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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多


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第10話 呼び名は刃物


 回収が終わって城へ戻るまで、俺はずっと考えていた。


 レオンはまた来た。しかも回収の最中に前へ出てきた。鉄砲玉のくせに、わざわざ名乗って、わざわざ決闘を叫ぶ。


 笑える。笑えるはずなのに、笑うと胸が冷える。


 あれは本人の性格じゃない。仕様だ。


 ――問題は、そこじゃない。


 回収の終わり際、フェリクスの横にいたエルフの青年、ルーカス。


 あいつの視線が、変だった。


 俺に向ける目が、魔族への警戒とも違う。人間への親近感とも違う。もっと“分類”の目だった。


 城へ戻った途端、諜報卿セラが俺の部屋に来た。


 ノックは軽い。入ってくる気配は軽い。持ってくる話は、だいたい重い。


「ミキトくん、起きてる?」


「起きてます。……嫌な予感しかしませんけど」


 セラは笑って、机の上に小さな黒い札を置いた。


 札というより、影を縫い付けたメモだ。触れると、冷たい。


「王都の音、持ってきた」


「音?」


「うん。会議の音。録れた」


 セラは指先を鳴らした。


 札の表面に、細い糸みたいな文字が浮かぶ。次の瞬間、部屋の空気が変わった。


 声が流れた。


 男の声。落ち着いているが、上に立つ人間の声だ。


『……報告は以上か、フェリクス』


 フェリクスの声が、少し硬い。


『はい。回収路は成立しました。魔族側は条文を用い、監督役を立て、越境を禁じました。違反はありません』


『では、問題は何だ』


 一拍。


『魔王側の監督役の隣に、人間がいました』


 空気が冷える。


 別の声。神殿っぽい、芝居がかった低音。


『人間? 捕虜か』


『いいえ。捕虜ではありません。自分で名を名乗り、交渉を主導していました。魔王直轄の特命官、と』


『……魔族に取り込まれた人間か』


 フェリクスが息を吸う。


『それだけなら、私も“変わった亡命者”として処理しました。しかし――』


 紙をめくる音。


『私の携帯聖具が反応しました』


 俺は思わずセラを見た。


「携帯聖具って」


 セラが小声で答える。


「古神殿の道具。祝福の残り香を拾うやつ」


 録音は続く。


『回収路の合意書を開いた時、胸元の聖具が熱を持ちました。……あれは、勇者召喚の場でしか鳴らない反応です』


 別の男の声が苛立つ。


『確証は? 神殿の道具が古いだけではないのか』


『確証を取りました。彼が名乗った瞬間、反応が強まりました。勇者の祝福紋と同じ波形です』


 神殿の声が、低く笑う。


『なるほど。ならば話は簡単だ。魔王は勇者を奪った』


『奪った……?』


『奪った。あるいは、堕ちた。いずれにせよ――女神に背いた勇者だ』


 その言葉を聞いた瞬間、背中がぞくりとした。


 背教。裏切り。罪のラベル。


 王宮の声が続く。


『“背教の勇者”……いい呼び名だ。国民にも分かりやすい。神殿は、それでよいか』


 神殿の声が即答する。


『ええ。勇者が横暴になるのも、勇者が短命になるのも、“魔王の誘惑”のせいにできる。筋が立ちます』


 筋。筋って言ったな、今。


 現実の筋じゃない。物語の筋だ。便利な筋だ。


 フェリクスの声が、わずかに揺れる。


『……しかし、あの男は、ただの交渉人に見えました。むしろ死者を減らす方へ――』


 王宮の声が被せた。


『死者を減らす? だから危険だ。窓口ができる。窓口は、神殿の成果になる。王の成果にならない』


 セラが小声で笑う。


「言っちゃったね」


 録音の中の神殿が言う。


『王都から監察官を出しましょう。窓口を王の手に戻す。その上で背教勇者は回収する。……回収できないなら、“浄化”だ』


 別の声が、淡々と宣言した。


『聖別官を同席させよ。女神の名で処理する』


 ここで音が途切れた。


 セラが指を弾くと、札はただの黒いメモに戻った。


 部屋の中が静かになって、壁際の装置の声だけが浮く。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 俺は、ゆっくり息を吐いた。


 理解した。


 バレたのは、誰かの目撃談だけじゃない。


 古神殿の道具が反応した。レオンが何か言った可能性もある。二つ以上の情報が揃って、王宮と神殿が“使える形”に加工した。


 そして、その加工品の名前が“背教の勇者”。


「……俺、まだ人間側で“勇者”として名乗ってないですよね」


 俺が言うと、セラが肩をすくめた。


「名乗る必要ないよ。向こうが勝手に決めるから」


 それが一番嫌だ。


 ラベルは剣より速い。貼った瞬間に、殺していい理由ができる。


 頭の奥がむずっとした。賛歌が立ち上がりかける。


 俺は反射で小声を出した。


「……女神様すばらしい」


 ノイズが引く。


 ついでに、もう一つ。


「ヴァルの会議は長い」


 さらに静かになる。


 業務にしか見えない自分が嫌になるが、今はそれどころじゃない。


「セラ。フェリクスは、俺を売ったんですか」


「売った、ってほど単純じゃない」


 セラは指先で机をなぞる。


「彼、最後に止めようとしたでしょ。『交渉人に見えた』って。でも、王宮と神殿の上の人たちは、窓口が嫌い。話が進むから」


 俺は頷いた。


「監察官と聖別官が来る」


「来る。しかも“回収路の監督役”として、正面から」


 セラの笑顔が少し薄くなった。


「次からは、旗の内側が戦場より怖いよ。ルールを変えるために来るから」


 俺は机に両手を置いた。


 考える。ここで慌てたら終わりだ。


 向こうは“背教の勇者”という言葉で俺を固定しに来る。ならこちらは、固定される前に別の枠を作るしかない。


「……先に、こっちから枠を作ります」


「どうやって?」


 セラが楽しそうに聞く。


 俺は短く答えた。


「書面です。捕虜交換の合意書を、回収路と同じように“慣例”にする。窓口を増やして、誰か一人が壊せない形にする」


 セラがにやりと笑う。


「いいね。窓口を増やすと、壊すコストが上がる」


 俺は頷いた。


「あと、俺自身の扱いも条文で縛る。“勇者”じゃなくて“交渉人”として扱う合意を取る。王宮が勝手に定義を変えられないように」


 法務卿アシュが言いそうな発想だ。実際、必要だ。


 セラが立ち上がる。


「じゃあ、動こう。監察官と聖別官が来る前に、こっちの紙を先に通す。王都の紙より早く」


 俺は頷いて、筆を取った。


 背教の勇者。


 面白い呼び名だ。面白すぎる。だから危険だ。


 呼び名は刃物だ。


 なら俺は、刃物に紙で鞘を作る。


 この世界で生きるなら、それしかない。


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