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薄明に痛みを隠して

何もできなかった悔しさを抱えたまま里に戻った梓は厳しく責められますが、長老の一人が取りなしたことも有り、そのまま里で暮らすことになります。

その上、呪術を学ぶ弟子を取ることになり、少しずつ梓の孤独な里での暮らしも充実してきます。

 払暁(ふつぎょう)を通り越し、山間の集落跡から見える太陽も完全に真円を描く頃合いになり、ようやく梓は自傷行為に終止符を打った。その脳内には鬼たちの嘲笑(ちょうしょう)に対するものか、自分自身の醜態(しゅうたい)に対するものか、判別の付かないただ自らの魂すらも焼き焦がすほどの怒りが渦巻いていた。しかし事態が収拾した報告を待ち侘びているだろう異界生物対策室や、任務に徴用された自衛隊員たちをいつまでも待たせる訳にはいかないと思い、のろのろと立ち上がってヘリコプターが着陸した地点へと戻って行った。

 一人おめおめと生き残った梓は異界生物対策室の室田に、余高の里が全滅したことや、鬼が意図的に自分を逃がしただろう事を伝えると、梓はヘリコプターの隅でありとあらゆる負の感情に翻弄(ほんろう)されながら帰路に()いた。室田と共に現れた自衛隊員たちは何も知らされていないのだろう、憔悴(しょうすい)しきった若者を(いぶ)かしげに眺めやっていたが、接触を禁じられているのか何も話しかけては来ない。室田としても何を言ったらよいのかわからないのだろう、微かな振動を感じながら梓は孤独の中、存分に自分を痛め付ける事が出来た。


「何故貴様などが戻ってきたのだ!」

 加鳥の里へ戻ってきた梓を待っていたのは、長である辰巳からの激しい罵倒だった。

「義嗣も他の者たちも、この里の厳しい修練に耐え抜いた精鋭ぞろい!中にはまだ若くまだ先の楽しみな者も居た!それが誰一人帰る事ができなかったというのに、何故貴様のような無能な臆病者ただ独りが!」

 それは長たるべき公正さとは無縁の言葉だった。加鳥で重視される体術こそ梓は劣っていたが、総合的に見て彼は救援部隊の中でも上位の実力者と言えたし、そもそも接敵しにくい後衛を担当していたのだから、生き残る可能性が高いのは梓だったのは間違いない。辰巳の言葉は長く接して家族のように慈しんできた里の若者を失った八つ当たりでしかない。

 それは辰巳自身も激しい言葉をぶつけられる梓にも判っている。だからと言ってやり場のない気持ちをぶつける場所が他にない辰巳の心情は、あの日全てを失ったただ一人の生還者には理解できるものだから反論もせずに受け止める他ない。そして老爺(ろうや)は見下していた若造に気遣われているのが判ってしまうからこそ、理不尽に激する以外に道が無い。周囲で見守る長老たちもこのやるせない構図をどうしようもないし、そもそも彼らにしたところで長く共に有った里の者を差し置いて逃げ帰ってきた梓への反感が有る。しばらく辰巳の悲鳴にも似た罵声が長の屋敷の内壁をびりびりと震わせるだけの時間が流れたが、流石に小一時間もすればこの悲劇を次への教訓としたい長老の一人、盛吉(もりよし)が取り成しの言葉を発する。

「それで真垣、鬼はどれくらい現れたんじゃ?」

「盛吉、儂の話はまだ終わっとらんわい!」

「辰巳よ、儂とて気持ちは同じじゃ。しかし鬼狩りは人ならざる化け物を狩るための戦士。亡くなった者を(いた)むなどという人がましい感情など捨てねば。そのような事本来長であるお主が判っとらん筈無かろう」

「それは…」

 人間らしく近しかった者の死を悼む事こそ、失われた命への冒涜(ぼうとく)だという盛吉の非情な言葉に、しかし辰巳は鬼狩りの長としての誇りから素直に(さと)されるしかない。それでも先程までの激昂(げっこう)の手前、使命の為に冷静に梓に接するのも躊躇(ためら)われ、目で盛吉を促してその場を譲った。

「それで真垣、昨夜からお主が余高の里で見聞きしたことを余すことなく伝えてくれ。どの里でも事情は似たようなものだろうが、加鳥の里には鬼についての詳しい伝承が残ってはおらぬ。(わず)かな口伝のみで鬼を計れば、いずれ同じような惨劇が起こるとも限らんでの」

 盛吉が‐そしておそらく辰巳を含む他の長老たちも‐鬼について詳しく知りたいと思うのも当然。鬼が人を襲うなど、日本全体で見てもひと世代に一度あるかどうか。微かに残る鬼についての情報は(ほとん)ど鬼狩りの里が打ち立てられるまでの古代に、運よく逃げ延びた民から伝わった細切れのものばかり。一生に二度も目の前で鬼を見た梓から話を聞いて、鬼についての詳細を知ってそれに対応した新たな知恵を練りたい。

 その真剣な長老の想いに応じて、梓は昨夜経験した忘我の淵から慎重に心を押し潰そうとする恐怖と憤怒を取り除き、余高の里に到着した時点での里の状況から、発見できた限りの鬼の数、外見の特徴、戦闘能力などを細かく語った。梓自身は怯懦(きょうだ)に負けて何もできずに震えていた事は隠したが、初めて知る敵の強大さに(うな)る老人たちは意に介さなかったようだ。ただ独り、故郷が襲撃された時も臆病風に吹かれて逃げ出した事を知る辰巳だけは、梓の語り口に何かを察したように目を(すが)めたが、少なくともこの場では追及してこなかった。

 ひと通り話を終えると、長老たちは即座に手に入れた情報を精査して、戦訓を立てるようだった。梓はその場に残りたかったが、老人たちは未だに若者を身内と認めるつもりは無いらしく、出て行くように指示する。砂漠を彷徨う旅人に水を与えたら、荷物ごと追い剝ぎに()ったようなものだが、梓にも負い目が有るので強く出ることはできなかった。与えられた里の外れのあばら家で鬼の姿を思い出し、それだけで微かに身を震わせる恐怖をいかに克服するかを思案していると、会議がひと段落したのか辰巳が訪ねてきた。

「真垣、貴様先程の説明の時にわざと隠しただろう」

 大上段に切り込んできた辰巳の刃は(かわ)す不誠実を許さぬという鋭さを秘めていた。梓も敢えてこの男にまでは自分の臆病を隠す気は無いので、正面から応じる。

「救援の際に、俺がどうしていたかという話ですか?」

「そうだ。あれほど復讐に(はや)り、真垣の技を加鳥で活かす事に執着していた貴様が、その効果を一つも説明せぬではみなも怪しむ」

「それは…」

 元からはぐれ者であったため、もっと立場が悪化することまでは想定していなかった梓は、今更のようにこの里からも居場所を失う事に思い至って顔色を悪くする。その様子を見て取った辰巳はつまらなさげに鼻を鳴らして若者を(なだ)める。

「儂としては貴様のような鬼狩りの面汚し、追い出したいところじゃったがな…対策室の意向でな、鬼の存在が一般社会に()れるような事が有っては困るのじゃと。皆には真垣は連携も取れぬから、鬼の観察に終始する命令を出しておいたことにしておいた。今後はそのように説明しておけ」

 その辰巳の言い訳は皮肉にも事実を一部言い当ててはいた。口裏合わせの為だけの来訪かと思った梓が難しい顔をした辰巳がむっつりと立ち尽くしているのを奇妙に思うと、長は梓にとっては福音(ふくいん)とも言える言葉を継ぐ。

「まさかあの人員総掛かりで一匹を(たお)すのがやっととは思わなんだ、というのが皆の総意でな。業腹(ごうはら)だが貴様の呪術を、まだ修行を開始したばかりの幾人かにも伝承させようという話になった」

「それは…ありがとうございます」

「貴様が村外れでこそこそと修行をしているのは知っておる。明日は亡くなった者たちの弔いじゃが、儂らが選んだ数人を明後日そこへ向かわせる。貴様の良いように育てよ」

 言い捨てるように告げると、今度こそ辰巳は(きびす)を返して木戸を(くぐ)って出て行った。

 老人が立ち去ってしばらく、青年は茫然と彼が乱暴に開閉した引き戸を眺めていたが、徐々に残した言葉が脳裏に染み通っていく。呪術の使い手を増やすことができる。梓の習い覚えた中には、複数人で協力させて発動させるような物も有った。長老たちの様子からは、滅多に起こらない鬼の襲撃がまた有るとは想像もしていないと察せられる。熱心に対策を練るのは今後何十年の先を見据えての事だろう。

 だが梓にはわかっている。鬼どもは、今まで勇敢に、(ある)いは無謀にも立ち向かってきた奇特な獲物の中にどうしようもない臆病者が居て、そいつを(なぶ)れば新鮮な楽しみができることを知っているのだ。おそらく梓が存命の内に再び鬼と対峙(たいじ)する機会が有るだろう。無論いつがその時かなど断定できない。十年先のことかもしれない。だが構わない、次に現れた彼奴らを必ず刈り取る。そのために後進にできるだけの技術を伝えようと梓は決意し、効率の良い修行法を思案しながら寝床に入った。


 新参者である梓が与えられた家に閉じこもった翌日、遺体すらもない寂しい葬儀はしかし一人を除いた村中が故人を悼みつつ、しめやかに執り行われた。

 そして次の日、(くだん)の倒木を中心とする村外れの草地に、12,3歳と思われる少年二人、少女一人という構成の修行を始めたばかりの年頃と思われる子供たちがやってきた。どの子も梓からすれば頭一つ分ほど小さい。年の頃を考えれば人並みだが、ことに肉体を重視する加鳥の里の子供の中では、だいぶ小さい方では無いだろうか。おそらく海のものとも山のものとも付かない呪術を習い覚えるのは、肉体的に見込みのない子供の役割という事なのだろう。だが梓はさほど腐ってはいない。予想は付いていたことだし、共通する要素はあるが体術の素養と呪術のそれには全く関係が無いのだ。

「君たちが呪術を学ぶことになったのか。おれは真垣梓。まず君たちの名前を聞かせてくれないか」

 なるべく穏やかな口調で話しかけると、しばらく三人は目配せを交わしていたが、最初に梓から見て右手に立っていた少女が名乗った。

若芽(わかめ)…」

 元々人見知りする性格なのか、消え入りそうな声だったが、梓にはきちんと聞き取れた。一人が名乗ってくれれば後は流れで挨拶が進む。

「若芽か、よろしくな。君は?」

 一人分視線を左に流して少年に尋ねる。

彰彦(あきひこ)

勇人(ゆうと)だ。」

「若芽、彰彦、勇人だな。よし、とにかく修業を始めよう」

「あのっ!」

 子供たちにも梓が余所者だという意識は有るだろうから、変に仲良くしようとするよりも教師と生徒の関係に徹した方が良いと思ってすぐに術の説明に入ろうとした梓を(さえぎ)り、若芽と名乗った少女が先ほどよりも大きな声で話しかけてくる。

「…どうした?」

「その、じゅじゅつ、を覚えたら私たちでも戦えるようになるの?」

 そういう事か、と梓は内心(うなず)く。予想はしていたが、やはりこの子達は里の中では落ちこぼれと見做(みな)されていたのだろう。本当に新しい技術を学んで、役に立つなら良い。だが落ちこぼれだから見放されて、適当に時間を潰させられているのではないか、とは子供ながらに恐れているのだろう。

「大丈夫だ。呪術では体力はそれほど重要じゃない。多少小柄でも、きちんと修業を積めば充分戦力になる」

「親父は…遠くからこっそり戦う卑怯な方法だって言ってた…」

「確かに、誰かに守ってもらいながら、遠くから使うのが基本だ。だが鬼と戦うには接近して切りつけるだけでは難しい。遠くから攻撃したり、味方の傷を治したり、呪術だからこそできる役割というのも確かに有るんだ」

 卑怯な方法、という表現にはおびえて何もできなかった梓には思う所もある。だがこれから呪術を学ぶという子供たちにそんなことを伝えても仕方がない。利点だけを伝え、落ちこぼれ扱いで萎縮(いしゅく)した彼らの心を和らげようとする。梓の(つたな)い話術でそれがかなったとも思えないが、励まそうという気持ちは伝わったのかもしれない。最初に話しかけてきた若芽という少女が、まず力強くうなずいた。

「わかった。先生の言う通りやってみる」

「梓で良いぞ、若芽。他の二人も、まず使えるようになってみよう。役に立たないかどうかはそれから決めても良いだろう?」

「わかった、梓」

「俺も…みんなと一緒に戦いたい」

 それぞれの言葉で決意を伝えて来る少年少女に、自身もまだ未熟者ではあるが、できるだけ良い師であろうと梓は決意した。

読んでくださってありがとうございました。

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