我幹人ミキト

 状態:良好

 付与:言語統合/軽度治癒/基礎強化

 特性:合意拘束(未登録)


 未登録、という表示が一番嫌だった。


「……合意拘束?」


 ヴァルが小さく頷く。


「契約に向いた力だ。女神が“お主の素質”に合わせて付けたのだろう。偶然にしては出来過ぎている」


 俺は板を置いた。


「偶然、って……」


「女神は、たぶん忙しい。あるいは飽きている」


 ヴァルが淡々と言うのが、逆に怖い。


「ミキト。お主は魔王軍初の勇者だ。唯一無二の札になる。だが札は切り方を間違えると燃える」


 俺は頷いた。


「燃やさないために、契約で縛るんでしょう」


 ヴァルの口元が、また少しだけ緩む。


「そうだ。魔王直轄として扱う。まずは特命官。成果が出れば、また考えよう。

 一人加えて魔宰六卿にしてもいい。」


 魔宰六卿。


 部署追加みたいに言うな、と突っ込みかけて飲み込む。


 その瞬間、また頭の奥で声が鳴った。


 女神様は素晴らしい。女神様は――


 俺は反射的に口を開いていた。


「女神様すばらしいですね」


 自分でも驚くほど棒読みだった。


 しかし、声はすっと弱まった。


 ヴァルが静かに言う。


「それでいい。音だ。心は要らぬ」


 この世界の神は、心より音に弱い。


 俺は深く息を吐いた。


 帰りたい。でも帰るには、ここで生き残り、仕事をしなきゃいけない。


 ヴァルが立ち上がる。


「魔宰会議へ行く。そこで、お主の席を決める」


 俺も立った。


「……行きましょう。仕事です」


 機械の声が、同じ調子で背中を押した。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」



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