ルクレツィア
スプルーアンス侯爵領では、末娘であるあたしの姿を見ると皆「ありがたや、ありがたや」と手を合わせて拝むものだから少し照れ臭かった。
人魚の一族で、お父様もお母様も、お姉様達も皆、御伽噺に出て来る人魚の様に美しいから。ひとりだけ、人魚のあたしは小さい頃、本当に同じ血を分けた家族なのか、と不安で泣いた事がある。
「ルーシー、どうして泣くの?その嘴も、豊満な肉体も貴女の魅力なのに」
1番上のお姉様はそう言って、東の国に伝わる水妖怪の伝承が纏められた絵巻物をあたしに読んで聞かせてくれた。
「東の人魚、人魚はね、その似姿を描いたものを持っていると病に罹らないと言われているの。我がスプルーアンス家はその昔、その有り難い存在である人魚が嫁いで来た」
「スプルーアンス領の領民達はみな、人魚の肖像を家に飾っているわ。そして、先祖返りでルクレツィアは人魚として生まれた。それはとても、幸運な事なのよ」
あたしは幸運の象徴。あたしはスプルーアンスの宝。
自信を付けたあたしはいつも笑顔を絶やさず、領民達の幸せの為にお父様の領地経営を一所懸命に手伝った。
領主も領民も皆健康で、病気知らずのスプルーアンス領での生活はとても満たされていた。
「やっぱり、人魚はキミの姉上達の様な方々を言うのだよ」
最後に言葉を交わした時に、王太子殿下はそう仰った。
思わず王都を飛び出し、スプルーアンス領まで戻ったあたしを、両親と次期領主としての勉学に励んでいるお姉様とお姉様の旦那様は優しく出迎えてくれた。
お父様は、未だに亜人に対しての知識に乏しい王太子殿下の教育について王家に抗議を申し立てると憤っていた。
「嗚呼、ルクレツィア。貴女の悲しむ顔はとても苦しい気持ちになるわ」
お姉様の優しい声が耳に心地よい。用意された紅茶とケーキはあたしの好物。あたしはゆっくり紅茶を口にして、悲しい気持ちを吐き出す様に息を吐いた。
スプルーアンス侯爵家、及びその領民「いっぱい食べるキミが好き!」