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恋愛・ヒューマンドラマ

王城に出るメドゥーサは目で聴いている

作者: 二角ゆう

数ある中から選んでいただきありがとうございます。

 豪華絢爛な王城のパーティー。


 眩しいほどに着飾った貴族令嬢たち。

 シャンデリアからこぼれる光が、ドレスの宝石をキラリときらめかせる。

 タキシードを纏った貴族令息たちも続々と集まり、場は華やかに賑わっていた。


「今日は王様は出てこないのか」

「王妃様が亡くなってから、一層政務に励んでいるそうだ」

「もう十六年にもなるのに、後妻を迎えないなんて──王様は一途なお方だよな」


 そんな囁きがそこかしこで聞こえ始め、やがてざわざわと話し声が広がっていく。


 それに混ざるのは、他愛もない噂ばかり。


 婚約破棄寸前の不貞疑惑。

 身分違いの恋や、継母からのいじめ。

 派閥抗争、家門の序列──。




 そんな中、王城のパーティーにはいつも一人、“メドゥーサ”と呼ばれる女がいた。


 始まりから終わりまで、誰とも言葉を交わさず、踊ることもなく、壁際に佇んでいる。

 “壁の花”などという生ぬるい表現では追いつかない、不気味なほどの沈黙。


 ある令息が、不注意で彼女の肩に触れた。


「あっ、申し訳ありません」


 頭を下げながらも、彼は彼女の様子をちらりと窺った。




「──あの男、メドゥーサと目を合わせてるぞ」


 声の主は、壁際にいた伯爵令息だった。


「⋯⋯」


 メドゥーサはにこりと笑みを返し、そっと立ち去った。




 後日──令息の姿は消えた。


 そして翌週には、声を上げた伯爵令息の名前も出席者名簿から忽然と姿を消したという。




「メドゥーサと五秒以上目を合わせた者は、やがて姿を消す」


 そんな噂が、貴族社会にじわりと広がっていった。




 ある時、彼女が耳の聞こえないことが知られると、次のパーティーでは人々が集まり、優しい言葉をかけ始めた。


「前から気になっていた」

「壁の近くにいるのには、きっと理由があると思っていた」

「こんな健気な方、ぜひ支えて差し上げたい」


 メドゥーサは、ただにこにこと笑っていた。




 ──ああ、なんて滑稽なのだろう。


 昨日までは「不気味だ」と囁き、恐れていたその人を、今日は「天使のように健気」と褒めそやす。


 私は笑っていた。でも、その笑顔に気づく者などいなかった。


 見た目で勝手に決めつけ、都合よく憶測を積み上げる。

 話しかければいいのに。耳が聞こえないと分かれば、手のひらを返す。


 もちろん、中には本当に善意で接してくれる人もいる。

 けれど、大半は「健気な私に優しくしている自分」に酔っているだけ。


 ──なぜ、人は外側だけで判断してしまうのだろう。




 けれど、あの人だけは違った。


 あの頃の私は、こんな華やかなドレスを着ていなかった。

 質素な装いだったのに、彼は「立ち居振る舞いに目を奪われた」と言ってくれた。


 耳が聞こえない私に、身振り手振りを交えて話しかけてくれた。

 その瞳はまっすぐで、誠実で──まるで、光そのもののようだった。




 王族には珍しいほど、彼には先入観がなかった。

 その柔軟な考え方に、私は驚き、惹かれていった。




 私は思った。この人と共に生きたい、と。


 耳が聞こえない生活が長くなると、読唇術を身につけるようになる。

 表情や態度から、言葉の裏にある本音すら読み取れるようになる。

 耳が聞こえないと知った途端、態度を変える人は多い──でも、彼は違った。


 あなたがどれほど立派で、どれほど優しい人なのか、痛いほど伝わってきた。


 あなたが私と話す時、その表情はいつも輝いていた。




「君となら、どんな静寂も──音楽にできる」


 その唇の動きを、私は必死に読んだ。


「君と共に生きていきたいんだ。カトリーナ、結婚してくれないか?」


 涙が止まらなかった。嗚咽なんて、人生で初めてだった。


 ──あの時から、私は決めていたの。

 あなたの役に立つ、と。




 ───────────────




 パーティーが終わると、私は静かに自室へ戻る。


「おかえりなさい、お母様」


 そう声をかけてくれる娘に、私は手話で『ありがとう。でも疲れちゃったわ』と返す。


 机に向かい、今日のパーティーで得た情報を整理する。

 どの家門が有望か。どの人材を重用すべきか──名前を一つひとつ書き留めていく。




「まだ仕事をしているのかい?」


 ふと、後ろから優しい声がかかった。

 振り返ると、私は自然と笑みをこぼす。


『もう少しで終わるわ。今日は収穫があったの』


「愛する妻、カトリーナ。君はいつも働きすぎだよ」


『あなたこそ、ほとんど徹夜でしょう?  王様が倒れたら、皆が混乱してしまうわ。ちゃんと身体を休めて』


「⋯⋯じゃあ、君の仕事が終わったら、一緒に休もう」




 これでいいのだ。私は今も役に立っている。


 耳が聞こえない私を、かつて追い出そうとした貴族たち。

 けれど、私には私なりのやり方がある。




 娘の出産をきっかけに、公の場には立たないと決めた。


 そのうち私の顔を覚えている人もいなくなった。


 音のない世界でも──私はこの城にいる。


 王妃として、母として、そして観察者として。




 私は今日も、目で“聴いて”いる。


 ──“声なき王妃”は、またひとつ、記録を書き終える。


───────────────


今宵も王城では、華やかなパーティーが開催させれいた。


そこでは、メドゥーサが“目”を光らせている──。

お読みいただきありがとうございます!

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