4.2nd Contact
2人がこんな風にふざけながら飲み屋街を歩くまでになるには、それなりに時間が掛かった。
名前を知ったからといってスグに仲良くなれる程僕は器用な男ではなかったし。
・・・あ、いや、むしろこの年にしてはどうしようもなく不器用なほうなんだけれど。
それにそもそも初めての出会い自体が、なんとなく気まずいモノだったから。
彼女とまた話をするなんて、思いも寄らなかった。
・・・少なくとも僕はそう、思っていたのだが。
「こんばんは」
「・・・ぐ、ぅえ?」
普通、見知らないと思っていた人から突然声を掛けられた場合、その反応に大差なんかないだろう。
大体はこんな風にカエルが踏んづけられたような声を出すもんだと思う。
「この前はありがとうございました。カードを拾ってもらって」
2言目をかけられて、ようやくその声の主が誰なのか思い当たった。
「あ、ああ。えっと香宮さん・・・だったよね」
彼女は僕の隣りの席でニッコリ笑いながら頷いた。
最初に背後にひっそりと忍び寄る手際と言い、全く気取られずに隣の座席に鎮座まします手腕と言い、毎度この娘は神妙かつ唐突である。
というより、僕が鈍いのか。
まあ電車で隣りの席に座られても全く気付かなかったんだから、どうかしてるよな。
「お疲れ様。こんな時間まで仕事?」
「あ、はい。人手がどうしても足りないみたいで。私も手際が悪いですからこんな時間まで。」
そう言って香宮春陽はチョンと舌を出して笑った。
「結構、遅いんだね。うちのセクションといい勝負だ」
「進藤さんのところも、毎日こんなにおそいんですか?」
「うん、まあね。特に俺は仕事遅い方だからさ。それなのに案件はガンガン入ってくるし・・・あれ?」
「え?」
「俺って・・・名乗ったっけ?」
そういえば、そうだ。
入館証を拾ったんだから、向こうの名前は当然知っているけど、こちらが名乗った記憶は未だない。
「あ、いえ。でも名札に書いてありましたから」
今はもう外している入館証のあたりを指差して、香宮春陽は微笑んだ。
「ああ、そっか」
そういえばそうだ。我ながら間抜けなことだ。
「それに、うちの部署ではちょっと有名みたいでしたし、進藤さんて」
「は?有名?」
「いつもいつも仕事ばっかりしてて、本当に仕事が出来て、すっごく忙しい人なんだって」
「う、うん?」
何だよ。人をワーカホリックみたいにいうなよ・・・。
まあ、反論してみろって言われて出来る言い分なんてないんだけどさ。
でも『仕事が出来て』のくだりはちょっとな。
少なくとも僕には三流私大出にふさわしい慎ましやかなオツムしか搭載されていないし、同僚の中ではかなり要領が良くないときている。
だいたい、そんなに仕事ばっかりしてるヤツってのはつまり仕事が出来ないヤツじゃないか?こんな生産性の低い僕にめったやたらと仕事が舞い込むのは、『いいっすよ、俺やりますよ』なんてすぐに口を滑らす、自分の挑戦的かつ負けず嫌いな性格にそもそも問題があるからに他ならない。
仕事を回されるか否かは、要するところ、能力の有無ではなくて「俺やりますよ」なんていう生意気さと無謀さがあるかどうか、その程度の違いに過ぎないのだ。
・・・と偉そうに言ってみた所で、そんなヤツはとことん損なのかなあ、とも最近はおもうんだけど。まあ言葉をどんなに飾ったところで、結局僕はただのおバカさんと言うことだろう。
「あの、どうかしましたか?」
当人は褒めたつもりが途端に眉根をよらせてしまったので、不審に思えたのだろう。
香宮春陽はキョトンとして僕の横顔を見詰めていた。
「ああ、いやまあ。なんでもないよ。」
「そう・・・ですか?」
はははと乾いた笑いの僕を彼女はやっぱり不思議そうな顔して笑っていた。