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①埋葬ー捜索ー

2024/8/28 気になっていたところを修正しました。

 魔王城を取り囲むようにうっそうと茂る木々。魔王亡き後、ライアー王国の領土となったこの山だが、約六百年経った今も主権は人外にある。

 開拓の話がなかったわけではない。山では回復薬の原料となる薬草も、献上品に相応しい宝石も大量にとれたのだから。実行していれば王国には多大なる利益がもたらされたことだろう。

 しかし利益が霞んで見える程に、森には魔物が多かった。それも一国の軍隊に匹敵するとされる上級の魔物がうようよと。利益に比べて損害が馬鹿にならない。下手をすればあの世行き。王家が開拓を断念した二大要因の一つである。

 そんな森に訪れるのは余程のもの好きか罪人か。はたまた不憫な王子と従者か。

「どこだよ骨―!」

「エーリヒ様お静かに!」

 悲鳴にも似た声に、休憩中の鳥たちがバタバタと羽ばたいていく。

 森に足を踏み入れて早二か月。遺骨捜索は難航を極めていた。


◇◇◇


 流れるような剣筋と共に上がる血しぶき。牙猪の巨体がゆっくりと倒れるさまを、ルイはしかと確認した。空気を切って剣についた血を払う。

 木陰に身を隠していたエーリヒが恐る恐る顔を覗かせた。

「し、死んだ?」

「はい。出てきて大丈夫ですよ」

「はあああー、助かった……。今度こそ死ぬかと思った」

「私がその程度の騎士だと仰りたいので?」

 ルイの眉間にしわが寄る。エーリヒは慌てて発言を撤回した。

「ごめんて。でも牙猪って災害とか言われるレベルの魔物だろ? そんなのを独りで倒しちゃうのが俺につかされてるとは思わなくて」

 不敬罪? 知らない言葉ですね。ルイはエーリヒの頭に拳骨を落とした。

「ッ~! 何すんだよ!」

「自分を卑下するのもその辺になさい! 私は私の意思で貴方の騎士になったのです! 理想とする主に仕える、これ以上の幸福がありますか!?」

 あまりの剣幕にエーリヒはポカンと口を開けて固まったものの、ついにはフッと吹き出した。

「……何です?」

「いや、『剣を持たせれば向かうところ敵なし』で有名なガーディアン家が子爵止まりなの、何か分かった気がするわ」

「……『己が主と認めた者にのみ頭を垂れろ』。ガーディアンの家訓ですから」

「俺はこんなモン着けてる奴に頭下げたくないけどね」

 エーリヒは自身の首をトントンと指さす。暑いからとストールが外されたその首には、王子には似つかわしくない黒い塊が着いていた。

 奴隷を示す、冷たい首輪。

 エーリヒが善行と引き換えに得た首輪を、ルイは仇を前にしたような心持で睨みつけた。

「……エーリヒ様は」

「ん~?」

「本当に、逃げるおつもりはないのですか」

 魔王城を出てから幾度となく訊かれた言葉。エーリヒは何度も言わすなと目を細めた。

「ない。これっぽっちもない」

「ですが、」

「ルイ!」

 エーリヒがルイを睨みつける。薄紫の瞳には明らかな苛立ちが浮かんでいた。

「何度も言わすなっつってんだろ」

「……」

「つーか、本当に逃げたいのはお前の方なんじゃねえの?」

「……は?」

 思わぬ返しにルイは目を見開く。エーリヒは従者の反応に舌打ちをすると、さらに怒りをぶちまけた。

「おかしいとは思ってたんだ。いつもより引き下がらねえし、捜索はライアー方面ばっか勧めてくるし。ああ、出発前に親父さんに耳打ちされてたっけなあ」

「……」

「どうせ隙を見てお前だけでも逃げ出してこいとでも言われたんだろ。この森だったら、魔物と戦っている内に離れ離れになったーとか、いくらでも理由作り出せるもんなあ?」

「……」

「……黙ってねえで何とか言えよ!」

 二人の間にエーリヒの荒い呼吸音のみが響き渡る。俯いていたルイは肩で息をするエーリヒを視界に入れると、大きくため息を吐いた。

「仰りたいことは、それで全部ですか?」

「……は?」

「仰りたいことはそれで全部ですか、と訊いているのです」

 ルイの声色が一層冷たさを帯びる。怒りに震えるエーリヒに対し、涼しい顔を崩さないルイ。エーリヒは無性に負けた気がして、唇を噛みしめた。

「もう知らん! 勝手にしろ!」

「承知しました」

 くるりと背を向けて大股で歩き出すエーリヒ。数歩歩くと、少し遅れて草を踏みしめる音が耳に届く。まさかと勢いよく振り返ると、さも当たり前のようについてきている従者がいた。

「っんで付いてくんだよ!?」

「勝手にしろと仰ったので」

 エーリヒのはらわたがゴウッと強火で煮えくり返る音がした。足元の石を雑に拾い、ルイの涼しい顔めがけて投げつけた。


◇◇◇


 ルイは地面に残された小石をひとつ手にとり、ため息を吐いた。

「……まったくあの方は」

 石を手の中で遊ばせながら辺りを見回す。この場にいるのはルイとルイが倒した牙猪のみ。木陰に隠れながらなど、あの手この手でエーリヒについて行こうとしたルイだったが、我慢の限界を迎えたエーリヒに自害を仄めかされては折れざるを得なかった。

『一応言っておくが、城外では一人になるなよ。この私が教えてやったとはいえ、魔力感知初心者のおぬしと剣の腕が立つこやつ、双方協力しなければ命の保障はできんからな』

 魔王には元気に返事をしたくせに、実行はしてくれないときた。ルイは本日何度目かわからないため息を吐いた。

 魔王の忠告はルイたちの恐怖心を煽りたいとかではなく、本気のものだった。実際エーリヒが嫌な感じがすると言った方向からは、喉元に刃物を突き付けられるような緊張感が伝わってきた。もし相手にするとなれば、ルイでも勝てる自信はない。

 向かってきた少数の魔物たちはそれと比較すれば雑魚同然。しかしルイの場合は、だ。ルイよりも弱いエーリヒにはボスも雑魚も変わらないだろう。だのに自ら独りになるとは。

『本当に逃げたいのはお前の方なんじゃねえの?』

「……ッチ」

 鮮やかに浮かぶ光景に思わず舌打ちをするルイ。周囲に漂う絶対零度の雰囲気に、虫たちがそそくさと逃げていった。

『……よく聞け、ルイ』

 ふと思い出される父の姿に、ルイは石を転がす手を止めた。

『第一騎士団を信用するな。奴らは王に媚びへつらう腰抜けばかり。護衛として働くのは国民の眼が届く間だけで、元魔王領には一歩たりとも足を踏み入れんだろう』

『同感です』

『しかしお前たちを国に戻すつもりもないはずだ。助けを求めても逆に始末されるのがオチだろう』

『ではどうすれば……』

『逃げるならばライアーではなく西。天空の国ハルジオンを目指せ。かの地まで追いかける勇気は奴らには無かろうよ』

『しかし父上! あの国にはドラゴンが……、エーリヒ様の首枷の件も、』

『噂など気にしている場合か! 首枷は……申し訳ないが、我慢してもらう他無い。よく考えろルイ! エーリヒ様にとって、何が最善か……!』

「……父上は貴方を逃がせと仰ったのですよ、エーリヒ様」

 ルイは俯いて手中の石を握りこむ。

 しつこく逃亡について尋ねたのは事実だが、捜索がライアー方面ばかりになったのは偶然だ。魔力感知で魔物を避けつつ進んだ結果がライアー方向になっただけ。ルイが魔力感知を使えていたら、エーリヒを逃がすために意地でもハルジオン方面を選んでいただろう。

「信頼されているとは、思い上がりだったか……」

 ルイの胸中を表すように、ぽつりぽつりと元魔王領に雨が降る。

 本格的に降り出した雨に、ルイは背負っていた荷物を前方に移動させた。ちょうどルイの身体が傘のようになる位置だった。

 そこまでしてルイははたと気づく。何故荷物が雨にぬれるといけないと思ったのか。

「……っはは」

 荷物を覗き込んで笑みをこぼすルイ。そこには食料や地図に紛れて、エーリヒの宝物が入っていた。

「人類の宝と仰ったでしょうに」

 ルイは繊細な手つきで鞄を閉じると、両頬を思い切り叩いた。

「よし」

 エーリヒが去っていった方向に顔を上げる。もう迷子の子どものような青年はいなかった。

 ルイが一歩踏みしめた時、背筋にぞわりと悪寒が走る。剣に手をかけ気配を探ると、思わずごくりと唾をのんでいた。

「……私もまだまだ、ということか」

 視界に映るのはただの木々。しかし騎士の本能はエーリヒがいた数分前が嘘のように、四方八方の魔物の存在を訴えかけていた。

「魔導書に傷でもついたら、嫌悪どころじゃ済まなさそうだ」

 荷物を抱え直した後、ルイはスラリと剣を抜く。

 雨音に紛れて、爪と剣の交差音が鳴り響いた。

 

◇◇◇


「ルイの馬鹿、アホ、頑固者」

 一方のエーリヒは、雨の中我が物顔でずかずか進んでいた。魔王に教えてもらった魔力感知のおかげか、はたまた繰り返される呪詛のおかげか。エーリヒは魔物に遭遇することなく、骨の捜索を続けられていた。

「……筋肉馬鹿、……塩顔」

 しかし呪詛の内容も尽きてきた。段々誉め言葉になってきているような気がしなくもない。むしろする。エーリヒはついに立ち止まって頭をかきむしった。

「だーもーっ!」

 はやく捜索を終わらせて授業の続きを受けたいのに、肝心の捜索に集中できない。

 冷静になるため、いっそのこと休憩するか。しかし体力がある内でないと捜索は困難。日が落ちる前に食料と寝床の確保もしなければ。ルイを置いてきた今、自分のことは自分でするしかないのだから。

 腹立たしさと欲求と今後しなければならない動き。エーリヒの脳内は過労で限界を迎えようとしていた。

「……ん?」

 しかし簡単に限界を迎えないのがエーリヒという男。興味さえ湧けば疲労など忘れて動くことが可能だった。

「どっかで見た気がするんだが……」

 エーリヒが駆け寄ったのは、湿った草木をかき分けた先の小さな池……ではなく、その池を囲む岩の一つだった。

 膝の高さほどある岩をまじまじ見ると、薄くだが花のような刻印があった。弱肉強食の森でよく保っていたと感心するほどの爪痕の数々。エーリヒは労わるように岩を数回撫でた。

 しかし肝心の刻印の意味がわからない。エーリヒは頭を抱えようと……したが、修正して鞄へと手を伸ばす。わからない時は先人の知恵に頼るべし。運のよいことに、エーリヒは知恵の宝庫を与えられたのだから。

 笑みを浮かべて鞄の中身を探ること数分。エーリヒからは血の気が引いていた。

「魔導書が……ない」

 受け入れがたい事実にエーリヒの手が震える。

 鞄を様々な角度から見回すも、落ちるような穴はなし。

記憶をたどるも、昼食で開いて以降、どこかに置き忘れた覚えはない。しっかりとエーリヒの手でしまっている。

 うんうん唸っていたエーリヒだったが、あっと勢いよく顔を上げた。心当たりに自然と眉根が寄る。

「ルイかー……」

『魔導書は体力のある私がお持ちします。傷一つつけないと誓いますので』

 エーリヒの脳内に渋々魔導書を渡す様子がはっきりと流れる。

 実際のところ、休憩や食事の度に魔導書を開くエーリヒにルイがしびれを切らしたのだが、有能な従者は本心を悟らせなかった。それらしい理由にしなければ、魔導書からエーリヒを引きはがせないと容易に想像できたからだ。

 ともかく、魔導書はルイの鞄の中。ついてくるなと言った手前、エーリヒから会いに行くのは大分恥ずかしいものがある。

 では刻印の調査を後回しに、とは胸に生まれたモヤモヤが許してくれない。

 プライドを捨てて魔導書を得るか、魔導書を捨ててプライドを守るか。エーリヒには天秤にかけるまでもなかった。

「ルイ探すか……」

 エーリヒは項垂れながら魔力感知の範囲を広める。魔導書を捨てるなど、魔法好きの本能が許さなかった。

 魔王に教わった魔力感知だが、初期の頃は周囲に溢れる魔素量に頭が爆発寸前だった。

 だが二、三日もすれば慣れたもので、遠方にいるのが魔物か人間か、さらには強さまで掴めるようになった。

 ぐんぐん感知範囲を広めていったエーリヒだったが、気づいた時には駆けだしていた。

 魔物は強者ほど悪寒が走るような鋭利さを、人間ではほのかな温かさを感じられる。その二つが今、同じ場所にいる。

「ルイッ!」

 エーリヒは泥で転びそうになりながらも、一心不乱に手足を動かす。

 雨天は一向にやみそうにない。頭上を眩く走った光が、不穏な未来を連れてくるようだった。



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