清子
『貴女の勘違いではないのかしら』
こどもの頃、お父様から戴いた鞠が部屋から消えて、後日友人の姫君の屋敷に呼ばれた時に彼女が愛おしそうに抱えていた鞠は、間違いなくウチがお父様から誕生日のお祝いに戴いた鞠だった。
城に帰って、自室でぎゅう、と着物の裾を掴んで泣いていると「まあまあ、そんなに泣いてどうしたのですか?」と乳母が入って来て言った。
『あらイヤだ、盗人がわえの愛し子に話しかけて良いと思うておりますの?』
口の端にチロチロと炎を滾らせながらお母様が乳母を制した。
『あの姫君も大胆やなあ?わえの旦那様に恋慕して、少しでも繋がりを持ちたい、やなんて。
...なあ?自分の娘にどういう教育をしてはりますの?』
もう泣かんでええよ、とお母様はウチに、ウチの鞠を手渡した。
内戦で城を開けがちなお父様から、「これを儂と思って大切にしなさい」と言って渡された鞠はウチの手元に返って来た。
乳母と姫君は見なくなったけれど、ウチはお父様の鞠が戻ってきたからふたりがどうなったのか気にした事もない。
ウチの私物が無くなる事は、その日を境に無くなった。
「―――ゆるせない」
花の盛りの17歳、他国との交流の為に留学した先で、ウチは裏切られた。
「僕の真実の愛は、キミだけだよ」
異国の王太子はそう言って、ウチに甘い言葉を囁いた。
「とうに婚約は解消されている」と王太子の言った公爵令嬢は婚約関係は継続されているし、ウチ以外の女にも愛を囁いていたのは影から聞いて知った。
ウチを正妃にして公爵令嬢達を側妃として召し上げるつもりなのかと聞けば言葉を濁された。
調べれば、この国の側妃制度は飽くまでも正妃との間に子供が望めない場合の手段であり、今上の国王陛下が即位されてから名目上だけの制度だ。王太子の言う「はーれむえんど」の為の制度ではない。
それもそうか、お父上の国王陛下は人間の国に留学中に「真実の愛を見付けた」と冤罪で身分を喪って路頭に迷うところだった王妃様を現在進行形で溺愛している。
登城した時、2人の睦まじさを見てお父様とお母様を思い出し、国が恋しくなるくらいには。
「―――燃やしてやる」
ウチを謀った事を骨の髄まで後悔したらいい。
清子ちゃんの鞠を盗み出した下手人の乳母と横恋慕姫君は母親がファイヤーしました。