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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多
第1章 土下座からはじまる異世界転移 

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第18話 落とし物は武器になる

 城へ戻ってから、俺は誰にも見られないように部屋へ直行した。


 手の中にある透明なカードが、やけに重い。


 机に置いて、灯りの下でそっと裏返す。


 学生証。


 写真の中の顔は、まだ幼い。目が笑っていない。制服の襟が、見覚えのある形をしている。


 名前の欄に、漢字が並んでいた。


 俺は声に出さずに、口の中だけで読んだ。


(……あおい、じゃない。そうた、か)


 学年。生年月日。学校名は見たことがない地方のものだった。けど、それは関係ない。


 ここが日本じゃないことが、関係ない。


 胸の奥に、嫌な熱が溜まる。


 壁際の装置が淡々と鳴く。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 その音が、今日はやけに腹立たしい。


 頭の奥がざわつきかけたので、録音札を押した。


「女神様すばらしい」


 棒読みの声が鳴って、ノイズが少し引く。


 続けて、もう一つ。


「ヴァルは無駄飯食らい」


 ……落ち着くのが最悪だ。


 俺は学生証を布で包み、鍵箱の中に入れようとして、手を止めた。


 鍵箱は薄い。盗めば盗める。壊せば壊せる。


 このカードは、カードそのものよりも「存在」が危険だ。


 ここで扉が軽く叩かれた。


「ミキトくん、いる?」


 諜報卿セラの声だった。


「入って」


 影みたいに入ってきたセラは、俺の顔を見た瞬間に笑わなくなった。楽しい話をしに来た顔じゃない。


「拾ったんだね」


 俺は頷いて、布をほどき、学生証を机の上に置いた。


 セラは覗き込み、息を吸う。


「……うわ。これは、王宮が一番嫌う“落とし物”だ」


「俺も嫌です」


「でも、強いよ」


 セラが指先でカードの角をつつく。触れ方が軽いのに、目だけが真剣だ。


「これがあると、『王都の監察官は何を持ち込んだのか』って話ができる。できちゃうのが怖いけど」


 俺は即答した。


「話をする前に、保全したい。これ、俺の部屋に置いておくのは危ない」


「同意。法務卿に預けよう。封印と写し。証拠の扱いは、あの人が一番硬い」


 証拠、という単語が異世界で出るのがもう笑えない。


「今から行けますか」


「行ける。影で案内する」


 セラが手を振ると、部屋の隅の影が少し濃くなる。気持ち悪いけど便利だ。


 俺は学生証を布に包み、胸の内側にしまった。


 ――


 法務卿アシュの部屋は、いつ来ても空気が固い。


 扉を開けた瞬間、紙とインクじゃない匂いがする。条文の匂いだ。


 アシュは机に向かっていたが、顔を上げずに言った。


「来たな。何を拾った」


「学生証です」


 俺が布包みを机の上に置くと、アシュはようやく視線を落とした。


 布をほどいた瞬間、アシュの目が一段だけ鋭くなる。


「……異界の身分証」


「俺だけじゃない、ってことです」


「だろうな」


 アシュはカードに触れないまま、指を鳴らした。


 黒い薄板が机の上に広がり、その上に細い文字が走る。何かの記録だ。俺でも読める形に整えられていく。


「証拠保全」


 アシュが淡々と言う。


「拾得日時、場所、拾得者、立会人。口頭で言え」


 俺は一瞬だけ目を瞬いた。


 法務卿、仕事が早い。早すぎる。


「昨日の国境、会談終了後、人間側が撤収する際。机の近くで拾いました。拾得者は俺。立会は軍務卿グランと……セラ」


「よい」


 アシュはカードを薄い黒布で包み、さらに小さな箱に入れた。箱には鍵穴がない。鍵穴がないのに、閉めると二度と開きそうにない。


「原本は私が保管する」


「写しは作れますか」


「作る」


 アシュは指先を箱に触れ、短く呟いた。文字が浮かび、すぐ別の薄板に転写される。


 写真まで、ほぼ同じ質感で写っている。


 ただし、名前の欄だけが黒く塗り潰されていた。


「……名前は?」


 俺が聞くと、アシュが目だけ動かした。


「不用意に扱うな。名は契約の入口になることがある。お前は特に、祝福と契約が重なっている。危険だ」


 セラが小声で言った。


「同族嫌悪だね」


「黙れ」


 アシュが即座に切る。


 俺は写しを受け取った。


「じゃあ、どう使う」


 アシュが言った。


「使う前に、守る。窓口を潰される」


「フェリクスが危ない」


「そうだ。王宮は“誰が漏らしたか”を探す。まず神殿を締める」


 セラが頷いた。


「うん。締める。たぶん今日中に締める」


 俺は胸の奥の熱を、いったん飲み込んだ。


 ここで怒って突っ込んだら、あの子を救う前にフェリクスが消える。


 救う順番を間違えるな。


「なら、先に窓口から“仕事”を出します」


 俺が言うと、アシュが目を細める。


「続けろ」


「フェリクスに、“落とし物”として返す。その上で、本人確認を国境の枠内で要求する。つまり、確認手順を逆手に取って、あの子に会う」


 セラが口角を上げた。


「いいね。“返す”は正義っぽいから止めにくい」


 アシュが淡々と言う。


「返す相手を間違えるな。王宮に渡せば握り潰される。神殿にも渡すな。現地担当の手で受領させろ」


「フェリクス本人に渡す」


「その受領の証拠も取れ」


「当然」


 セラが軽く手を挙げた。


「届けるのは任せて。表で届けて、受領証も取る。ついでに、フェリクスの顔色も見てくる」


「顔色が悪いのはデフォルトですけどね」


「それでも分かるよ。死にそうなやつは、もっと死にそう」


 笑い話じゃないのに、笑い方が軽いのがセラだ。


 アシュが写しの薄板を指で叩いた。


「文章も用意しろ。“落とし物の返還”と、“本人確認の手順”だ。善意の形を取れ。相手が断ると罪になるように」


「分かりました」


 俺が頷くと、アシュは短く言った。


「もう一つ」


「何ですか」


「お前が感情で動くと、向こうの物語に乗る。『可哀想な少年を救う背教の勇者』だ。そうなると、次はお前が象徴になる」


 胃が冷えた。


 正しい。救いたい気持ちは本物だ。でも本物ほど利用される。


 俺は息を吸って、吐いた。


「救い方を、紙にします」


「それでいい」


 アシュは箱を棚の奥へしまい、鍵のない扉を閉めた。


 ――


 部屋へ戻る途中、セラが俺の横で言った。


「ミキトくん。さっき見えたカード、学校名までちゃんとあったでしょ」


「ありました」


「なら、向こうも隠しきれてない。たぶん慌ててる」


 慌ててるのは、子どもを弾にする側だ。


 俺は苦く笑った。


「慌てるくらいなら、最初からやるなって話ですよ」


「正しい。でも正しさで戦争は止まらない」


 セラはさらっと言う。


「止まるのは、損と面子と手順。つまり紙」


 この世界、ほんとに紙が強い。


 自室へ戻ると、すぐ返還文と本人確認手順の文面を作った。


 落とし物の返還。誤解の防止。未成年らしき召喚者の健康安全。国境の枠内での確認。拘束なし。追撃なし。立会人は前回と同じ。記録は同文で署名。


 書き終えた瞬間、頭の奥がむずっとした。


 礼拝堂が来てから、ノイズが出やすい。


 録音札を押す。


「女神様すばらしい」


 落ち着く。腹立つ。


 封をして、セラに渡した。


「お願いします」


「任せて」


 セラはそれを受け取り、影みたいに消えた。


 俺は椅子に座り、指先を握ったり開いたりした。


 落とし物は武器になる。


 でも武器にした時点で、落とし主は傷つく。


 だから今日は、武器じゃなく――入口にする。


 あの子と話す入口。


 弾になる前に、話す入口。


 壁際の装置が淡々と鳴く。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 その声を聞きながら、俺は机に額をつけた。


 次に欲しいのは勝利じゃない。


 返事だ。


 生きている返事。


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