マルタ
因習村。
以前殿下が口にされた話を思い出した。
外界から閉ざされた村、独自の掟、秘された儀式。
サヤカ様が自国から取り寄せた怪談の巻物を食べてわたくしは理解する。
人間とは往々にして、自らの理解の外にあるものを恐れる。わたくし達に愛を囁きながら、わたくし達を拒絶するのは、殿下の理解の範囲外の存在であるからだ。
「確かに、この方法でしたら。カトリーヌ様の望む力を手に入れる事が出来るでしょう」
紙魚の能力で、物語の世界に飛び込む。それだけでは手に入れられる天罰は今ひとつ恐怖に欠ける。
一瞬で終わる恐怖など生温いもので終わらせるつもりは毛頭無い。ジワジワと、いつまでも永く、精神をすり減らす様なものでなければわたくし達の溜飲が下がらない。
「そうですわね、長閑な村が良いですわ。子供達の声が響いて、穏やかで、非日常とはかけ離れた田舎の村」
「平和で、惨劇とは無縁の。」
目を閉じて、村を夢想する。
わたくしの生まれた村に似た長閑で、見渡せば畑作業に従事する方々や広場で遊び回る子供達の笑い声の絶えない、平和な村。
季節は、―――夏がいい。
怠いくらいの暑さ、照りつく太陽の陽射し。夏を告げる虫の鳴き声、川のせせらぎ、不意に吹き抜ける冷たい風。
『村の祭りがあるの!!』
村に来た余所者である主人公に臆する事無く話しかけて、夏祭りに案内する幼子の姿。
祭りは、―――サヤカ様の故郷の東の国の祭りがかつて殿下の語った「因習村」のイメージに近いのではないだろうか。
ひと夏の思い出。
...それが静かに暗転して悲劇が起きる。
村に伝わる忌まわしい儀式、封じられていた筈の魔性の解放、あちらこちらに響き渡る悲鳴。長閑な村は一瞬にして廃墟と化す。
わたくし達は、殿下の為に強い怨念と天罰の籠った物語を作り上げ、その怨念と天罰を手に入れる為に物語の世界に飛び込むのだった。
カトリーヌ達の作り上げた架空の物語の因習村は、転生者である王太子の知るサウンドノベルの村に強い影響を受けています。