【9】
「タクシーを拾おう」
たまたま遭遇したタクシーに乗り込み、店の名前を告げる。運転手は黙って車を動かした。あかりもリラックスして、シートに座る。パンケーキを想像するだけで、もうよだれが垂れそうだった。
「着きました、お客さん」
「ありがとう」
お金を払い、タクシーから降りる。店はレンガ造りのオシャレな外装で、イルミネーションが煌々と輝いていた。メルヘンな世界に入り込んだように錯覚しながら、ドアを開ける。チリリンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
女性従業員に声をかけられ、あかりは人さし指を立てる。
「1人なんですけど…」
「こちらへどうぞ」
従業員の制服はピンク色でかわいかった。客層はさっきとうってかわって、若い恋人たちや友人同士が多かった。
「メニューでございます」
「ありがとうございます」
メニュー表を受け取ると、甘くて香ばしい香りが漂ってくる。皆、何を注文したのかチラリと覗き、メニュー表と見比べる。一番人気は、イチゴをふんだんに使ったパンケーキだった。あかりはメニュー表からそれを見つけると、値段を確認する。そんなに高い値段ではなかった。
「これをください。後、コーヒーも」
「かしこまりました」
店員が去っていく。1人になったあかりは、テーブルに肘をつき、メニューをまだながめている。追加注文するかもしれなかった。
ーこうしていると1人はさみしいなあ。
広人から恋人を作れと言われたのを思い出す。しかし首を横にふって、その考えを吹き飛ばす。今は美味しいものを食べる時間だった。
ー至福の時だ。
お手拭きを使い、自分の物が来るのを待つ。
「美味しい!!」
「ああ、そうだな」
ほかの客の会話が聞こえてくる。1人でいるあかりは先程の店より目立っているかもしれなかった。
「お待たせいたしました」
少しぼっとしていると、注文したパンケーキがやってきた。生クリームたっぷりで、蜂蜜もあるようだった。
「いただきます」
フォークとナイフを使うと、すんなり一口大に切れた。生地がフワフワで弾力があった。まずは生クリームをたっぷりつけて頬張る。イチゴの酸味と粉砂糖の甘さを潰さす、適度に甘い作りになっていた。
ー今度、千代さんに頼んでみよう。
新メニューにしてくれるかもしれないと期待しながら、蜂蜜を使う。くどくなくサラリとしていて、天然の甘さにビックリする。もう1回かけると、更に生クリームと相まって、美味しそうだった。
ー1人ご飯の特権よね。
好きなだけ食べて、好きなだけ注文する。もう止められなかった。
「すみません」
追加注文するために手を挙げる。あかりの胃袋は当分大丈夫そうだった。