美鈴
美鈴は300年程前からドヌーヴ公爵家でハウスメイドをしている屋敷妖精である。
屋敷の主が誰にも見られない様に暖炉にそっと用意する黒パンひとつとミルク。それだけあれば
『屋敷を常に清潔に保つ』
屋敷妖精ならではの能力を発揮出来る。
ただ、美鈴は屋敷妖精としてはダメダメだと両親や同僚達から言われていた。
『役立たずの屋敷妖精』
そんな風に陰口を叩かれていた美鈴に優しく接してくれたのは、終の主人だと心に決めたカトリーヌだ。
『我が国では、先祖返りをする者もあると言うわ。
別の種族で結婚をすると、産まれてくる子供は、父親か母親のどちらかの種族で産まれてくる。
我が家の雇用契約書によると、美鈴の御先祖には、僵屍と結ばれた者がいるとあったわ』
美鈴が力の加減が苦手なのは、僵屍の血を引いているからよ、とカトリーヌ様は言った。
カトリーヌは、簡単な計算、文字の読み書きの出来ない美鈴に根気よく色々と教えてくれた。力の加減に必要なコントロールも丁寧に、分かりやすく。
美鈴の家は貧しくて、幼い弟妹達の為にもしっかり働かないと、と思う反面、いつの日かカトリーヌが教えてくれた物語の様に玉の輿結婚に憧れていた。
だから、王太子殿下が「表情筋の死んでいるカトリーヌよりもキミと話す時間が楽しい」と言われて舞い上がり、恋仲になってしまった。
カトリーヌは王太子殿下と恋仲になった美鈴を責める様な真似はしなかった。1度、恐くなって理由を聞いた事がある。
「好き、の対極は無関心、と言うわね」
政略結婚等そんなもの、王太子妃は仕事だから、と言うカトリーヌを冷たい方だと思っていたのは一瞬だった。
時が経つに連れて、「どうしてこの方に惹かれたのだろう?」と感じる事が増えた。
「人間とはいえ、亜人の国王様の息子で、亜人の国で生まれ育った方なのに、亜人に対して無知が過ぎますよ...」
恋多き方だと薄々察し始めた頃、偶々、王太子殿下が他の女性を口説く場面を目撃した事がある。
それを見て、カトリーヌが王太子殿下に対して無関心になるのも仕方のないことだと美鈴は感じたのだった。
王太子が亜人について知っているのは前世知識レベルの話だけです。