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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多


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第14話 寿命の見積もり


 国境から戻った直後、俺は真っ直ぐ研究医療区画に連行された。


「連行じゃない。検査」


 研究医療卿ユーリが淡々と言う。言い方の問題だ。実態は連行である。


 処置室に入った瞬間、薬草の匂いが鼻を刺した。ここだけは、戦争の外側に近い匂いがする。近いだけで外ではないけど。


「座って。動くな」


 ユーリが机の上に、小さな透明板を置いた。石でも金属でもない、氷みたいに冷たい板だ。


「さっきの聖具で、反応が出た」


「出ましたね。頭の中がうるさくなって」


 言い終える前に、喉の奥がむずっとする。


 女神様は――


 俺は机の引き出しから録音札を出して押した。


「女神様すばらしい」


 棒読みの音が鳴り、頭の奥のノイズが一段下がる。慣れてきたのが腹立つ。


 ユーリは一切笑わずに頷いた。


「うん。今の反射は良い。だが問題はそこじゃない」


 透明板が、淡く光った。文字が浮かぶ。俺の目にも読める程度に、分かりやすい単語で。


 祝福層:有

 干渉層:有

 摩耗:進行中


「摩耗?」


 ユーリが指先で板を叩く。


「勇者の祝福は、使えば減る。減り方が普通じゃない。お前、今日、無意識に抵抗しただろう」


「抵抗……?」


「聖具が“引いた”時、祝福が反応して、お前の身体がそれに合わせてしまう。合わせた分だけ削れる」


 俺は背中が冷えた。


 聖別官エレナが言っていた。放置すると摩耗する。自覚がないまま戦うと寿命から削れる、と。


「……寿命って、どれくらい」


 ユーリは即答しなかった。代わりに、板の端を指でなぞる。


「今は見積もれない。情報が足りない」


 そこで、淡々と続けた。


「だが、確実に言える。王都に行けば減る」


「え」


「魔王から離れる。お前の基礎強化が落ちる。代わりに祝福側の干渉が強くなる。今日の“確認”が毎日になる」


 胃が沈んだ。確かに、あの聖具の光は、身体の奥を引っ張った。慣れたくない引力だ。


 ユーリが机の上に別の板を置いた。今度は脈拍みたいな線が走っている。


「この線が、祝福の揺れ。こっちが、お前の契約層」


 契約層、と言われて思い出す。合意拘束。アシュが言った“剣”だ。


「祝福の上に契約が乗ってるの、悪いことですか」


「悪いとも良いとも言えない」


 ユーリは言葉を選ばない。選ばないのに冷静だ。


「守りになる。だが摩擦が増える。摩擦は熱になる。熱は事故になる」


 ……事故。


 国境での暴発。女神ノイズ。余計な熱。全部繋がっていくのが嫌だ。


 扉がノックされて、ナディアが入ってきた。


「ミキト様、処置の時間です」


 サキュバス医療官ナディアは相変わらず真面目な顔をしている。真面目すぎて、逆に安心する。


 ユーリが手を止めずに言った。


「今日の聖具反応で、余計な熱が増える。処置は優先」


 ナディアが頷く。


「分かりました。……ミキト様、手を」


 ナディアの指が俺の手首に触れた瞬間、胸の奥に溜まっていた焦りがすっと引いた。熱が抜ける。呼吸が深くなる。


 俺は思わず息を吐く。


「助かります」


「こちらもです」


 ナディアも小さく息を吐いた。頬に少しだけ血が戻る。


 ユーリが、板の文字を見ながら続ける。


「いいか、ミキト。お前が王都に行くなら、準備が要る。睡眠。栄養。処置。賛歌の自動化。逆らいログの定期化」


「逆らいログって……」


 ナディアが小声で言った。


「悪口、ですね」


「そう」


 ユーリが平然と言う。


「心は要らない。手順だ。守れ」


 この世界、どこまで手順で殴ってくるんだ。


 そこへ、今度は重い気配が近づいた。


 扉が開く前から分かる。威圧が先に来る。


 ヴァルが入ってきた。


 魔王は、ここでは肩を落としているように見えた。見えるだけで、実際は常に巨大な圧があるのに。


「ミキト」


「ヴァル」


 俺が呼ぶと、ナディアが一瞬だけびくっとする。魔王の気配は、医療区画でも慣れないらしい。


 ヴァルはユーリを見る。


「どうだ」


「王都行きは危険。摩耗が加速する」


 ユーリは遠慮がない。魔王にもない。嫌いじゃない。


 ヴァルが低く息を吐く。


「やはりな。王都に呼びたいのは、こちらから切り離すためだ」


 俺も同じ結論に達していた。


 王都で正式審問。聞こえはいい。実態は拘束の入口。


 俺は言った。


「行きません。少なくとも、向こうの土俵では」


 ヴァルの目が細くなる。


「代案は」


「旗の内側でやります。王都の審問じゃなくて、国境での合同確認。相手が欲しいのは確証です。確証は、ここでも取れる」


 ユーリが頷く。


「良い。ここなら私も測れる」


 ナディアが小さく言う。


「ここなら、処置も間に合います」


 ヴァルが少しだけ黙ってから、低く笑った。


「……お主らしい。相手の物語に乗らず、枠を作る」


 俺は続けた。


「その代わり、こちらも譲る。捕虜交換を先に進める。回収路を“慣例”にする。王宮が壊しづらい形にする」


 ヴァルが頷きかけたところで、処置室の外が少し騒がしくなった。


 ゾルドの声が聞こえる。


「失礼します! 法務卿より伝言です!」


 扉の隙間から、ゾルドが顔だけ出した。


「王都監察官が、“次は王都で”と正式文書を出したと。署名は王印。期限付きです!」


 期限付き。来た。


 ヴァルがゾルドに短く言う。


「受領はする。従うとは言っていない」


 ゾルドが頷いて去る。


 ヴァルは俺を見る。


「期限がある。こちらも期限を切る。返書を出す」


「はい。返書は俺が起案します」


 言った瞬間、ユーリが机を叩いた。


「徹夜はするな」


「しません」


 即答した。


 すると、ナディアが真顔で追撃する。


「睡眠は守ってください。摩耗が進みます」


「守ります」


 守ると言って守れた試しがないのが怖いが、守らないと本当に削れる。


 ヴァルが静かに言った。


「ミキト。王都は危険だ。だが、逃げれば“背教”の物語が固まる」


「分かってます」


 俺は頷いた。


「だから逃げません。枠を移します。王都の枠じゃなく、国境の枠に引きずり出す」


 ヴァルが小さく笑う。


「よい。では、紙を用意しろ。旗の内側を増やせ」


 処置が終わり、ナディアが一礼する。


「ミキト様、次回も同じ時間で。……生きて戻ってください」


「戻ります」


 ユーリが板を片付けながら言った。


「寿命の見積もりは、次のデータで出す。出たら守れ。守らないなら意味がない」


 俺は苦笑した。


「出たら、守ります」


 装置の声が遠くで聞こえる。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 背教の勇者という呼び名は、消えない。


 でも、寿命が削れる仕様まで付いてくるのは勘弁してほしい。


 俺は外へ出て、息を吸った。


 次の戦いは剣じゃない。


 期限付きの文書と、返書の文言だ。


 紙で勝てるかどうか――ここが本当の勝負どころだった。


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