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赤き日  作者: 溶接作業
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懺悔

 ニッケランは露骨に驚いた顔をし、息を飲み込んでいた。ここから先の話が、決して気楽な話ではないことを予感させる。


「まぁ、仲間を殺してしまったことには変わりないんだ。――なぁ、ニッケラン。俺が王国兵に入った理由って話したことあったか?」


 突然、質問されてニッケランは慌てた。


「いや、していないと思う」


 ザザンは頷き「そうか」と一言。


「俺が入団した理由ってのはな、単純な話、くいぶちを減らす為だったんだ。俺の家は貧しくてな、おまけに家族が多くて、とても全員は養えないって話になったんだ。そこで、一番体躯の良かった俺が兵士として国に駆り出されたって話さ」


 彼は乾燥した笑いを飛ばしていた。


「正直、兵士になんてなりたくなかったんだ。だから、覚悟も気合も全然なかった。それで入団初日から腑抜けだった俺はストレスのはけ口にされたのさ」


 懐かしいものに触れるような顔で彼は空を眺めている。しかし、その顔は虚ろで、悲しみに満ちていた。


「寝てたら、大量の冷や水を掛けられたり、食事に異物が混ざってたり、稽古のときには教官に見られていないタイミングで五人に袋叩きにされたっけなぁ…」


 ザザンは続ける。


「正直、本当に辛かった。辛かったが、最初の半年は耐えられてたんだ。なんでだと思う?」


 ニッケランは皆目見当がつかず、首を横に振った。


「これのおかげさ」


 彼はそう言うと、胸元から剣の形をした十字架を取り出した。ノマギア神信仰の象徴である十字架だ。

 ニッケランはそれを呆然と眺めた。そんな飾りでその苦痛にまみれた生活に耐えられるとは到底思えなかった。


 しかし、彼は嬉しそうに十字架を握ると、目を閉じ、胸元に引き寄せたまま話を続ける。


「これは勇敢な男の証さ。戦場で勇敢に戦い、勇敢に死ぬことを約束された証なんだよ」


 声は弾みを帯び、嬉々としている。しかし、どこか危なっかしい香りを漂わせていた。


「ノマギア神信仰を知ったのは、入団して半年経った時でな。神父の中でも上位者に位置する人が来てくれたんだ。その時に経典とか、伝説の話を聞いて、俺は感動したよ……まさに、地獄の中に一本の光が差してきたような気分だった」


 噛みしめるように彼は語り、十字架を握る手にはさらに力がこもっている様だった。


 ニッケランは話を聞いて、とてもこの男が仲間を殺したとは思えなかった。


「なぁ、ザザン。お前が到底仲間を殺すとは思えないんだが?」

「――――この話はここからが本番なんだ」


 彼の顔は一気に曇っていき、十字架を掴む手を緩め、首にだらんとぶら下げた。


「問題なのは、奴らもノマギア神を信仰し始めたことだった。正直、俺は、はらわたが煮えくり返る思いだったよ。…でも、信仰ってのは、どんな奴でも許されるだろ? 俺は自分の気持ちを必死に抑え込んで、とにかく誰にも負けないぐらいに信仰心を強めていったよ」


 十字架を掌に乗せて眺め始めた。そのまま話は続いてゆく。


「王国の兵士ってのは半年ぐらい経つと、いきなり実戦に放り込まれるんだ。これは、どの時代も変わらない恒例行事みたいなもんらしくて、だから、半年目に神父がやって来るんだと思う。戦場で死ぬことを恐れない奴を増やすためにも」


 今度は手のひらに乗せた十字架を摘まみ上げ、色々な角度で観察し始めた。

 それをニッケランも横で見ながら、話を聞き続ける。


「でも、俺はノマギア神を信じてる。仮に、戦場に行く恐怖を和らがせることが目的で布教しに来ていたとしても、俺の中では、本当にノマギア神は生きているんだ。だから、いざ戦場に立った時は、誰よりも勇敢に戦ったさ」


 すると、十字架を服の中へしまってしまった。


「事が起きたのは、初陣を経験した夜だった……。俺は、初陣で帝国兵を蹴散らしまくって、いろんな奴に尊敬された。それで、あの五人も何か言ってくると思ったんだけど、どこにも見当たらねぇんだ。それで、上官にそれを報告したら、死んでるか、どこかに隠れているかもしれないから探して来いって言われたんだ。それで、戦場の外れにある森の中に俺は入って行った」


 すると、ザザンは急に黙り込み、何かを整えるように深呼吸をし始めた。

 その光景に妙に緊張してしまう。


「俺は、その森の中を、適当に進んでいったんだ。すると、奥の方から温かみのある光が、木々の間から漏れ出てきた。俺は、その光が、仲間が松明か何かを燃やしている光だと思って、近づいて行ったんだ。すると、それが違うことに気が付いた。それは、帝国人の民家から漏れている光だったんだよ」


 声は震え、拳には力が入っているのか、爪が食い込んでいた。


「俺は下手に市民を驚かして、交戦にでもなったら嫌だったから、その場を離れようとしたんだ。その時に、家の中から女の叫び声と男の怒号が聞こえてきたんだ」


 ザザンの目線はいつの間にか、基地に点在しているかがり火を見つめていた。


「さすがに気になってさ、近づいて家の中を窓からのぞいたんだ。…俺は本当に驚いたよ。中には俺を虐げてきた五人組が居て、家主を殺そうと剣を抜き去っている所だったからな」


 ザザンはかがり火を見つめたまま硬直していた。それが、光に吸い寄せられる虫のように映ってしまう。


 ニッケランは低く唸った。妙に喉がざらついて落ち着かない。


「もちろん、家主を殺そうとする行動にも苛立ったさ。…でもな、それ以上に五人の首にぶら下がっている十字架を見て、余計に苛立ったんだ。神の目の前で、冒涜するような行動に苛立ったんだ…」


 ザザンはかがり火から目を離すと、今度はうつむいて目を閉じてしまった。

 少しの間、静寂が訪れ、耳には基地の騒がしい音のみが入ってくる。


 ザザンは再度、十字架を取り出して顔に近づけた。全身に力を入れて祈っているのか、少し震えていた。


 短くはない時間、それを続けた。そして、話を続ける。


「俺は怒りに我を忘れ、家の中に窓から飛び込んだのさ。五人は面食らったように俺を見ていたなぁ…そして俺は剣を抜いて、家の中で暴れまわったんだ」


 彼は震える手で十字架を握り続けている。


「気がついたとき、家の中は血の海だった。家主の女の顔を見ると、俺を見て震えてんだ。酷いよなぁ…救ってやったってのに…」


 笑い声で話している。しかし、自分への嘲笑を含んでいそうな湿った笑い声だった。


「ふと仲間だったものに目をやると驚いたよ…全員原型を留めてないんだ。しかも一人は手を縛られて、苦しそうな顔でこっちを見てたんだ…」


 ニッケランは嫌な想像をして、顔をひきつらせた。記憶にない自分が人を弄ぶように殺してしまったと想像すると怖くてたまらない。


 ザザンは忌まわしい記憶にのめり込んでしまったのか、虚空を凝視している。


「ふと、鏡に恐ろしい何かが映ったように感じたんだ。部屋の中は血に濡れていて、鏡もほとんどが血で染まって何も見えなくなって……でも、不思議なことに俺だけが綺麗に映るようにぽっかりと穴が開いていた……俺は目を疑ったよ。笑ってたんだ」


ニッケランは唖然とし、顔を覗いた。その顔は恐怖に満ちていて、目を力一杯に閉じていた。


「俺は怖くてたまらなかった。神を冒涜しようとした者を罰する気で剣を振るったのに、鏡に映る自分は神を冒涜する悪そのものだったんだ。信じられなかったよ…」


 すると、ザザンは十字架をそっと胸元へしまうと、突然立ち上がった。


「おい、どこに行く気だ?」

「天幕の中だよ……実はこの後はあまり詳しく覚えてないんだ。この後、俺は家から飛び出して、撤退する軍の波に混ざったことぐらいかな‥‥」


 疲れた顔をしたザザンはそれだけ言うと、天幕の中へと消えていった。

 一人取り残されたニッケランは、体の疲れ以上に精神的なものが大きく、少しの間、外で景色を見ていることにした。


「ジョンは約束通り自分の過去を話してくれたなぁ…」


空に浮かぶ無数の星々を眺めながら、過去の記憶を掘り返す。


「物心ついたころから厳しく教えられたっけか…」


 父親との楽しくない記憶ばかりが浮かび上がってくる。幼少期の記憶は、いくら掘り返しても厳しい稽古で埋め尽くされ、何一つ楽しいものはなかった。


 母親は物心ついたときにはすでにいなく、何一つ覚えていない。


「無駄に疲れただけじゃねぇか…」


 捨て台詞を吐き、立ち上がった。立ち上がると重力が何倍にもなったように体が地面へ押し付けられる。


 そのまま、ゆっくりと天幕の中へと入って行き、自分のベッドへと移動し、掛布団の中へと体を滑り込ませた。


 横にいる二人はすでに寝ている様で、小さな寝息が天幕の中をこだましていた。


 ニッケランは二人の寝息を聞いているうちに、誘われるようにして寝てしまった。


 夢を見た。夢は幼少期の記憶の再現だった。



最後までお付き合いいただき感謝いたします。

評価やコメントをいただけると、物語をより良くしていく大きなヒントになります。

ぜひ皆さまの声をお聞かせください!

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