町の内情
起こりかけたとはどういうことなのだろうか。二人は彼の話を聞き続ける。
「二か月前だな。配給が止まり始めて、兵士が屋根の下で寝るスペースすらなくなって、とうとう不満が爆発したことがあったんだ。当時、町には千人の兵士が居た訳だけど、その内の二百人ぐらいが武器を持って魔操志様が居る邸宅へと向かったんだ」
かなりの規模の反乱だ。本格的に戦闘に発展すれば多数の死傷者を出すことは逃れられないだろう。
彼は続ける。
「その時、残った俺たちはどちら側につくか決めかねていたんだ。この現状に不満を持っているのは一緒だし、何なら反乱軍に対してなんの恨みも持ってないしな?」
「結果は?」
ザザンの言葉に彼は「まぁ待て」と言った。
ニッケランも内心では早く続きを聞きたくてたまらなかった。この話に勝機があるように感じたからだ。
「結局、俺たちは見守ることにしたんだ。魔操志様に勝てるとは思えなかったし、仮に勝てたとしても大半が死ぬことは簡単に予想できたからな」
彼は喉が渇いたのか水を一口飲み、息を整え始めた。すると「どんな結末になったと思う? ニック」と聞いてきた。
順当に考えると、二百人の反乱兵は魔操志の手によって滅ぼされたことが妥当だろう。
あの雷魔操志に勝てたのは、運が良かっただけだということを自分自身が一番理解していたからだ。
「魔法で全滅か?」
彼は「まぁ、普通はそう考えるよな」と言うと語りだす。
「実際はノルエ様、一人で片付けちまったわけよ」
信じがたい話だ。拳狼がいかに強かろうと二百人を相手取って無事で済むとは思えない。そして、そんな奴に勝てるビジョンもわかなかった。
「それって二百人全員を一人で殺したってことなのか?」
ザザンも同じ事を想像したようだ。彼は明らかに顔を引きつらせ、話を信じたくないと言った感じだ。
「いや、さすがに全員を殺したわけじゃないさ。三十人ぐらいを一撃で沈めて、しかも、殴られた箇所が原型を留めてないぐらいになってるわけだから、戦意喪失しちゃったわけよ」
少し救われた気分になったが、殴っただけで原型を留めないとは信じられない。本当に人間ではないのかもしれない。
「じゃぁ、生き残った奴らはどうなったんだ?」とザザン。
それを聞き、モヤトの顔は青ざめた。嫌な記憶に触れてしまったらしい。
「全員むごい死に方だったよ…全員首以外ぐちゃぐちゃさ」
「それは拳狼が?」
ニッケランの質問に彼は首を横に振った。
やはり、魔操志はどうにかしているようだ。権力を手に入れただけで、人はこうも恐ろしいことが簡単に出来るようになるのだろうか。
しかし、ここで気になる事が出てきた。
ニッケランは期待を込めて質問をする。
「今、魔操志様は居ないわけだ。そうだろ?」
彼の話の先が見えないのか、モヤトは不思議そうにうなずいている。
ニッケランは続ける。
「今なら反乱を起こせるんじゃ?」
「いや、ダメだ! 絶対にダメだ!」
モヤトの頭の中に反乱兵の無残な死体が映ったのだろうか。やけに大きな声を出した。
彼は続ける。
「確かに、魔操志様が敗れて、残るはノルエ様だけだ。でも、その一人を倒すのにどれだけの犠牲者が出ると思ってるんだ!」
「確かに多くの犠牲者が出るだろうけどよ? ノルエだけだろ?」
ザザンの言葉に彼は睨んだ。
「違う! エルノの側近たちもその下の者たちも敵に回ると言っているのだ。彼らの人数は多くはないが、こちら側に着く兵士は弱い者ばかりだ。たとえ生き残ったとしても帝国軍を破るような規模は残らないさ」
額に汗を滲ませ、息を上げている彼はカップに残っている水を勢いよく飲み干した。
「正直言って、俺だって何度も考えたさ。どうにかしてこの状況から抜け出す方法は無いのかって。でも、どれだけ考えてもとんでもない人数が死んじまう。これじゃ、勝利とは言えねぇよ」
彼は肩を落とし、カップを力なく握っている。希望を奪われた者の目をして、呆然と時が流れるのを待っているかのようだ。
突然彼は顔を上げ、まじまじとニッケランの顔を見た。彼の表情は打って変わって力強いものに変化していた。
「最近、兵士になったなんて嘘だろ」
ニッケランの血の気が引いてゆく。
何か発覚するような事をしただろうか。いきなり反乱の話をしたことがいけなかったのだろうか。様々なことが頭をよぎり、彼を直視できない。ザザンの方を見ると同じように青ざめている。
「一般の兵士がそんな剣を持てるわけないだろ? 甘いなお前」
詰めの甘さを呪った。腰に武器を掛けているだけならまだしも、ニッケランは背中にロングソードまで
装備している。
町に入る前に出会った騎馬兵にバレなかったことすら奇跡だ。
しかし、同時に不思議に思う。どうしてモヤトはニッケランたちが兵士でないことを知っていながら普通に接してきたのだろうか。
ニッケランの脳内は言い訳をするか正直に話すか迷っていた。決めかねていると、彼が始めた。
「まぁ聞いてくれ。正直言ってアンタら二人・・・いや三人か? 反乱軍かもしれない奴を匿っているってバレたら殺されちまう。
でもな? お前たちを上官に突き出したとしてもこの町は救えない。さっき言ったみたいに大量に犠牲者を出すだけだ」
話の流れから敵に売られる可能性がないことを察した。ニッケランは意を決して口を開く。
「すまない。話を遮ってしまって。お前の言う通り、俺たちは反乱軍だ」
脈絡なく正体を明かしたニッケランにザザンは驚いていた。しかし、下手に彼も動けないのか何かを言うような素振りは見せない。彼に任せることにしたようだ。
ニッケランは続ける。
「反乱軍の手伝いをすることは嫌かもしれない。だが、俺たちだけの力じゃ、お前の言う通り、この町はもっと無茶苦茶になってしまう。それこそ、誰が敵か味方が分からない状況に陥って大量粛清が起こるかもしれない。」
モヤトは何かを考えているようで、静かに話を聞き続けている。
ニッケランは続ける。
「俺たちが狙っているのは、上官首。もっと言えば、拳狼だ」
彼は話を聞いてニッケランたちの狙いが分かったのだろう。拳狼と聞いて納得したようにうなずいている。
すると、彼はニッケランの肩を叩き、話始める。
「分かった、協力しよう。ただし、条件がある」
ニッケランとザザンは顔を見合わせうなずき合った。奪還作戦の出だしとしては好調に感じる。
「大概の条件なら飲めるぜ」とザザン。
「条件は三つ。出来るだけ犠牲者を出さないこと。逃げ出さないこと。拳狼は最後に殺すこと。この三つだ」
犠牲者と逃げ出さないこと。この二つの条件に関しては納得できる。しかし、拳狼を最後に殺さなければならない理由が分からない。
ニッケランは質問を飛ばす。
「なんで拳狼は最後じゃないといけないんだ?」
「拳狼以外にも上官ってのは何人か居るわけだが、その上官たちを先に始末しないと面倒なんだよ」
「なんでえ?」とザザン。
「俺たちが怖いのは魔操志だけじゃない。奴らに権力を与えられた奴らも怖いんだ。奴らは気に入られているから本来だったら軍事裁判にかけられるような悪行も見過ごされちまうんだ。もちろん、面白半分に味方を殺したりしてもな?」
「つまり、処刑されるかもしれない恐怖に本来味方になる兵士たちがならないと?」
彼は強くうなずいている。こうなればやることは明確になった。
面倒な上官たちを殺し、最後に拳狼を消す。単純明快なニッケラン好みの作戦だ。
ザザンも大体の流れが決まったことで満足そうにうなずいている。
しかし、一つだけ重大な問題があった。
モヤトは本当にこちら側に着いたのだろうか。
彼は三人を反乱軍の者だと見抜いた上で接触してきた。単純に考えてしまえば、藁をもすがる思いで頼ったとも考えられる。
しかし、魔操志に気に入ってもらえるように、ここぞとばかりに裏切りに走ったりするのではないのではないか。
彼の表情を見ると嘘をついているようには見えない。しかし、窮地に陥った人間は何でもする。それを戦場で何度も味わってきたニッケランにとっては身近なものだった。
ましてや相手は帝国軍の人間。数えきれないほど戦場で戦ってきた相手だ。
余計に思考が疑心暗鬼に陥ってしまう。
しかし、ここで足踏みをしている場合でもない。
魔操志を反乱軍に殺されたからには、帝国軍の上層。つまり、別の魔操志が報復に走ることは目に見えていた。
魔操志がやって来るのか、兵士が大量に増援されるのかは分からない。しかし、今よりも厄介な状況になる事は確実だった。
それに、たとえ彼に裏切られたとしても三人ならどうにかこの町から抜け出せる自信はあった。この中の二人は帝国兵の恰好をしているし、オキタルは逃げることに関しては一級品だ。
(ここは彼に頼るしかないな)
ニッケランは腹をくくり、彼に手を差し出す。彼は同じように手を突き出し、そして、握手を交わした。
「よろしくな」とニッケラン。
同じように彼もうなずいていた。
早速、ザザンが口を開いた。
「で、その殺してほしい上官ってのは何人いるんだ?」
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