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I need you...  作者: まっく
7/10

7.Present For You

「おつかれ、さまです。」


「?・・・ああ。お疲れ様」


振り向くと、そこに香宮春陽が立っていた。


やはりと言うべきなのか、その表情は心なしか暗いもののように思えた。多少は親しくなったものの、いつも一緒にいるわけじゃないし、数度話しただけの印象だから違和感とまでは言うべきでないのかもしれない。

けれど、もっとこう笑顔の似合う子だった様に思えた。心根の明るさが顔にまで滲んでいるというか。

実際に気持ちが沈んでいるのかもしれないし、あんな姿を目にしてしまったからそんな風に見えてしまうのかもしれない。


「あー・・・」

「あの・・・」


同時に言葉が出た。楽しい席でならそれはまた笑顔の材料にもなるのだろうけど、今のタイミングでは単に気まずいだけだった。


「うん、どうぞ」


少し苦笑いして、先を促す。

一方の香宮春陽は微笑もうとして、けれどそのやり方を忘れてしまったかのようにぎこちなく表情を崩しただけだった。


「あの・・・聞きました」


「え?なんのことだろ?」


「あの日、野村さんに・・・あ、うちのチームの人に私の事、言ってくれたんだって」


「ああ・・・いや。たまたま通りかかったし、あの人は知り合いだから」



『香宮さん、調子悪いから少しの間休ませて下さいってさ』


あの後、オフィスに戻って香宮春陽の職場を通り掛かったとき、僕の先輩でもある彼女の上司にそれとなく話しておいたことが思い出される。


『あ、はーい。わかりまし・・・あれ?進藤君、春陽ちゃんと知り合い?』


余談ながら、そんな”余計なヒトコト”を言ってしまったがために、

「そういう機微」にはやたらと敏い野村真由主任に勘ぐられなければならないというオマケがついてきてしまったのは失敗だった。


『ああ・・・少し話しただけですよ』

『ふぅん。なんだかちょっと、珍しいね』


どういう意味だよ?と思ったけど、黙っておいた。


で、人が黙っている事をいい事に、このネエさん、余計なところまで気を回してくれた。


『春陽ちゃんにおかしな事するんじゃないわよ〜』


「これ」なんだからね、と左手薬指にわっかを作ってクリクリとまわす。…自分の指には実際に回すモノがないのがいささか悲しいところだ。


『そっか。結婚してるんだ・・・けど、香宮姓で子供の頃からずっと困ってたって話だったよな・・・とすると彼氏がいるってことか。あ、でも夫婦別姓ってこともあるしな・・・』


それこそ余計な一言を聞いてしまった。

香宮春陽の事とは関わりなく、そんな物思いはその午後の仕事がはかどらない原因となってしまっていた。



「ありがとうございました!」


「いや。別に」


そういう事を言われるのが、子供の頃からすごく苦手だった。

頭をかいてそっぽを向くしかない僕に、ようやくのようにして香宮春陽は薄く微笑んだ。


「やっぱり、皆さんの言った通りでした」


「え?」


「すごく、優しい人なんだって。」


「・・・は?」


僕が?・・・一体どこの進藤さんだそれは?

そんな評価を社内で受けてるなんてまるで覚えがないし、その割にいま一つ扱いが良くないような気がするのだが。

自分の言葉にまたも戸惑う僕に、もう慣れてしまったのか、香宮春陽は笑顔の色を少し濃くして僕の横顔を見詰めていた。


「少しは、平気みたい・・・だね。」


強がりにしろなんにしろ、笑顔を浮かべられるのだから幾分かはマシになったのかも知れない。

もちろん悩みの種は決してなくなっていないのだろうけれど。


「あ、はい。すみません、ご心配をおかけしてしまって」


「いや、心配と言うほどの事じゃない」


目で促しながら、僕達は並んで駅に向かって家路の一歩を踏み出した。


「・・・・・。」


「・・・・・。」


やっぱり黙りこんでしまう。『何かあったの?』そんな事を聞こうとも思ったけれど、なんとなく詮索じみている気がして

聞けなかったし、あんな風に落ち込んでしまうくらいの傷口に触れることが彼女の癒しになるとも思えなかった。


・・・いや、嘘だな。聞きたかったんだ、本当は。でもやっぱりそれ以上に誰かの心に触れることが怖かったんだ。


「あ、あの」


「うん?」


改めて自己嫌悪に陥りそうになる僕の隣から姿を消して、香宮春陽は歩みを止めて俯いていた。

よく見るとさほど大きくもないバッグの中に手を入れてなにやら手探りしているようでもあった。


「どうし」


たの?と言い終わる前に、物凄い勢いで顔を上げたかと思うと、カバンの中から手を出してズイっと詰め寄られた。


「あの、コレ!」


「これ?」


小さな包みが差し出されていた。淡いブルーの包み紙が小さなナトリウム灯の下で紺色ににじんでいる。

包みを握る彼女の指の白さに、今更ながらにドキリとしてしまった。


「いただいたコーヒーのお返しと言うか、ええと、お礼です」


「?・・・あ、ああ」


本当に間抜けな感じでぼうっとしてしまった。ああそうか。それでわざわざ出口で待ってくれていたんだ。


「いや、いいよ、そんな。大した事じゃない。逆に悪い」


「いえ!これはどうしても、受け取って下さい!」


「そ、そんな事言われたってなあ」


「ご迷惑ですか?」


「いや。別にそういうわけじゃないんだけど」


大人しそうな印象があったから、こんなに強引というか熱意ある女性だとは思っていなかった。


まあ須らく第一印象というのは見る人の押し付けがましい価値観に過ぎないのものだけれど。


人付き合いが上手くないのに加えて、僕は女僕は女性が苦手だった。普通に話す分には全く問題はないのだが、例えばそれから一歩進んだ関係を築こうとした場合には何となくためらいを持ってしまう。だから、こんな風に女の子からきっぱりした態度をとられると、どうしてもしり込みしてしまったりするのだ。


「じゃ、じゃあ遠慮なく・・・本当にいいの?」


「はい!」


「何だか悪いんだけどな」


「別にそんなに大したモノじゃないですから。あの日、本当に助けてもらえたんだって思ってるし」にっこりと笑う。いい顔だった。影はあっても・・・いやだからこそだろう。

ツライ事を心に秘めながら、それでも笑う人の表情はとてもキレイだと思った。


僕の小さなかばんには入らないものだから手持ち無沙汰にサワサワと包み紙をいじる。

『御礼の品』は少し手に余る大きさで、ずっしり、とまではいかないけれど、それなりに密度の濃いみっしりとした重さを持っていた。


「これ、なんなの?・・・って聞いちゃってよかったかな」


つい沈黙に我慢できずに質問する。


「あ、全然。実家からのお土産の、おすそ分けみたいな感じなんで大したものじゃありませんけど」


「へえ。食べ物かなにか?」


「はい、あの、明太子です。。。」


「え!マジで!!僕好物なんだよ。」


「はい、この前電車で食堂の話をした時にそう言ってらしたから。ちょうど実家からいっぱい送られてきてて」


「へえ!いいじゃん。いいやつだとユズの風味がついてうまいんだよなあ」


「まさに!そのユズ風味つきですよ」


「お〜、最高。ありがとう。大事に食べるよ」

(リングイネと併せて明太スパゲッティのいいヤツでも作ろうっと)


酒のアテが出来たことに僕はニコニコの有頂天だった。

だから、そう、調子に乗ってしまったのだ。

駅前通りの明るさが見える頃になって、僕はつい口を滑らせてしまった。


「よければメシでも食ってく?」



半分は社交辞令だし、全くの弾みだし・・・いや別に誰に言い訳するつもりも無いが。

でも、今思い返しても、『そんな気』は全くなかった。

言った直後に、そんなことを言い出している自分にかなり驚いてしまったくらいだ。


「あ・・・はい。」


で、その彼女の答えがもっと驚きだった。


「・・・・え?本当に大丈夫なの?」

「はい。大丈夫です」


素っ頓狂な声を出す僕に少しビックリした顔をして、香宮春陽はきょとんとして答えた。

自分から誘っておいて、自分で尋ね返したのだから、全く世話ない。


後で聞いた話では春陽も変な人だなと思ったそうだ。

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