刃走り
(しめた!)
最早敵は横たわる死体と一緒だと感じた。その体勢から何ができるのかと。
しかし、ニッケランは目を疑った。
またも一瞬にして敵が消えたではないか。
目を必死にかき乱すように動かし、視界の許す限り索敵する。
しかし、奴の姿はどこにも見えない。
ふと、後ろに違和感を覚える。
嫌な汗が吹き出し、体を無理やり後ろへ向ける。無理やり動いたせいで筋を少し痛めたが、それにニッケランは気づかない。
敵は剣を肩に乗せてこちらを凝視していた。
「名は?」
敵が初めて声を上げた。
これからが本当の戦いなのだろうか。
「名乗りは自分から上げるのが礼儀だろ?」
ニッケランは余裕だぞと伝えるような軽い口調で話す。しかし、顔は汗を流し、焦りに満ちていた。
それに敵は鼻で笑い返してきた。
「まぁそうだな…意味はないだろうが名乗っておこう。ド=メトムだ」
名前を聞き、ニッケランは驚愕した。
ここ最近、戦場に出てその名を聞かない日はなかった。
別名刃走り。奴の戦闘スタイルからついた名だ。
エストックと呼ばれる刺突を専門とした武器を使用し、目にもとまらぬ
速さで敵を屠る。
奴と対峙した者で今まで生き残った者はいないだろう。
なにせ、長期戦にはなりえず、一瞬にして決着がついてしまうのだから。
敵の情報にふけっていると、突然刃走りが剣をこちらへ向けてきた。
ニッケランは全神経を集中させ、剣を構える。同じ手は無駄だろう。
次の攻撃までに別の手を考えなくてはならない。
(どうすれば…)
すると奴は突然肩を揺らしながら、細い目をして笑い始めた。
「まぁ待て。俺が名乗ったんだ、お前も名乗れ」
「先ほどまで聞かないとほざいていた奴にか?」
その言葉に納得したのだろうか、刃走りは剣を地面に突き立てた。
「これで少しは安心してくれるかな?」
鼻に着く言い方だったが、確かにこれなら名乗りを上げる余裕はありそうだった。
(それに、作戦も考えられる…)
ニッケランは剣を逆さに持ち替えると名乗りを上げ始める。
「俺の名はニッケランだ。ただの傭兵だ!」
露骨に肩を落とした刃走りは、笑いの混じった声を出した。
「おいおい冗談だろ? 俺に初めて傷をつけた男がただの傭兵だと? 仲間に笑われてしまうではないか!」
これにニッケランは違和感を覚えた。
(刃走りの名が広まったのはここ一年ぐらいだったか?)
若い。
発想が新兵のそれだ。
泥食いも元は傭兵だったと聞く。それに傭兵の中にも有名なものはいるが、恰好が如何せん汚く、恰好が良くないため強くても話題にならないものは多い。
それを知らない辺り、場数を踏んでいない証拠だ。
ニッケランは腹をくくった。
(一か八かの作戦だなこれは…)
笑いたくて仕方がなかった。これまで命を張って戦ったことがあっただろうか。
今までは危険を感じたらすぐに逃げて、生きることに執着した。
そんな自分が情けないと感じていた。父親が見たら何をされるだろう。
ニッケランは剣を逆さまにしたまま、後ろへ回した。
刃走りはそれを見て笑いながら、言ってくる。
「貴様、回し切りでもするつもりか?」
ニッケランは舌打ちをする。
「だったら?」
「はっ! 良いだろう。その挑発受けてやる」
刃走りはあの体勢に戻る。
どんどんと前のめりになり、今にも飛び出して来そうだ。
(これが失敗すれば確実に死ぬ)
今までにないほど、ニッケランは集中していた。
背水の陣という言葉が頭をよぎる。
次の瞬間、先ほどよりも速いスピードで刃走りが迫ってくる。
それに焦りを感じ、剣を握る手に力が入る。
(タイミングが重要なんだ…焦るな俺)
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