表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/16

第11話 先に紙を置く


 背教の勇者。


 呼び名を聞いた瞬間から、頭の中でそれが勝手に増殖していく。


 便利なラベルほど怖い。貼った側は楽になる。相手の事情を考えなくて済むからだ。


 俺は机に向かって、捕虜交換の草案を書き直していた。


 回収路みたいに、旗の内側で完結する小さな合意。派手な和平は要らない。まずは死体と負傷者と捕虜を減らす。減れば、戦争を続ける“旨味”が削れる。


 壁際の装置が、相変わらず淡々と鳴っている。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 いらない。けど必要。最悪の関係。


 扉が、軽く叩かれた。


「入るよ」


 諜報卿セラが、勝手知ったる感じで入ってきた。手には薄い札が何枚か。


「追記。王都の監察官、名前が出た」


 机の上に札を滑らせる。影文字が浮かんで消える。


「監察官トルストン。王の側の人」


「王の側、ってことは……」


「神殿が嫌い。数字が好き。功績が好き」


 最悪な三点セットだ。


 セラは肩をすくめる。


「聖別官の方は、名前はまだ。でも古神殿筋。ルーカスの上司かもしれない」


 古神殿筋、という言い方が妙に生々しい。


 俺は草案の端に、短くメモした。


 監察官=王権

 聖別官=古神殿

 狙い=窓口奪取+ミキト回収


「来るの、いつですか」


「予定は三日後。……でも、早まる」


 セラの言い方が、断定に近い。


 俺は筆を止めた。


「根拠は?」


「焦ってる。背教の勇者ってラベル、貼った瞬間に動かないと意味がないから」


 セラはにこっと笑った。


「噂って、鮮度が命でしょ?」


 笑って言うな。


 俺は紙束を揃えた。


「じゃあ、先にこちらの紙を通す。捕虜交換の合意と、“窓口の固定”」


「法務卿呼ぶ?」


「呼びます」


 セラが指を鳴らした。


「じゃ、連れてくる。逃げないでね、ミキトくん」


 逃げる気なんてない。逃げても詰む。


 数分後、扉が二回だけ叩かれて、法務卿アシュが入ってきた。気配が重くなる。部屋が狭くなったみたいだ。


「草案を見せろ」


 セラが机の端に寄り、俺は紙束を差し出した。


 アシュは目を走らせる。読む速度が、いちいち腹立つくらい速い。


「捕虜交換。回収路の延長。悪くない」


 褒めたわけではない。評価の音がそれだった。


 俺は要点だけ言った。


「王宮が窓口を奪う前に、合意を“慣例”にしたい。署名者固定の条項も入れたいです」


 アシュは紙の余白に筆を入れながら言った。


「署名者固定だけでは弱い。相手は“権限がなかった”と言って破る」


「じゃあ、どうすれば」


「相手が破れない形にする。面子だ」


 アシュが淡々と続ける。


「神殿の慈善事業として成立させろ。王が反対すると『負傷者を見捨てた』になる。神殿が引くと『女神の慈悲を捨てた』になる。引けない枠を作れ」


 なるほど、としか言えない。嫌なほど現実だ。


 セラが楽しそうに頷く。


「いいねえ。逃げ道を塞ぐやつ」


「塞ぐな。誘導だ」


 アシュがセラにだけ冷たく返す。セラは笑って引いた。


 俺はもう一つ、言いづらいところを出した。


「それと……俺の扱いです。向こうが“背教の勇者”で回収に来る。ここを合意の中で縛れませんか」


 アシュの視線が一瞬だけ鋭くなる。


「お前を守る条項は入れられる。ただし条件がある」


「何ですか」


「相手も守れ」


 即答だった。


「交渉人の安全条項は双方に適用する。そうでないと“自分だけ守れ”に見える。お前の護りが、次の刺し口になる」


 俺は頷いた。


「分かりました。相互保護にします。交渉人の拘束禁止、危害禁止、旗の内側での逮捕行為禁止」


「良い」


 アシュが紙の端に短く条文を書き足していく。


 その間に、セラが俺の耳元で囁いた。


「ね、法務卿、優しいでしょ」


「優しくはないです」


「正しいだけだよね」


 それが一番怖いんだよ、と言いかけて飲み込む。


 アシュが筆を置いた。


「これで骨格はできた。次は財務だ。相手の監察官は数字で殴ってくる」


 噂をすれば、財務卿の顔が浮かぶ。殴られる前に殴り返す準備をしろ、ということだ。


 俺たちは財務卿リリアの執務室へ向かった。


 入るなり、リリアは紙束を見てため息をついた。


「増えたわね。紙が」


「増やしてます。窓口を増やすために」


「で、いくら得するの?」


 前置きなし。好きだ。怖いけど。


 俺は草案の一番上に、簡単な見積もりを書いた。


「捕虜一人を維持するコスト。食料、見張り、治療。これが片道です。交換できれば、維持が減る。さらに訓練済み兵の損失も減る」


 リリアが紙を指でなぞる。


「数字が粗い」


「はい。でも方向は合ってます。ここから精緻化します」


「精緻化は財務の仕事。あなたは“相手が飲む数字”を出しなさい」


 リリアは紙に二本線を引いた。


「王宮の監察官は、兵の維持費と戦費を嫌う。そこを突く。神殿は“慈善の成果”が欲しい。そこを立てる。両方に同時に利がある形にしなさい」


 言いながら、リリアはさらっと言った。


「あと、あなたは回収されると困る。だから“交渉人保護”は必要。そこは上手く隠しなさい」


「隠す、というか……」


「包むのよ。布で包む。布は条文」


 財務卿の比喩が妙に上手い。


 リリアが紙束を返してきた。


「承認。予算は出す。ただし条件」


「条件?」


「捕虜交換が成立したら、戦費の見える化。軍務卿の“嫌がらせ”にどれだけ効率があるか、ちゃんと数字で出して」


 軍務卿に喧嘩を売ってるのか、協力を求めてるのか分からない。


 分からないが、どっちでもいい。数字が出れば終わる話だ。


 俺は頷いた。


「やります」


 執務室を出ると、セラがにこにこしていた。


「順調だね」


「順調って言うと壊れます」


「じゃあ“まだ壊れてない”」


 その言い方も嫌だ。


 俺たちは最後に、ヴァルのところへ寄った。


 ヴァルは地図の前で腕を組んでいた。見ただけで胃が縮む威圧があるのに、顔は疲れている。


「紙はできたか」


「骨格は。法務卿が条文を固めました。財務卿の承認も取れました。あとは――人間側の窓口に投げます」


 ヴァルが頷く。


「フェリクスか」


「はい。彼に“先に紙を持たせる”。王宮の紙より早く」


 ヴァルはしばらく黙っていたが、低く言った。


「お主が回収される、という話。……嫌だな」


 嫌だ、と言う魔王は初めて見た。


 俺は返した。


「俺も嫌です。だから回収される前に、回収路を増やします」


 ヴァルが小さく笑った。笑うと威圧が少しだけ和らぐのが腹立つ。


「頼む」


 セラがひらりと手を挙げた。


「届けるのは任せて。表からも裏からも行ける」


 アシュが短く言う。


「余計な情報は渡すな。相手に材料を与えるな」


「うん。必要な紙だけ」


 セラは笑った。


 その場で、俺はフェリクス宛の文面を書き切った。


 回収路の成功。捕虜交換の提案。神殿の慈善としての枠。署名者固定。監督役の変更には双方同意が必要――そして、交渉人の相互保護。


 最後の一行にだけ、ほんの少しだけ圧を込める。


 次に来る監察官と聖別官は、合意書を壊しに来る。なら、壊せば“慈善を壊した”ことにする。


 紙は武器だ。たぶん、本当に。


 セラがそれを受け取り、指で軽く弾いた。


「じゃ、行ってくる。戻ったら面白いことになってるかも」


「面白くしないでください」


「無理だよ。向こうが面白がってる」


 言い残して、セラは影みたいに消えた。


 その瞬間、頭の奥がちくりとした。


 いつものノイズだ。


 俺は机の引き出しを開け、小さな札を取り出した。アシュがさっき無言で置いていったやつだ。録音札。押すと、機械みたいな声で決まった文句を言う。


 俺は札を押した。


「女神様すばらしい」


 棒読みの音が鳴って、頭の中が静かになる。


 口で言わなくていいだけで、だいぶ救われる。救われるのが悔しい。


 ヴァルが地図を見たまま言った。


「次の国境は、戦場ではない。書面の戦場だ」


「いつもより怖いですね」


「怖い方が、生き残る」


 たしかに。慢心した瞬間に死ぬ世界だ。


 そのとき、扉が勢いよく開いた。


 ゾルドが飛び込んでくる。息が上がっている。嫌な報告の顔だ。


「軍務卿より急報! 国境に……王都の監察官一行が到着しました!」


 早い。三日後じゃない。今日だ。


 ゾルドが続ける。


「それと――聖別官も同席しています。白い外套。聖具を持ち、“背教の勇者”の引き渡しを要求しています!」


 部屋の空気が、一段冷えた。


 ヴァルの威圧が、はっきり濃くなる。


 俺は一度だけ息を吸って、吐いた。


 先に紙は置いた。


 置いた、はずだ。


 間に合ったかどうかは――これから分かる。


「……行きます」


 俺が言うと、ヴァルが頷いた。


「行け。ミキト」


 戦場より怖い旗の内側へ、また行くことになった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ