第3話 凪だ日常の変化
痛む脛を庇いながら俺は父さんの横でとある人物を待っているらしい。なぜ「らしい」という推量の形容詞がつく理由は俺も教えてもらってないから完全には分からんが、こんな子供サイズのスーツなんか着てたら大体の予想はつくし、ホムスさん達の焦り具合も見れば合点がいく
「ああああああさささあささsあしししし失礼のなない様にな!」
「わかったよ父上」
落ち着け父さん。落ち着かないのはお互い様だが、一旦落ち着きなさいよ。汗でびちゃびちゃな手で手を握るな
「ああああああアルテミスちゃんとアーサーちゃんおちちゅくのよ!」
「え?うん!」
「わかってるよ母上」
目上の人物が来るのは予想できるが、こんなに緊張する必要あるか?国王でも来るんですかねぇ。んな、わけねぇか・・・・此処は地方だし首都からは列車でも二日はかかる。そして、我が家は伯爵の地位にいる・・・辺境伯っていうほどの辺境でもなく、小麦と酪農くらいしかない農耕中心弩田舎に来る目上の人ってなったら同位か一つ上の家柄なんだろうなぁ。それか父さんの職場の上司
「父上、そのお客様は・・・・」
父さんに客人の概要を聞いた瞬間、全身の毛が逆立ち、汗腺という汗腺から汗が吹き出し震えが始まる。瞬時に自分自身が恐怖していることを理解した。
形容し難い気配の方向に目をやると超遠距離ではあるが、向かいの山の上を飛ぶ巨大なドラゴンが飛行していた。見た感じ全幅50mは優に超えてそうな大きさだ
「父さん・・・一体、誰が来るのさ」
「内緒だ。たく、あの人の派手好きな所は面倒くさいな。お偉いさんと領民の皆にどう説明したものか」
「相変わらずの様ねあの人は」
「・・・・」
父さんと母さんは冷や汗で額を濡らしつつ苦笑いしているが、アルテミスは完全に委縮してしまっている。森も、風も、空も騒がしさを失い、鳥は飛ぶことは愚かな行為であるかのように一匹も飛んでいない。正直、逃げたくなるような状況ではあるが父さん達の面子が潰れることはあってはならない・・・もう少しだけ、頑張れ俺
*
少し待つとドラゴンが頭上を通過する。全幅50m程度ではなく全長2000m全幅1000m以上はある四枚羽の多翼型のドラゴンだ。たった、一回の羽ばたきだけで暴風が吹き荒れるほどの龍力
そして、その巨体の一部から人?が下りてくる。
「アーサー覚悟を決めろ来るぞ」
「え?何が来るの」
刹那、ドラゴンが視界に入った以上の恐怖に包まれた。気を失いそうなほどの殺気が俺に一直線に向けられているように感じた。蛇ににらまれたカエルの気持ちはこんな感じなのだろう
降りてきた人は広すぎるほどの肩幅、服がはち切れんばかりに膨れ上がった上腕と脚部、天をも穿つであろう禍々しい角を頭部に生やした”魔人族”の男であった。
しかし、その男は一瞬で姿を消し俺の目線の高さにしゃがみ込んでいた
「・・・・っ」
「ほう、俺の殺気と魔力に中てられても尚、意識を保っているとはな。これまでの男は卒倒、発狂、精神崩壊する奴しかいなかったが耐えるとはな」
「鍛えていますから」
「そうか、合格だ」
その人はそう言った瞬間、全身から放たれていた殺気と魔力を消した。殺気が消えたのを皮切りに全てが活気を取り戻した。まるで、嵐が過ぎ去った後の快晴のように
「ハロルド、ロザリア殿、貴殿らへのご子息への行き届いた教育の賜物だな。我がヴァグナタット家の婿養子に相応しい」
「「有難きお言葉」」
「そうかしこまるな」
「「分かりました」」
父さんと母さんが敬うほどの相手・・・やはり、上位の階級の人物か。ちょっと待て、俺婿養子になるの!?
「お前らもそろそろいいぞ」
目の前の景色に陽炎のようなうねりが生れ、そのうねり中心から再び人が二人現れる。片方は大人の女性だ
「アーサー君。我はボルド・ヴァグナタットだ。紹介しよう我の妻のケミシャルだ」
「ケミシャル・ヴァグナタットです。以後お見知りおきを」
ケミシャルさんはドレスのフレアを両手で摘まみ上げ挨拶する。そして、ケミシャルさんの後ろから恐ろし気にその姿を現した。
夜空よりも黒く深淵よりも深い黒髪、雪の様に白い肌は漆黒の髪を引き立たせ、細い指とスカートから覗く足は高級なガラス細工の様に繊細なものに感じた。澄んだアメジストの様に透明で濃い紫色の瞳に意識が吸い込まれその子から瞳が離せず、鼓動が早くなり冷や汗ではない、汗が手中ににじみ始める。
その子は俺に視線を合わせニコっと笑うと
「初めましてアーサー・レイヴンさん。私はヴァグナタット家の長女のリディア・ヴァグナタットです」
「ご、ご丁寧にありがとうございます!私はレイヴン家長男のアーサー・レイヴンでしゅっ!」
「フフ」
「ツゥ~///」
クソッ!噛んで恥を晒しちまった・・・・恥ずかしい
俺はこの時、夢にも思わなかった。彼女・・・・リディアが今まで親の面子のためだけに努力していた俺に更に努力し、強くなる理由を与えてくれる運命の人だったとは