死
ニッケランは死を覚悟した。魔法が飛んできて、跡形もなく吹き飛ばされると思った。
しかし、すぐに体勢を立て直し剣を構えなおすと、想像とは違った姿がそこにはあった。
頭を抱え、片膝を地に着け、低く唸っている。
(なんだ? 罠か?)
ニッケランは明らかに弱っている敵の姿に、思わず、飛び込みそうになる。しかし、自分に対し、魔法を打つ姿も容易に想像でき、足が進まない。
すると、魔操志はニッケランを今までにない憎悪に満ちた顔で睨んだ。
「貴様! この俺が詠唱中だというのに邪魔をしたなぁ! 今度こそ終わりにしてやる!」
魔操志はそう言うと、頭を抱えたまま苦しそうに立ち上がり、また何かを唱え始めた。
「ヴァルマ・ラウザルク・ナーマニ・ヴィヤ…ぐあぁ!」
突然、魔操志は悲鳴のようなものを上げ、再び地面にしゃがみ込んだ。
ニッケランはその様子に、焦りを感じ、駆けだした。
(今なら殺れそうだ!)
明らかに敵は不調で、頼みの綱の魔法が使えず、苦しんでいる。この千載一遇の機会が今後訪れるとは思えない。
ここで片をつけようと、構えも何もない不格好な姿で突撃した。その様子を奴は頭を抱えたまま、睨むように見ている。
突如、魔操志は雄叫びを上げながら立ち上がり、手のひらを見せてきた。
(ヤバイ! 罠だ!)
ニッケランは地面を蹴り、横へ転がった。しかし、相手は手のひらを見せたまま、何も起こさない。
下手な体勢で転がったせいで、彼は地面に横たわってしまっている。
「アグニ・ラウザルク・ヴィダールヤ!」
魔操志は苦悶に満ちた表情を見せながら、叫んだ。
すると、炎が燃える音と共に、魔操志の目の前に矢の形をした炎が一つ現れた。
それは揺らめきながらも、先端をニッケランへと向けている。
(フェイントだったのか!)
ニッケランは起き上がるのを諦め、急所を遮るように剣を構えた。それに合わせたようにして、炎の矢が凄まじい速度で向かってくる。
ぼうぼうと炎が揺れる音を発しながらも、矢は無機質のように形を保ったまま、目標めがけて飛んでいく。
ニッケランは瞳孔を開き、矢の軌道に全神経を注いだ。
タイミングよく剣をぶつけ、炎の矢がより大きな音を立てながら、消えたかに思えた瞬間。矢は向きを変え、左肩を貫いてしまった。
「ぐあぁぁぁぁ!」
彼は額に大粒の汗を浮かべ、痛みとあまりの熱さに叫んだ。火を消すように転がり回ったが、魔法の矢は何の影響もなく刺さり続けている。
このまま、炎の矢は肩から抜けず、自分を苦しませ続けるのではないかと思った。
そう思うと、突然怖くなり、心が恐怖に支配される。
半ば混乱したニッケランは叫びながら、炎の矢を両手で引き抜こうと動いた。
痛みが走るかに思えた瞬間、炎の矢は消え去ってしまった。
ニッケランは矢が消えたことに安堵しながらも、矢によって焼かれ、貫かれた肩からの異常な痛みに顔を歪ませ、敵を睨んだ。
魔操志は少し回復したようで、嫌な笑みを浮かべながら、剣を揺らしながら近づいてきている。
「ま…まずい…」
ニッケランは戦おうと剣に手を伸ばそうとした。
「ヴァータ・ウシュナ カダガム・ヴィチャラ!」
敵の叫ぶ声が聞こえ、脳みそに声が響いた。すると熱風が伸ばした手を撫で、剣が後方へ吹き飛ばされてしまった。
「まずい!」
叫んだ時には遅かった。すでに、魔操志は目的地へたどり着き、剣に囚われているニッケランを蹴り倒した。
慌てて上を見ると、魔操志は剣を定め、突き刺そうとしている。
魔操志の剣をつかもうとし、同時に剣はニッケランの首元へと突き進んだ。
彼は必死で剣を掴む。しかし、左肩の痛みと、剣の形状が邪魔をし、上手く力が掛からない。
剣は獲物の命を狙い、ずるずると滑り落ちてゆく。滑るたびに手には鋭い痛みが走り、温かい血が獲物の首へ落ちてゆく。
(死にたくない!)
ニッケランは歯を食いしばり、出来る限りの力を剣へと注いでいく。
しかし、剣は滑り続け、とうとう剣先が首を撫で、敵は歓喜に満ち溢れた顔を見せている。
死を覚悟した。今まで殺した者の首を貫き、骨を砕く音が脳内で再生される。
(ザザンとの約束が…)
走馬灯のような記憶と共に、彼は苦悶に満ちた表情で静かに瞼を閉じた。
しかし、想像とは裏腹に、コツッという軽い音が聞こえ、剣が逆の方向へ動き出した。
「え?」
思わず剣から手を放し、敵の様子を窺がう。
魔操志の顔に何かが当たり、粉のようなものが降りかかっているのが見えた。
その粉はニッケラン鼻腔にも届き、今まで体験したことのない刺激を与えてきた。
「ニッケラン! 早く立ち上がって!」
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