9.X'mas cheers
再び12月24日…夜
「こんばんは〜」
「こんばんは。」
大して大きめのお店でもないが、入り口だけはちょっと広めで2人はいつも並んで暖簾をくぐる。
ひょっこりと暖簾の先から突き出した顔を見て、板前の桜次郎さんが破顔した。
「お?おーっいらっしゃい、久っしぶりだねえ」
「最近仕事が立て込んでて・・・ほんと、ご無沙汰っス」
「やー、全くだよ・・・進くんはともかく春陽ちゃんが来ないから、寂しかった寂しかった」
「ごめんなさい。わたしもずっと来よう、来ようって思ってたんだけど・・・わたしも桜次郎さんに会えなくて寂しかったです」
「俺はともかく、なのか」
「嬉しい事言ってくれるねえ。」
「・・・シカトかよ・・・客だぞ、一応」
口を尖らす僕にはあえて何も言わず、店主の桜次郎さんは、カウンターの『いつもの席』を勧めた。
「いらっしゃい。」
と、店の奥から、この店の、おかみさん・・・ああ、イヤ。俺は言うね、未だ現役バリバリで『看板娘』の菜乃香さんがお盆を手にニコニコの笑顔で2人を出迎えてくれる。それだけのことで自然に表情と気持ちが綻んでしまうくらい、それはいつもの風景だった。
「本当に、進くんも春ちゃんも働き者で偉いね。でも身体は壊さないようにしなきゃダメよ」
お絞りと、小鉢に入った蕪の味噌和えのお通しを2人に配膳して。
「2人ともビールでよかったよね?」
と、勝手知ったる割烹着の後姿で、菜乃香さんは尋ねる。
「は〜い」
いやあ、あれは日本でも指折りの割烹着姿だ!などと豪語できちゃうぞ、いやマジで。
「進藤さん、鼻の下伸びてるよ」
春陽がしらけた声で言ってみせる。
「おまえなあ、人を痴漢みたいに言うんじゃないよ」
「ハイ、どうぞ」
適度に冷えたジョッキに注がれた琥珀色の液体に、キメの細かな白泡が軽やかにけれどしっとりとフタをする。
どこででも見れるものではない。いつ来ても桜菜やのビールはとても綺麗だ。
「そんじゃ、おつかれさま!カンパイ」
「あ、はい!・・・あと、メリークリスマス!」
キン、と少し甲高い音を立てて重ねられた陶器製のジョッキを少しほうけた調子で口へ運ぶ。
「ああ、うん。」
思いもかけずに言われた台詞にあいまいな僕はそんな風に返事を返してしまった。
「おいし」
「・・・・・」
黙って、飲んでしまった。
『ハア…ホントはスゲエうれしいくせに…素直じゃねえんだよな』
冷静になった頭の中で僕は深くため息をついた。やっぱりそれが進藤結二というヤツなのだ。
そんな二人に、というより僕に向かってニヤニヤ顔で、桜次郎さんが話しかけてきた。
こういう顔のときはたいていロクでもない話題なんだけどな。
「で、今日も仕事かい?それとも二人してクリスマスの一発をやってきた後かい?」
「ブハッッッ」
せっかくのビールが鼻から出た。このオッサン、言うに事欠いて何て減らず口を叩きやがる。
「うん、そー、一発やってきた」
春陽は少し紅くなりながらも、笑いながら冗談を返す。
「って、アホ!違うだろうがっ!オッサン何言ってんだよ!春陽ものりゅなっつの・・・っ!!」
…で、まあムキになった奴がまた絶妙なタイミングで『噛ん』じまう訳ですよ。
「「ぷ」」
「あっはっはっはっ。進くんは相変わらずおもろいな〜、からかい甲斐があるわ」
「ホントー。いっつも外さないよね」
「う、うるさいな。何でお前は平気なんだよ」
自分が一人だけ子供みたいで僕は口を尖らせた。
「あらあら、あんまりいじめちゃかわいそう」
菜乃香さんが微笑みながら、2人をたしなめてくれた。
「菜乃香さ〜ん、何とか言ってやって下さいよう」
隠そうともせずに歳を明かす菜乃香さんは、もう35歳になるというのに、未だに20代前半といっても通じそうな若々しさがある。
大人の色気も十分あるのに、どうやったら、こんなに可愛くなれるのか、個人的に2人きりでじっくり伺ってみたいものである。
「あ〜、また進藤さん、菜乃香さんに甘えようとしてるう」
「お?今度は人の嫁さんとクリスマスの二発目をかまそうってのかい?進君よう?」
「・・・・おまえら・・・。」
ついでに、こんなに綺麗で可愛くて優しくて上品なのに、何だってあんなデリカシーのない旦那に娶られる気になったのか、警察と弁護士と精神科医あたりの立会いの下じっくり伺いたいものである。