始まり
大地が――空が――空気が赤い。戦の始まりも終わりも。
「殺してやる」
剣士は血と油がついた剣を強く握りしめていた。
目の前には剣を向けられているにも関わらず、平然とした男が一人。
「ヴァルハラって知ってるか?」
言葉に剣士は男を睨んだ。
「そう睨むなよ」
「黙れ」
そう言い放つと、一気に間合いを詰めて剣を振り落とす。
風すらも切り捨ててしまいそうな鋭い音。そんな一撃を男はいとも簡単に受け止めてしまった。いや、受け止めたのではない。
「チッ」
剣士は目の前の光景に舌打ちをし、急いで飛び退き間合いを開ける。
「また魔法か…」
男はニヤリと不敵な笑みを浮かべると言った。
「すごいだろ? 普通なら負傷してしまうような一撃ですら防いでしまう」
剣士は相手に煽られ、思わず無鉄砲に飛び込もうとしてしまった。
そんな自分を抑え込み、考え込む。どうしたら男の首を取れるのか――と。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ニッケランは斜面を転がり落ちていた。全身に鈍痛が響く。
平坦な地面にたどり着いた彼は「痛ってぇなぁ、、、」と言った。
ニッケランは傭兵である。軍から正式に雇われる傭兵もいるが、彼は違う。
首級報酬目当てに参戦する傭兵だ。
(しかし……ここ最近の戦はひどいな)
何度も負け戦は経験してきた。しかし、最近の戦はもはや戦とは呼べないものになっていた。
魔法の登場で一方的にやられ続けているからだ。
「居たぞ! 射て!」
敵の声が聞こえ、飛び込むように茂みに隠れる。
そっと顔を出し、周囲を確認すると松明を持った敵兵とそれに追われる兵士が見えた。
「ヒュー」
安堵から力が抜ける。
同時に、森特有の湿った土の匂いを感じながらニッケランは逃げ方を考え始めた。
しかし、妙案は浮かばない。
時間は――無い
武器は――短剣のみ
現在地は――分からない
ニッケランは決して利口な男ではない。しかし、一年間生きていれば古参と言われるような傭兵を十五年もやっている。逃げるコツは熟知していた。
「一か八かだ」
決意を固めると勘を頼りに走り出した。見つからないよう、茂みを転々としながら。
時折、味方が殺される光景を見ながら安全地帯を目指して必死に走った。
彼には夢がある。仲間と共に騎士になる夢。美しい姫を娶る夢。まさに、おとぎ話のような夢。そんな夢を追いかけるようにニッケランは必死に走り続けた――。
――――逃げ始めて何度目の朝だろうか。
無意識に水の音のする方向へ歩いていた。もはや、走る気力も隠れる気力もない。今はただ、喉を潤したかった。
茂みを抜け、川のほとりに出ると、崩れ落ちるように顔を川に近づける。
「ん! ゲホッゲホッ!」
四日ぶりのまともな水分に体が驚きむせてしまった。しかし飲むことをやめない。
脳みそは大量に飲むことへの危険信号を発しているがお構いなしに飲み続ける。
――――満足いくころには腹が少し膨れ上がっているほどだった。
「ここは…どこだ…?」
思考は鈍り、体は水を飲めた安堵と共に重くなった。
(立ち止まる訳にはいかない………)
彼は力を振り絞り歩みを進める。
「本当に……ここはどこなんだ?」
頭の動きが悪いからか、森の中の景色がどこも似ているからか、場所を特定することは出来なかった。
そこで、川の流れる方向に沿って歩くことにした。
大概、川の下流の方には小さな村や町がある。
「本当に今回はよく歩くなぁ……」
弱音を吐きながら、ガクガクと震える足で歩いた。その後ろ姿はまるで屍のようなやせこけた後ろ姿であった。
――――どれほど歩いたのだろうか。明るかった森の中は夕焼け色に染まっていた。
いつもなら適当に寝床を準備して明日に備える時間だ。
しかし、彼は歩き続ける。これ以上一人で過ごす気にはなれなかった。
「もしかすると…村か駐屯地が見つかるかもしれない。」
行軍中に見た川の流れを思い出す。そのときに見えた川の流れは自分が進む方向とは逆。つまり、川の流れに沿って歩けば仲間の元にたどり着けるかもしれない。
しかし、油断はできない。もしかすると、駐屯地はすでに敵に占領されているのかも知れないのだから。
歩き続けて数分経った頃。遠くの方に煙が見えた。
ニッケランの歩みが速くなる。もはや小走りと言ってもいいほどだ。
徐々に煙との距離が近づいてくると気が付いた。自軍の旗が見える。
速度がさらに上がる。ニッケラン自身どこにこんな力が残っていたのか驚いていた。
しかし、そんなこと今はどうでもいい。暖かい寝床に、まともな食い物。そういったものを追い求めて死に物狂いで走っていった――。
初投稿です。長編になる予定なので暇つぶしにでもなっていただければ幸いです。
今日中にもう一話投稿いたします。今後は頑張って二日に一回更新してゆく予定です。
不定期になる場合は再度告知します。




