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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

【短編】私の家族に近づくな

作者: 鶴嶌大晩

「私の家族に近づくな!」


雨が降りしきるスーパーマーケットの駐車場。そこで父親は大勢の怪物から幼い息子の身を庇った。


しかしもみ合いの途中で右腕を齧られた瞬間。とてつもない痛みが走りその父親はその場にしゃがみ込んでしまう。


そのせいで動けなくなった父親に向かって、この機を逃すなとばかりに畳みかける怪物達の群れ。それらに囲まれて人間としての死期が迫る中、わずかにできた隙間から息子の背中を見つめる。


雨と涙と血で歪んでいく視界だが、それでも瞳が捉えた最期の光景。


それは避難場所であるスーパーマーケットで出会った仲間達が、恐怖のあまり気絶してしまった息子を抱きかかえてトラックに乗せ、全速力でこの場を後にしていく様子だ。つまり父親はこの場にひとり見捨てられたことになる。


ただこの父親は満足していた。いざという時にどういう行動をするべきか、決めた規則通りに仲間達は動いてくれたのだから。


もうじき人間としての父親は死ぬ。しかし失われるのは高貴な魂-言い換えれば知性であって、肉体はこの先も動き続ける。


次々と文字通り牙をむけてくるこの怪物達も、元々は普通の人間だった。


ところが生前とは異なる酷く醜い姿に変化し、仲間を増やす欲求だけに囚われて襲いかかるそれらのことを、今はもう人間だと形容することなど不可能。多少は人間時代に話していた言語に近い言葉を発するものの、支離滅裂で聞けたものではない。


そんな怪物が夥しい数にわたって覆いかぶさってくるが、さすがに多勢に無勢。勝てるはずのない力比べにも負けてしまう。


さらに息子を庇った際に怪物から噛まれた箇所が不気味に変色し、その部分の神経が自分の命令に背いた動きをし始めることにこの父親は気づく。


それから徐々に得体の知れない『何か』が体内の深くに入り込み、それが内側から自身のことを蝕んでいく感覚まで伝わってくる有様だ。


ああ愛しき息子よ。今までありがとう。そしてさようなら。母親がいない君を幸せにできず申し訳ない。


大勢の怪物達の中心で目を瞑り、どうかこれから繁殖欲に駆られても人間のことを襲う存在にはならないようにと神に願う。


それでも父親はもうすぐ堕ちる。

生身の人間を襲うためだけに現世を彷徨い続ける、醜い怪物に。





青年は怪物駆除のために草原を走る。その手に持っているのは仲間達から支給された武器である、特殊な銃だ。


「ここで殺してやる!」


急ブレーキをして立ち止まって振り返り、夕日に染められながら青年は銃の引き金を引く。


それから次々と放たれた銃弾は彼の背後にまで迫っていた怪物の体を貫き、それは大量の出血をしつつ、大声を上げながら苦しむ。そして地面に倒れてしばらく痙攣を見せた後、ようやく動かなくなった怪物の死体に近づき青年は顔を覗き込んだ。


「最近は怪物の数も減ってきたな・・・。だいぶ駆除してきたからだろうな」


こう呟きながら青年は、その場に座り込んでオレンジ色に輝く空を見上げる。


「父さんは僕の活躍を見てくれているだろうか?」


青年の父親は10年前に病で命を落としたらしい。


『らしい』というのは、実は彼は父親の死を看取ることができなかったのだ。


微かな記憶の中で、襲ってきた怪物から逃げてスーパーマーケットに共に駆け込んだまでは覚えているのだが・・・。


いつの間にか気を失ってしまっており、目を覚ました際に父親の姿は消えていた。


逃げ込んだスーパーマーケットで出会った大人の仲間達によれば、自分が恐怖のあまり気絶してしまっていた間、なんと父親は急性の病気で没したというのだ。


当時はそれに激しく動揺したが今はもう落ち着いている。


信頼しているあの仲間達が変な嘘をつくわけがないし、あれほど文明社会が壊れてしまった世界では、父親の命を救えなかったのは仕方がない。


だから彼は怪物を駆除する度、天を仰いで父親に向かって語りかけていた。


父親は子供想いで人情に厚く、弱者や困っている人を積極的に守るという典型的な善人だった思い出がある。世界がこんなことにならなければもっともっと楽しい人生を一緒に過ごせていたはずなのに・・・。


「・・・っ!う、うわっ!」


こうしてしばらく感傷に浸ってたのだが、突然出現した青年に怪物が襲いかかる。


「ど、どこかに隠れていたのか!?全然気がつかなった!」


青年は重装備こそしているものの怪物から噛まれないように気をつけながら抵抗する。


元は同じ人間でありながら、怪物になってしまえば知性を失い醜い容姿となる。これらに容赦は不要。すぐに殺さないといけない。


だが近距離でのもみ合いが繰り広げられているこの戦い、青年は段々と怪物に押されていく。


「や、やばい・・・!」


その中で怪物の長い爪が青年の装備の一部に引っ掛かり、不幸にも脆くなってしまっていたのか破れ、そこから生の肌が露わになってしまう。


万が一ここを噛まれてしまえば・・・人間としての生涯は終了。


しかし思わず油断をしていた中で襲われてしまったため、武器である銃は地面に転がっている。


まさに青年は絶対絶命だったのだが。


「ガ・・・ガァァァァァ!!!」


「まずい!仲間がいたのか!」


今度は別個体の怪物が叫びながら突然飛び出してきた。ところがこの怪物は青年にではなく・・・青年にのしかかっている怪物に襲いかかる。


「・・・は!?え?」


突然解放された青年は動揺しながらこう驚きの声を上げて、後ずさりをする。


しかしそれでも変わらず怪物同士での戦いが行われていくが、冷静さを取り戻した青年はすぐ地面に転がっていた銃を拾い上げて双方に銃口を向ける。


すぐに鳴り響く銃声。同時に2体の怪物はその場に倒れる。


「な、何だったんだ一体・・・?」


青年は怪物に近づき、恐る恐る見下ろす。最初に襲撃してきた個体はすでに絶命しているようだが、後から出てきた個体は青年のことを見つめながら、何か鳴き声を発していた。


「ワ・・・ワタシノ・・・カゾ・・・カゾクニ・・・チカヅ・・・」


それからすぐ再び轟く発砲音、銃弾は怪物の頭部に直撃。


「何を言ってるかさっぱり分からん。きっと縄張り争いでもしていたから仲間割れになったのだろう。まあでも僕はラッキーだったな」


こう口にしながら背を向ける青年をじっと見つめたまま、この怪物は息絶えた。

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