桃太郎の真実
時は西暦2億6500万3654年。ありとあらゆる生命が試験管で生まれるサイケな世の中、マッドパンクな大都会OKAYAMAに一人の女が住んでおった。女は一人で芝刈りも洗濯も炊事も掃除も何でもこなし、おまけにグローバルカンパニーの首領を務めておった。全てを手にした彼女はSeto大橋(SpacE Traveling station Okayama)の見える遊園地、海上にそびえ立つ今にも壊れそうなレーンの上でこう言った。
「ばっくなんじゃ。」
隣で自転車を漕いでいた相手が目を大きく見開きこちらを見る。彼女は繰り返す。
「うちが欲しい言うたんはバックなんじゃ。」
行きは二人で帰りは一人。地上8849mの部屋に帰ると一層寂しさが募る。足元の回遊式庭園は豆粒のように小さい。今日も握手を求める子供たちが全国から集まっているはずだが、この高さからは何も見えない。
「この世をば我がよとぞ思ふ望月の欠けたることもなしと思へば。なのに何だか満たされない。」
何もかも手に入れたはずなのにこの寂しさは何だ。ここにきて彼女はようやく祈る気になった。でも何に。神も仏もないこの265万37世紀の世で一体何に何を祈ろうと言うのか。
しかし願いは聞き届けられた。ふと気付くと目の前に人がいたのだ。全身真っ黒のその人は今まで会ったどんな人とも違った。彼女は心を奪われ、遠き日の昔に美術館で見た絵画のことを思い出した。何という説明をされたかも覚えてない(そもそも聞く気もなかったのかもしれない)。その絵には何だか目の前の人に似た人物が描かれていた。普通ではない人間の姿。その隣にいるのは普通の人に見える。その人はその後どうなるんだっけ。試験管なしに子供を得るのではなかったかしら。絵のタイトルは、えーっとここまで出掛かっているのに。そうだ、エルグレコという人のジュテームだ。思わずジュテームと口にすると真っ黒な人、この世界には存在しないはずの人類、とうに絶滅したはずの人類すなわち男性が初めて彼女に気付いたようにこちらを見てそのまま彼女を抱き寄せた。
それから十月十日ばかり過ぎた。真っ黒な人は翌朝には影も形もなくなっており、存在の痕跡すらなくなっていた。超高性能の監視カメラにも彼女の姿以外何も映っていなかったのだ。唯一それが痕跡なのか、その日から体調が不安定になり、何だかお腹が膨らんで、とうとう今日この日に尻から人間が出てきた。そしてその人間は自分にではなくあの真っ黒人に似ていた。奇形かしらと彼女は思った。股の間に腫れ物がある。それでも尻から生まれた人間に何がしかの愛着を感じ桃太郎と名付けた。本当は尻太郎と名付けたかったのだが、商標、著作権といった関係で数百世紀前から尻という単語は使用に強い制限が掛かっている。気軽に人の名前には使えない。彼女は桃太郎の奇形を隠すため、腫れ物を覆うように股に布切れを被せて育てることにした。
桃太郎は何もしなかった。ここまで何もしない人間も珍しい。働きもしなければ勉強もしない。絵を描くでも運動をするでもない。まぁ日がな一日ごろごろごろごろ、よくもまぁここまでぐうたらな人間がいたものだ。
OKAYAMAの女は(彼女は桃太郎の母親だがこの時代に母親という概念はなくなっている。彼女にとって桃太郎は、自分の尻から出てきた不思議な人間であり、そのことから幾分の愛着を感じ同居しているといったところだ)冷徹無比の合理主義者で、次第に桃太郎に苛立ちを募らせるようになった。桃太郎は桃太郎で、最初の内こそあーとかぎゃーとかしか言わず、そのうちしゃべるようになったかと思ったら、最近またあーとかうーしか言わなくなった。気付けば尻から出てきて14年にもなろうとしていた。ある日とうとうOKAYAMAの女の堪忍袋の緒が切れた。
「一体何なのよ。毎日毎日ぐうたらぐうたら。大体こんなのって3年もぐうたらしたら4年目には大きな仕事をするものなのにあなたはもう10年以上もぐうたらしっぱなしじゃない。」
こうして桃太郎は旅に出た。腰に一枚パンツを履いて。
OKAYAMAの女がいなくては超高速移動機は使えない。超高層タワーマンションを歩いて降りることにした。ちょうど地上7000mくらいまで降りたところで犬神わん子と名乗る少女に出会った。もうお腹が減って仕方がなく、なりふり構っていられなかった。
「もしもし犬神様、犬神様。お腰に付けた」
そこまで言ったところでわん子が遮った。
「皆まで言うな。時が来たらくれてやろう。それよりわしの家来にならんか。お礼に飯を食わせてやる。」
何が何だか分かりませんが、ご飯を食べられるのならと桃太郎は家来になりました。わん子は腰からぶら下げていたおにぎりをお茶漬けにして桃太郎にくれました。お茶漬けをさらさら食べていると
「よし家来、行くぞ。目指すは鬼ヶ島じゃ。」
と急き立てられ桃太郎は出発しました。
「待ってください、ご主人様。」
二人が5000mくらいのところまで降りて行くと猿橋えて子と名乗る女に出会いました。えて子はいきなりわん子に喧嘩をふっかけてきました。
「抜け駆けとはいい度胸じゃねぇか。おい桃太郎とか言ったな。お前は今日から俺の家来だ。」
「そんなのすっとろいお前がいけないんだ。こいつは俺の家来だ。」
わん子も負けていません。物凄い剣幕に桃太郎はおろおろするばかりです。
「昔から忠臣は二君に仕えずと言いますが、えーとその、あの皆様が良ければ、」
「誰が勝手に喋っていいって言った。」
わん子が桃太郎を足蹴にすると、えて子も何を生意気なと桃太郎に打擲を加えました。二人して一頻りぽかぽかぽかぽか殴る蹴るの暴行を加えていましたが、やがて疲れ切ったか固い握手を交わし声を揃えて
「今日からお前は私達二人の奴隷だ。」
と高らかに宣言しました。桃太郎は息も絶え絶え
「胸がく」
と言って血を吐くと、えて子は
「皆まで言うな。時が来たらくれてやる。」
と言って桃太郎を介抱しました。
わん子とえて子は意気投合、二人して鬼を倒すぞえいえいおーと鬨の声を上げ、桃太郎を縄で引きずり超高層ビルを降りていきます。標高3776mまで来たところ辺りの様子がぐっと変わりました。薄暗く妖気漂う空気に、ここがあの鬼ヶ島かと皆は身を固くします。そこへ女が現れ
「皆さん遠いところをようこそ。私がここの支配人、キジー ナベです。どうかよろしくお願い申し上げます。」
と言い抜きざま、キェーーーーッと裂帛の気迫で飛びかかり桃太郎の目にぐさりと指を突き立てました。
「この人が、この人が私をいやらしい目で見た。」
キジーは言いますが、弁明もできず桃太郎は苦しみのたうち回るばかり。わん子とえて子はこの奴隷風情が恥をかかせおってと助けるどころか足蹴と殴打をお見舞いしてきます。一段落したところで
「キジーさん、こいつにそんな甲斐性はねぇっすよ。こいつはヘタレな奴隷っすから。」
とわん子が言うと
「そうっすよ。こいつはそんな勇気のないチキンっすから。」
とえて子も助け舟。すると
「誰が、誰がCockよ。」
顔を赤くしてわなわな泣き震えながらキジーが桃太郎に襲いかかります。桃太郎は最早瀕死の有様です。目の前に浮かぶは三途の川か。何やら川が見えます。意識も遠のきそうです。
「キジーさん、キジー様どうか」
桃太郎が言いかけると、キジーは
「最後まで言わなくても良いの。その時が来たら差し上げますから。そんなことより、時空の扉が開きました。ここから先が鬼ヶ島よ。」
と桃太郎を川へと蹴り落としました。我らが奴隷に続けーとわん子とえて子も元気よ川に飛び込みます。金棒金槌泳ぎのできない桃太郎はぶくぶくぶくぶく沈みそうです。いよいよ苦しくなり、死んで三途の川に行くなら三途の川で溺れ死んだらどこに行くのかなと考えていると、とうとう意識が遠のいてきました。後ろからは地獄の鬼も真っ青な鬨の声を上げ三人の女が水音も激しく追いかけてきます。もうだめだと思った桃太郎を抱き上げるものがいました。真っ黒な服に身を包んだ、この世界にいないはずの人間、あの真っ黒人でした。後ろからは
「時空犯罪人、鬼島鬼兵衛未成年掠取の容疑で逮捕する。」
とキジーの声がします。桃太郎はそこで気を失いました。
真っ黒人こと鬼島鬼兵衛は不敵な笑みを浮かべると
「この子は俺の子だ。自分の子を抱いて何が悪い。それよりもそこにいる犬公、猿公の方がよっぽど誘拐犯じゃないか」
と言いカカカと笑いました。
「育児をしない男を父とは呼ばない。」
どこからか声がします。鬼兵衛が何だとと凄むともう一度声がします。
「育児をしない男を父とは呼ばない。」
見ると意識を失ったはずの桃太郎がうつろな眼差しのままうわ言のように繰り返している。
「20世紀末の記憶だわ。時が、時が戻ったのよ。」
涙を浮かべんばかりにキジーが言います。
一瞬、風が吹き桃太郎の腰布がはらりと落ちました。OKAYAMAの女、母が手づから作った桃太郎唯一つの持ち物は今や三途の川を遥か彼方に流れ消えていってしまいました。
「時は来た。」
キジーが厳かに宣言しわん子が答えます。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰に履いてた私のパンツ、一つあなたにあげましょう。」
「桃太郎さん、桃太郎さん。お胸に当ててた私のブラジャー一つあなたにあげましょう。」
えて子も続きます。
桃太郎は二人が投げたパンツとブラジャーを受け取ると黙って身につけました。熱い血が流れ力が湧き出てきます。お陰でパンツはちょっと窮屈です。
「桃太郎さん、桃太郎さん。私の使ったフレグランス一つあなたにあげましょう。」
キジーは桃太郎に向け香水を投げかけます。桃太郎は甘く蠱惑的な香りに包まれました。
完璧な調和の中にあり全てが満たされています。今なら何者にも負ける気がしません。
鬼兵衛は苦しそうな顔でこちらを見ましたが、やがて
「俺のパンツは鬼のパンツ。何者にも破ることはできない。十年履こうが10世紀履こうが10万世紀履こうが傷一つ付かないのだ。小僧、お前に俺は倒せない。」
とぽつりと言いました。そう、鬼兵衛が真っ黒なのは、全身を覆うパンツが汚れ切って真っ黒になっているからでした。
かたや、自身の名を冠した最高級ハイブランドインナーに身を包んだ桃太郎。かたや、もう10万世紀も履き古したパンツに全身を覆われた鬼島鬼兵衛。命を懸けた二人の戦いが始まろうとしています。
しばらく相対していた二人でしたが、ゆらりと鬼兵衛が襲いかかります。
「鬼のパンツはいいパンツ。」
目にも止まらぬ速さで次々と桃太郎に殴打を加えてきます。
「強いぞ、強いぞ。この力、この速さ、これが鬼というものだ。」
桃太郎も負けてはいられません。力一杯握りしめた拳を鬼兵衛の頬に打ち込みます。
「虎の毛皮でできている。強いぞ、強いぞ。貴様の軟弱な一撃では傷一つ付かない、塵一粒が落ちるほどの感触もない。」
鬼兵衛は歌うように語りかけ、その間も攻撃の手を緩めません。
「5年履いても破れない。強いぞ、強いぞ。これが5年分の力だ。」
鬼兵衛は少し苦しそうに股ぐらを気にしながらズシンと重たい一撃を加えます。苦しそうに赤いものを吐く桃太郎、わん子とえて子が思わず手で顔を覆います。今や素っ裸のわん子とえて子、一瞬視界に入った二人の姿に桃太郎は再び力が湧き出てくる気がしました。股ぐらだけがますます窮屈になりました。それに二人のくれた桃太郎印のパンツとブラジャーは縫製も素晴らしくとても丈夫でした。着心地がいいだけでなく身体も労ってくれるのです。思いの外ダメージを受けていないことに気付いた桃太郎と思いの外ダメージを与えていなかったことに気付いた鬼兵衛。
「10年履いても破れない。強いぞ、強いぞ。」
やはり切なそうに股ぐらを見遣りズシリと重い一撃を加えようとする鬼兵衛でしたが、どこか強がっているように見えました。
「桃太郎さん頑張ってー。」
わん子とえて子の応援にますます元気になる桃太郎。股ぐらだけはちょっとキツかったけどもう負けません。鬼兵衛の一撃を左腕で受け止め、お返しにお腹に一撃を入れました。鬼兵衛は顔を歪め、もう破れかぶれです。
「履こう、履こう、鬼のパンツ。履こう、履こう、鬼のパンツ。あなたも、あなたも、あなたも、あなたも、みんなで履こう鬼のパンツ。」
最早、鬼兵衛の殴打は桃太郎に何の痛痒も与えません。
「俺は鬼のパンツなんか履かない。」
高らかに宣言する桃太郎に
「桃太郎さんすごーい。」
と裸のまま飛び跳ねて歓声を上げるわん子とえて子です。そのとき、いよいよキツくなった股ぐらが弾けて桃太郎のおしゃれパンツは解けてしまいました。
うぉーと鬼兵衛の声にならない叫びがします。俺は、俺はもう何年も何百年も何世紀も何万世紀もパンツが脱げないんだ。決して破れない傷付かない鬼のパンツ、でも脱ぐこともできない。垂れ流し続ける小便にも大便にも傷みすらしない。俺は、俺は生まれてこの方、もう想いを遂げることもできないのか。好きな女に、なぁ、おい、
「お前も鬼にならないか。」
虚な目で鬼兵衛が言います。目には深い深い隈ができまるで歌舞伎役者のようでした。
「21世紀の初頭、令和の記憶ね。懐かしい。でも、でももういいでしょ、お兄ちゃん。」
これまでずっと黙っていたキジーがぽつりと言いました。
「破廉恥なものをぶら下げた一族の恥晒しを生かしておく訳にはいかない。お兄ちゃんはここで途絶えるしかないのよ。でも他の誰にも渡しはしない。私が私がこの手で必ず。」
目に涙を浮かべています。
鬼島鬼兵衛は鬼の子でした。既に絶滅したはずの男であり、生まれつき時空移動の能力を備えていました。由緒正しき鬼島家は、鬼兵衛に鬼のパンツを履かせ育てました。鬼のパンツは次第に成長し、その内には鬼兵衛の全身を覆うまでになっていきました。決して脱ぐことのできないパンツ。鬼兵衛は生まれてこの方、ずっと鬼のパンツに包まれて育ちました。女だらけのこの世界でたった一人の男として。強大な力と引き換えに身体の自由をずっと奪われて。
キジー ナベこと鬼島雉鍋は鬼兵衛のたった一人の妹でした。鬼島家の厳しい戒律と不憫な兄を思う優しさの板挟みがずっと彼女を苦しめ続けました。悩み苦しんだ青年期を経て、兄の暴発による一族の瓦解を乗り越え彼女がたどり着いた真実は二つ。一つは戒律に従い兄は必ず葬り去ること。そしてもう一つは、兄の抹殺は必ず自分の手で成し遂げること。そのために時空移動システムを開発し、時空警察を組織し、兄を追い続けました。鬼を倒すことのできる存在、桃太郎を探し出し、兄をとうとう三途の川に追い詰めたのです。
「お兄ちゃん、辛かったね。これで楽にしてあげる。」
裂帛の気合いと共に両手で短刀をしっかりと支え鬼兵衛の方へ突進します。狙うは鬼兵衛の目、鬼のパンツに覆われてない最後の部分です。
「チカか、お前には心配かけたな。好きにするがいい。鬼島の戒律なんぞ気にせず、お前の好きに生きるんだ。」
鬼兵衛は桃太郎を突き飛ばすと妹に向き直りました。ふと安らいだような優しい目をしていました。その目に向かって雉鍋は流星のような速さで飛び掛かり短刀を突き刺しました。その瞬間、物凄い光と爆音が轟き何も見えなくなりました。雉鍋は正しく鬼兵衛の目を狙って短刀を突き立てました。しかし、鬼のパンツの成長がほんの少しだけ早く、鬼兵衛の目も覆ってしまったのです。鬼兵衛は全身を鬼のパンツで覆われこの世界から完全に切り離されてしまいました。
折れた短刀を握り雉鍋は泣いています。彼女は結局戒律も守れず、兄も救えませんでした。ただこれ以上できることはないし、する必要もありませんでした。鬼兵衛は三途の川に流され海へと向かいます。
戦いは終わりました。皆しばらく呆然としていましたが、そろそろ帰らなくてはいけません。いつまでも悲しみに浸っている訳にはいかないのです。それにここは三途の川、長居していい場所ではありません。
「桃太郎はどこに行くの?」
わん子が聞きました。
「そうですね。過去に行きます。ずっと昔ならこんな私でも受け入れてくれるでしょう。」
桃太郎が答えると雉鍋が餞別にと言って、メスを一振りし桃太郎の股近くの腫れ物を治してしまいました。長い研鑽の果てに身に付けた高速手術です。
「生まれつきでしょうその腫れ。可愛い女の子が勿体ないわ。時々あるのよ。腸ヘルニアでお腹が膨らむの。ここまでだと珍しいけど、簡単な手術でもう再発もしないわ。」
桃太郎は女の子でした。鬼兵衛はやはりたった一人の男でした。
「時々お腹が痛くなることがありました。これでもう大丈夫なんですね。ありがとうございます。そう言えば母はどうなります。喧嘩別れしたままなのはやっぱり嫌なので。」
「お母さんは鬼兵衛と出会いあなたを産みました。この時代の整合性から大きく外れてしまったから、もうこの時代に留まることはできないわ。お母さんの行き先は紀元前20年頃のベツレヘムだから途中まで一緒に行くといいよ。」
「まさか、お母さんがマリア様なの。」
えて子が聞くと雉鍋が答えました。
「そう。兄は鬼のパンツで全身覆われ、桃太郎のお母さんと何の交渉も持てなかった。正真正銘の処女懐胎である以上、もうこの時代にはいられないし行き先はあそこしかいない。お母さんは優秀で真面目だからきっと上手くできるわ。」
桃太郎は鬼兵衛の子ではありませんでした。鬼兵衛はやっぱり一人でした。違うと知りながら桃太郎を自分の子と言った鬼兵衛のことを考え4人はしばらくしんみりとしていました。やがて立ち上がると銘々の旅路へと急いで行きます。
桃太郎が聞きます。
「チカさんはどこへ。」
「海の側で暮らすことにするわ。深海の底に兄がいると思うと少しは気が紛れるから。」
鬼のパンツで覆われた鬼兵衛は世界から完全に閉ざされてしまいました。誰とも触れ合うことなく一生を終えるのかと思うとただただそれが辛く気が触れそうな激情がただ彼を蝕んでいきました。
鬼兵衛は最後の力を振り絞り、自身の体の一部を、ただただ自身の遣いとして、鬼のパンツの外に抜け出させるか試みることにしました。生まれつきの時空移動の能力、その全てを振り絞り命と引き換えに、彼のその一部は鬼のパンツから抜け出させることに成功しました。鬼兵衛は息絶え深海に沈んでいきました。
雉鍋は海辺の町で暮らしていました。時に漁をして慎ましやかに暮らしていました。ある日のこと、浜辺で地元の子供が大騒ぎをしています。見ると変な亀、変な亀と亀の首を棒で叩いたり石を投げたりします。雉鍋は子供達に幾許かの小遣い銭を渡しその亀を引き取りました。
「お兄ちゃん。」
亀と思ったのは鬼兵衛の身体の一部でした。深海から地上に出るまでに力を使い尽くし、浜辺で子供達にいじめられ最早死ぬ間際でした。
雉鍋は早速手当てをして鬼兵衛の身体を大切に育てました。そして幾年かの後、雉鍋は姿を消しました。
桃太郎はイタリアの火山のある町に住んでいました。彼女は朝夕鬼兵衛のために祈るのを忘れませんでした。
鬼のパンツはいいパンツ
強いぞ 強いぞ
虎の毛皮でできている
強いぞ 強いぞ
5年履いても破れない
強いぞ 強いぞ
10年履いても破れない
強いぞ 強いぞ
履こう 履こう 鬼のパンツ
履こう 履こう 鬼のパンツ
あなたも あなたも
あなたも あなたも
みんなで履こう鬼のパンツ
彼女の美しい歌声に乗せた祈りの歌はこの町に長く響き渡りました。
---Fin---