死地へ
あっという間に三か月が経ち、戦場へ向かう日が来た。
青々としていた木々の葉はすっかりこげ茶色に染まり、風は冬の訪れを静かにささやいている。
ニッケランはロングソードの重みを背中に感じながら、先頭でゆらめく軍旗に続いていた。
彼らの位置は軍の中列後方、戦術で言うと第二陣にあたる部分だ。
森には金属同士の擦れる音と足音がひしめき、自然の音は届かない。
「ジョン。あと、どれぐらいで戦場だ?」とニッケラン。
彼は木々の隙間から見える空を眺めている。
「うーむ。 多分あと少しだと思うんだがなぁ」
「やっぱ森の中だと自分の位置が分からなくなるよなぁ…」
ジョンはうなずいていた。後ろで腰に掛けた剣に手を添えながら歩いているザザンも落ち着かない様子でうなずいている。オキタルは話を聞いていないのか森の奥の方を見つめていた。
「作戦って敵の戦い方が分かるまでは引き気味で戦うってことでいいんだよな?」
ジョンは強くうなずいて見せ「俺たちは二陣目に配属されてるからな。 一陣目のやられ方をしっかり見とけよ?」
話を聞いていたのかザザンが後ろから体をズイッとねじ込み「まてまて。 その言い方だと一陣目は壊滅かよ?」
「確信があるわけじゃないが、今回の戦は過去一番で血なまぐさくなる気がするんだ。」
その言葉にニッケランは息を飲んだ。
(冗談じゃない…前回の戦でも十分ひどかったんだぞ…)
ジョンからこんな言葉を聞くのは追い詰められた時ぐらいで戦が始まる前から聞くことは今までなかった。それが余計に今戦の異常性を理解させてきた。
「くそぉ…妙に緊張して腹が痛くなってきやがった」と腹をさするニッケラン。
「俺もだよ…」とザザン。
お互いに目を合わせ、言葉以上のものを伝えていた。お互いに今回の戦で死ぬかもしれないのだから。
(一旦、戦の話はやめにしよう…心が持たねぇ)
ニッケランは無精ひげをさすりながら、自分の世界へと入っていく。
(ジョンの言う通り、一陣目が壊滅したとしようーーこの場合、二陣目も一陣と同様に壊滅的打撃を受けるだろうな…魔法が厄介だ…)
唸り、少し伸びた無精ひげをさすりながら、より深く考え始める。
(そうなると二陣目の戦闘でいきなり戦い始めるのは自殺に等しいな。こうなると俺の配置は・・・)
「後列中央だな」
答えをひねり出した反動で口に出してしまった。
するとジョンが反応を示した。
「お前もそう思うか? さすがに歴が長いな」
その言葉を聞き、腹の痛みが少し治まった。
「ジョンもそう考えていたか?やっぱり魔法の弱点が分からないままで戦闘に立つのはリスクが高すぎるよな?」
すると突然、足音と鉄のぶつかる音が消えた。
「うおっ!」
目の前の兵士が突然立ち止まり、慌ててバランスを取る。
前方の方を見ると、軍旗が同じ位置でゆらゆらと動いている。
「なんかあったのか?」
ジョンが前の兵士に話しかけた。
「いや、分からねぇ。だが前の方が騒いでるな」
ジョンは不満そうに眉をひそめたが「そうか」と一言いうと黙り込んでしまった。
それを見てニッケランはザザンに話しかける。
「お前背が高いんだし、ジャンプしてなんか見えないか?」
「お前なぁ、、、俺のこの装備が見えないのかぁ?」
「そうか…すまん」
「お…進み始めたぞ」
前にいる兵士が呟いた。
ニッケランは前方をもう一度確認する。なぜか、先を行く兵士が同じ場所で怯えたような声を出している。
徐々にその場所へと近づいていく。怯え声は近づくほどに大きくなってゆく。
突然、鉄と腐った匂いの混ざった風が鼻先をかすめた。
「うっ…」
ニッケランは反射的に顔を袖で覆ったが、脳裏にこびりついた匂いの記憶が軽い頭痛を引き起こしてくる。
ジョンの方を見てみると顔を手で覆い目を細めている。
すると、番が回って来た。突然、ハエの音が聞こえ始め、明らかに匂いもきつくなっている。
ハエを目で追いかけ集まっている所に目をやると死体が木にもたれかかるように横たわっていた。
その死体に違和感を覚える。しかし、訳はすぐにわかった。
死体は真ん中にポッカリと穴を開け、先のちぎれた臓物が顔を覗かせイチジクのようだ。顔は苦悶に満ちた顔と言うよりは、必死に生きるすべを探しているよう。
ニッケランは幾度となく覚悟は決めたつもりだった。しかし現実にそれが表れると心臓がヒリヒリとしびれる。
魔法。
戦場に必ず導入されると分かっていても直面すると抗いのない強大な力。
敵もそれを分かっているのだ。これは見せしめであり、ここから先は死地であると訴えてきている。
不安に押しつぶされそうになり、ジョンに話しかけようかと思ったが、顔を見てみると今まで見たことがないような険しい顔をしている。
ザザンは、愛刀を強く握りしめていた。
オキタルは匂いと見た目からか戻しそうになったのだろうか。空を見て落ち着かせている様子だ。
後ろの方から死体を見た兵士たちの怯えた声が小さく聞こえる。ニッケランにはそれが断末魔のように聞こえていた。
(くそ…逃げ出してしまいたい…)
しかし、死地へと向かう兵士の荒波がそれを許してはくれない
運命に身を委ね、死地へと歩を進める。この先には未来があるのかを考えながら。
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