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土下座から始まる魔王軍改革 〜魔王軍初の勇者は30代!?戦争は書類で止める〜  作者: 那由多
第1章 土下座からはじまる異世界転移 

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第1話 魔王のテンプレと土下座

那由多です。異世界転移、勇者と魔王の物語です。よろしくお願いします。

 

 通勤電車は、いつも通りだった。


 駅のホームに降りて、改札を抜けて、いつもの道を歩く。自販機の前で立ち止まりかけて、やめる。いつも通りの迷い、いつも通りの節約。


 それが、続くはずだった。


 足元が一瞬だけ白く光った。


 反射的に目をつぶって、次に目を開けた時、そこは外じゃなかった。


 石造りの床。柱。天井の高さが、現実の建物の感覚を軽く超えている。神殿と言われたら納得する雰囲気なのに、空気が生々しい。湿っていて、冷たい。


 目の前に、黒いフードをかぶった人物が立っていた。


 大きい。人間のサイズじゃない。


 立っているだけで、空間そのものが圧迫される。音が減る。上下が曖昧になる。目の焦点が合った瞬間、膝が勝手に緩みそうになった。


 汗が止まらない。心臓がうるさい。


 その人物が、ゆっくり近づいてくる。


 終わった。


 そう思った瞬間、相手は口を開いた。


「おお勇者よ、よくぞ現れた。我が国は人間国の侵攻により甚大な被害を受けている。

 人間国の王を倒せ。そうすれば元の世界へ戻る手段を、いや、世界の半分をお主に――」


 来た。テンプレだ。


 頭の片隅が妙に冷静で、そんな自分が腹立たしい。怖いのに、どこかで「このセリフ、魔王側だよな」と分類している。


 異世界転移。勇者。魔王。ここまで来たら、次は殺される。


 その巨体が動いた。


 俺は肩が跳ねた。目をつぶりかけた。


 しかし、次に起きたことは、想像と真逆だった。


 相手は、膝を折った。


 さらに腰を落として、頭を下げて、両手をそろえた。


 土下座だった。


「……この国を、助けてください」


 言葉が脳に届くのが遅れた。


 助けてください?


 俺が?


 勇者?


 土下座しているのが魔王で、頼まれているのが俺?


「……え、待ってください。いま、何が」


 声がひっくり返った。情けない。


 土下座したままの巨体が、静かに続ける。


「先に言っておく。さっきのは儀式だ。あれを言わぬと、面倒が起きる」


「儀式……?」


「話ができる者が必要だった。十代の勇者は、話が通じない」


 俺は、息を吸った。肺が冷たい。


 この状況で一番おかしいのは、俺が生きていることだ。二番目におかしいのは、魔王が敬語で頼み事をしていることだ。


 周囲を見回すと、祭壇の端に小さな装置が置かれていた。金属と石を組み合わせた、変に工業的な箱だ。


 そこから、単調な声が流れている。


「メガミサマアリガトウゴザイマス。メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 機械音声みたいに感情がない。ありがたがる気配が一切ない。なのに、途切れず繰り返している。


 俺は思わず口に出した。


「……それ、何ですか」


 魔王は土下座のまま、言った。


「安全装置だ。止めるな」


 安全装置。


 ありがたがる言葉が、安全装置。


 意味が分からないのに、分かりたくない気持ちだけははっきりしていた。関われば関わるほど、戻れないやつだ。


 魔王は、ゆっくりと顔を上げた。フードの影から覗く瞳が、こちらを正面から捉える。


「名はヴァルディス。……ヴァルでいい」


 ヴァル、と名乗った魔王は、俺を値踏みするような目では見ていない。必要な部品を探すような、切実な目だった。


久我幹人(くが みきと)


 名乗ってから気づく。俺は、相手の名前を聞く前に自分の名前を出してしまった。営業の癖だ。名刺交換の順番が、身体に染みている。


「ミキト。お主に頼みたいことは、人間国の王の暗殺ではない」


 俺は眉をひそめた。


「……さっき言ってましたよね。王を倒せって。」


「儀式だ」


 ヴァルは、ため息をついた。巨体のため息は、空気の温度を変える。


「この世界には、女神がいる。勇者は定期的に現れ、我が国を削る。殺しても終わらぬ。逃がしても戻ってくる。わしは……もう、若者を殺したくない」


 その声は、疲れていた。


 魔王というより、長い長い残業の末に判断が鈍った管理職みたいな疲労だ。


「だから、話ができる者を呼んだ。三十代で、学があり、現実が分かる者を」


 俺は唾を飲み込んだ。


 話ができる。現実が分かる。つまり――断れるのも、責任を負えるのも、俺だと見込まれている。


「助けてください、って……具体的には何を」


 ヴァルは土下座を解いた。立ち上がるだけで床が震える。


「勇者の仕組みを止めたい。戦争の仕組みも止めたい。そのために、我が軍を作り直す。人間国とも、交渉の余地を作る」


 交渉。


 俺の脳が、ようやく仕事の形を掴んだ。


 殺し合いではなく、交渉で止める。


 それは、できるかもしれない。


 ただし。


「……一つ、いいですか」


「言え」


「俺、帰れるんですか」


 ヴァルは一瞬だけ黙った。嘘をつく前の沈黙ではない。言い方を探す沈黙だ。


「帰還は、簡単ではない。だが道は探す。約束する」


 俺は、心の中でメモを取る。


 曖昧な約束。口約束。危険。


 次に出すべき言葉は一つしかない。


「契約にしましょう」


 ヴァルの目が、わずかに見開かれた。


 そして――笑った。魔王が笑うのは、怖いはずなのに。


 その笑みは、どこか安心した顔だった。


「……話が早いな、ミキト」


 祭壇の装置が、同じ調子で繰り返す。


「メガミサマアリガトウゴザイマス……」


 この世界は、どうやら神秘より手続きで動くらしい。


 俺は、最悪の方向に現実的な確信を持ってしまった。


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