移動
見た目はいたって普通の家だ。バヒの家と比べれば突破は簡単だろう。しかし、問題は他にありそうだ。
明らかに警備をしているのであろう兵士が家の周囲を巡回している。それもかなりの規模だ。
家の大きさに見合わないような人数。最低でも二十人はいそうだ。夜になったとしても、警備の数が減るとは思いにくい。目標Bを殺そうと動けば確実にひと悶着あることが想定される。
「これは難しいな」とザザン。
ザザンも同じ考えのようで、正攻法で目標を殺害することは叶わなさそうだ。
「まぁ、普通に攻めれば難しいだろうな」
モヤトは何やら考えがあるようで、謎めいた笑みを浮かべている。すると彼は、「ついてこい」と言い、また別の場所へと移動していく。
「おい、どこに行くんだ?」
ニッケランは慌てて彼の肩を掴み、質問をする。「Bの家はもういいのか?」とも。
「良い作戦があるんだよ。とりあえず、着いて来いって」
モヤトの顔は自信にあふれ、ニッケランの心配を寄せ付けない。ニッケランは色々と言いたい気持ちを抑え、彼に着いてゆく。他の二人も心配そうな表情だ。
彼は迷いを見せることなく歩を進め、細道へと入ってゆく。人が二人並んで歩けるかどうかと言った細道だ。
ある程度歩いてゆくと、彼の拠点と同じような作りの行き止まりが現れた。しかし、ニッケランの目には別のモノが映っていた。
大量の藁や、薪がテントの下に積まれている。樽が数個置かれており、中を覗くと不必要になった布切れや木材の切れ端などが乱雑に詰め込まれていた。
「ここは?」
オキタルの声に彼は反応する。
「この基地には何か所か、暖を取るための燃料が集められている所がある。そのうちの一つさ」
Bを殺すことと何が関係しているのだろうか。ニッケランには見当もつかなかった。
「夜に襲撃するには寒いからって、暖を取ろうってか?」
ザザンも何を意味しているのか分かっていないようで、少し態度が悪くなっている。今は冗談を言っている場合ではないのだから。
「この燃料で奴の家を燃やす」
「え? 燃やす? え?」
予想外の展開にニッケランは己の耳を疑った。彼の作戦では隠密が重視されえ知多ではないか。まったく逆の展開に何をしたいのか分からない。
彼は続ける。
「Bを殺すのは最後だ。言っただろ? ごり押し作戦って」
「言ったけど、その燃やすってマジか? あの警備はどうするんだよ? そもそも、隠密作戦じゃなったか?」
ニッケランは頭が混乱し、よぎった言葉をすべて吐き出した。
その姿が面白かったのか彼は笑っていたが、説明を始めた。
「さっき見てくれた通り、奴の家は警備に厳重に守られていて、簡単には近づけない。しかし、一つだけ追い払う方法があるんだ。周囲の建物を燃やすことさ。」
まさにごり押し。作戦もへったくれもない、爽快で単純な作戦だ。
確かに、周囲の建物を燃やしてしまえば、警備兵らは火事に気を取られて、Bを守るどころではなくなるだろう。しかし、事はそう単純じゃないように感じる。
まず、一つ目に周囲の家を燃やすにしても、燃料を運ぶ過程で見つかってしまえば終わりだ。その時点で警備兵と戦うことになる。
二つ目に、この町の建物がレンガで作られている点だ。壁に火をつけて燃やしてやるという方法は取れない。燃やすとするなら内部から火を付けなければならない。
三つ目に、燃料を運ぶこと自体がこの人数では難しい点だ。藁だけでも持て余す量だというのに、薪まで大量にあると来ている。たった五人で二日以内にB宅の周囲の家に運ぶことは到底不可能だ。
このことを考えると、ごり押し以前の机上の空論だとニッケランは思った。
「なぁ、理屈はなんとなく分かったんだがな? あの量を運び出すのは無理がないか?」
ニッケランの質問に「ごもっともな意見だな」と彼は言った。しかし、その表情には裏があるような感じだ。この作戦の全容はまだあるようだ。
彼は続ける。
「番兵を救出する部隊とは別に用意する。戦いたくないが、参加はしたい連中ってのは山ほどいるからな」
「そいつらと一緒に運びだすと?」
ザザンの質問に彼はうなずいた。しかし、彼の作戦には大量の欠陥が隠れているように感じる。大人数で周囲の家に出入りすれば確実に怪しまれるだろう。そんな危険を冒すぐらいならば、警備兵を懐柔した方がずっとマシなのではないだろうか。
「なぁ、警備兵もBの権力に怯えて従っているだけなんだよな?」とニッケラン。
何故だか、彼は苦い顔を見せた。
「いや、奴らは魔操志様の手下さ。忠誠を誓った裏切り者だ」
「そんな奴らが居るの?」とオキタル。
「まぁ、狡い奴らだとは思うが、自分の身を守る事だけを考えれば、奴らの下に着くことは正しいように感じるがな」
モヤトの言い分は正しいだろう。ニッケランが同じ立場であれば、気負いするものがなければ、魔操志の下に着くことは容易に想像できた。しかし、奴らの反吐が出るような所業を思い出すと、嫌悪感に支配される行為でもあった。
「でだ、その家の中に運ぶんだよな? 燃料は」とザザン。
「あぁ、その通りだ。レンガは燃えないからな」
「周囲の家に何回も出入りしたら怪しまれるんじゃ?」とオキタルが言った。
彼は「まぁ、普通に考えるとな」と笑みを浮かべながら言った。彼は説明する。
「実は奴らの知らない入り口があるんだ。別の家から別の家に移動するための秘密の通路がな」
「お前が見つけたのか?」とザザン。
「いや、仲間がたまたま見つけたんだ。中を物色してたら暖炉の下のレンガが妙にずれていたらしいんだ。そこを開けたら…って訳よ」
それならば奴らにバレずに行動を起こすことが出来るかもしれない。ニッケランはモヤトに隠し通路までの案内を頼んだ。
彼は「あたりまえだ」というと再び動き出した。
「あっ!」と彼が突然言い皆が立ち止まる。何か重大な事を忘れていたのか、それとも発生したのか。
「先に足を洗わないとな。すっかり忘れてた」
「なんだよ!」とニッケラン。
全員が彼に面を食らい、一番近い井戸へと移動した。
足を洗っている最中に彼にザザンが質問を飛ばした。
「Bを襲撃するのはいいとして、奴の顔も名前も知らないんだが、良いのか?」
「あぁ…うーん」
モヤトは足に着いた泥を水で勢いよく洗い流しながら、何かを考えている。
「Bはずっとあの家に引きこもってるんだ。何せ、過去最高に自分の命が危ういんだからな」
「つまり、家の中に入ってしまえば問題ないと?」とザザン。
「あぁ、家の中にはB一人さ。奴を始末すること自体は簡単だろう」
話を合え、汚れを全員が落とし終えると、再び作戦実行の場所へと向かってゆく。
Bを守る警備兵に見られないよう気を使いつつ、家の中に入ってゆく。
家の中は荒れ果てており、不特定多数の人間が使ていた痕跡がいたるところに残されている。
この家を利用しなくなった理由は、Bの住まう家に近く、死と隣り合わせのような気分になるからだろう。実際、気分を害してしまった場合、殺されてしまうことは容易に想像がついた。
「で、どこなんだ? その隠し通路ってのは」とニッケラン。
「ここだ。この暖炉の下側。ほら、レンガとレンガの間に妙な隙間が空いてるだろ?」
彼に言われ、三人は暖炉の底面に顔を近づけた。確かに、暖炉を構成している他のレンガと見比べてみると、間にセメントが塗られていない。
ニッケランは好奇心に駆られ、レンガの隙間に手をねじ込む。すると、ズイッとレンガが持ち上がり、簡単に拾い上げることが出来た。
中を覗くと、人が一人入れそうな大きさの穴が広がっており、深さはそこまでだ。
顔をつこっみ、中を覗く。雑な仕事だが、別の出口に繋がっているであろう、トンネルが続いていた。
「確かに、隠し通路だな。一人ひとり入って行って、他の家に燃料を届けに行くの繰り返しだな」とザザン。続けて「で、燃料を運ぶ係はどのくらい集まりそうなんだ?」とも。
モヤトは頭を掻きながら考え込む。そして「最低でも一五人は集められそうだがな…」と言った。
十五人も集まれば燃料を移動させる時間は大幅に短縮できそうだ。ごり押し作戦が現実味を帯び始め、ニッケランに希望を感じさせた。
「じゃぁ、次のターゲットの所に移動するか」とモヤト。
彼の指示に従い、全員が家の外に出た。もちろん、警備兵に悟られぬよう気を使いながら。
「また、着いてきてくれ」
そういう彼に三人は黙ってついてゆく。ふと天を仰ぐと青々としていた空が、真っ赤に染まっており、一日の終わりを告げている。カラスが鳴き声を発しながら、町の上をぐるぐると回っている。
美しくも、どこか不安になる光景にこの先の展望がどうなるのかと気になってしまう。しかし、未来を予測することなど不可能だ。そんなことを考えて居る余地などこの場所には残されていない。
ニッケランは前を向き、モヤトに着いてゆく。
三人目のターゲットの家はBと同じく普通の家だ。
周囲に警備が居るわけでもなく、堅牢な訳でもない。外観を見たところ、出入り口も一つのみでターゲットに逃げられるような作りでもない。
「これは、余裕だな」
ザザンの言葉に強く共感する。AとBはさておき、少なくとも今回のターゲットを始末することは簡単そうに見える。しかし、モヤトの表情を見ると、今までにないほどプレッシャーを感じている。この家に何があるというのだろうか。
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